アルイッド遺跡 十三

 超高熱の炎に原子にまで還元された事により通常の再生が停止。

 即座にイデアによる情報体から再生が開始される。

 レティーシアと言う概念のオリジナルにより、まるで幻が立体化するように足元からコンマ秒以下で再生を果たす。

 ドレスを呼び出し装着し、広大な宇宙空間に広がった髪を押さえつけ重力を支配下に置く。

 痛覚を遮断しているとは言え、肉体の喪失はまるで強制的な意識のシャットアウトに近い。

 その寒々しさをレティーシアは嫌っていた。

 端整な表情が不愉快気味に歪み、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。



「やってくれおったわ。妾の肉体の完全消滅など、そう容易く出来るものではないのだが――なっ!」



 言い終えるのと同時、思考のみで魔術を発動。

 近くの空間がまるで罅割れるように砕け、奥から極彩色の異空間が出現。

 更にその奥からまるで締め出されるように、プッテホトラが投げ出される。

 それを見届けるより早く、残像すら残さず超速世界へと没入。

 異空間に潜んでいた筈なのに、いきなり締め出されて一瞬の硬直状態へと陥っているその無防備な肉体へと近接。

 常時展開されているらしい強固な境界型結界、それらを突破するのに特化した魔術で結界を破砕。



 抵抗の無くなった空間に身を潜り込ませた瞬間、レティーシアの瞳が怪しく輝いた。

 プッテホトラが右腕を振るおうとするが遅い。

 瞳を合わせてしまったプッテホトラの動きが痙攣し、徐々に勢いを失っていく。

 吸血鬼特有の異能、“支配”により強制的に精神へとハックを掛け、その肉体を奪取する恐怖の能力。

 普通なら千人だろうと片手間に操る程強力な能力だが、今回は相手が悪い。

 能力を仕掛けている側のレティーシアまで顔色が悪くなっていく。



『どうした、動きを封じたのはいいが、苦しそうではないか』


 頭上から能力に抗う素振りも見せず、眼下を睥睨しながらプッテホトラがせせら笑う。

 まるで今のレティーシアの状態を熟知しているかのような台詞だ。


「この、程度……どうと言う事もないわっ」



 そうは言うが、レティーシアは事実遮断した筈の苦痛に苛まれていた。

 それは肉体的な苦痛ではなく、精神とも魂とも呼ぶべき部分から生じる根源的な痛覚である。

 精神へと攻撃を掛けたはいいが、その深層へと手を伸ばせば伸ばす程、混沌で邪悪な意思がレティーシアの精神を蝕んでいく。

 介入すると言うことは即ち、相手側からも介入する事が出来ると言う事だ。

 今レティーシアとプッテホトラは肉体的には静止状態でありながら、精神と言う分野で壮絶な争いを繰り広げている。



 強固な個で攻めるレティーシアに対し、まるで量で覆い潰そうするかのように、プッテホトラの精神は再現なくレティーシアの体力を削り取っていく。

 まるで群体でも相手しているかのようだと、苦痛に苛まれつつもレティーシアは思う。

 それでも襲い掛かる意思と、まるで影のように忍び寄り苛む精神の攻撃を掻い潜り、プッテホトラの精神を掌握していく。

 現状ギリギリレティーシアへと優勢が傾いており、その肉体を封じ込めているが、それは酷く脆く綱渡りのような上での成功である。

 ちょっとした機転が状況を左右しかねない。そんな危うい状況であった。 



『これでも邪神だなんだと言われてきたからな。私の精神は絶品だろう?』


 余裕のつもりなのか、プッテホトラは肉体の動きを封じられながらも動じる風もなく告げる。


「ならば……これならどうであろうな――圧壊せよッ!!」



 瞬時に精神への干渉を断ち切り、プッテホトラの肉体の中心に重力場をヒッグス場操作の応用で作り出す。

 中心に生み出された重力場形成に相応しい素粒子が異常な質量を獲得し、一瞬で百倍の重力場を作り出す。

 ヒッグス場とは即ち水であり、中で泳ぐ物体が素粒子などと言える。

 ゆえにヒッグス場の操作は質量の操作であり、同時に重力の操作へと繋がるのだ。



『ヌゥ!?』


 ガクンッと宇宙空間で片手をついて倒れ伏すプッテホトラ。

 その顔は急に重くなった肉体に抵抗しようと歪んでいる。


「それ、まだまだ上がるぞッ!!」



 宣言と同時に名前すら不明の素粒子が中心に発生。

 更なる重力場を形成。あっと言う間に倍々式に重力が膨れ上がっていく。

 異常な重力数に空間が歪み、プッテホトラの姿がまるで抽象画のように揺らめく。

 遂にその重力が五百倍を越えたところで、プッテホトラの肉体がグキョリ、グジュッボュッと嫌な音を立てながら潰れる。

 更に重力増加過程で得られたエネルギーはそのベクトルを中心に向けられ、一種の牢獄として機能。

 まるで磨り潰すかのように圧縮されていく肉の塊。

 それを冷たい表情で見つめつつ、距離を取っていく。

 重力の増加に伴い、その効果範囲まで広まっているのだ。



 圧縮される過程で今度は熱量が発生し、肉が焼け焦げていく。

 そこに再生防止の概念を織り交ぜ、即座に復活出来ないようにする。

 こうしている間にも加速度的に重力は増し、遂にはその巨体がまるで一センチ程度の硝子球レベルにまで縮小されてしまう。

 超圧縮により高熱を纏い、黒色の球体が魔術の効果を失い、重力が戻った宇宙に流れていく。

 消し飛ばしてもいいのだが、折角再生防止を掛けているのだ、状態を崩すのは下策である。

 さりとて復活は時間の問題に過ぎない。概念と言ってもより強いものに打ち負けるのは常であるからだ。



「聞こえているか分からぬが、このままでは埒が明かぬゆえ使いたくないが……究極封印術を使わせてもらうぞ。そなたや妾のような高次の存在は消滅させるのが困難ゆえ、必然封印が最適な対処法となる。今から使うのは最高刑によってのみ使われる、真祖数名で発動させる魔術よ。これに囚われたが最後、あらゆる能力を封じられ、内部からの干渉が不可能となる。欠点は唯一外部からの干渉が可能な点であろうが、そもそも解除事態が容易ではない――――」



 せめてもの手向けと説明するも、返ってくるのは静寂のみ。

 一息尽き、出来るのならばもう少し付き合っていたかったとレティーシアは思う。

 しかしそうもいかない理由があった。

 どうやらこの宙域、元居た世界、デミウルゴスからかなり離れているらしいのだ。

 ここであまり長く時間を過ごせば、戻った際の時間の経過が数ヶ月。



 あるいは数年単位に飛躍する恐れがあった。

 それに気づいたのは復活した後、プッテホトラの居場所を突き止めた時の広範囲操作魔術のお陰である。

 下手をすると既に数日以上経過しているかもしれない。

 レティーシアでも現状過去へと戻る事は不可能だ。

 逆の未来であればいくらでも手は用意出来るのだがと埒も無いことを呟き、宙に未だ漂う肉粒を眺めるが返って来るのはやはり静寂。



「聞いておらぬか……」

 

 

 そう呟き失った魔力を異空間から黒の宝石を取り出し回復させる。

 黒曜石系の宝石は魔力を溜め込む性質を持つ。

 全快まで魔力が回復したのを確認し、原罪を右手に構え、究極の封印術を発動させるべく詠唱へと入る。

 詠唱を直接行うのは工程が複雑過ぎて、呪文化及び式化出来ないからだ。



「対象物をαと定義。αを基点に創造空間を生成、概念一四八〇五八三〇三七四に干渉。続いて一二八五七三三六七九四七五六から一二八五七三三六七九四六六五までを改変――――」



 瞬間、プッテホトラの成れの果てを基点に光を反射する、透明な硝子のような、大きさ一辺が数メートル程度の一二面体の空間が生成される。

 見る見る内に内部が暗くなっていき、更には完全に姿が消滅する。

 光を寄せ付けない為、光学的な方法では視認する事が出来ないのだ。

 更に一般的な感覚及び、魔術での感知も並の方法では不可能である。

 そこに更なる詠唱が響き渡り、次々と完成へと近づいていく。

 高次の光量子コンピューターにすら比肩する速度での並列演算、まるで機械のように冷たい言葉が紡ぎ出る。



「βからγまでの定義概念を断絶。新たに三九〇五三八三七五八〇三八番の概念を使用。及び、五〇八〇二三八五〇番より一〇〇番先までの概念を改変――――完了」



 次々と魔術陣が浮かんで空間を包んでは消えていく。

 この過程を何度も繰り返していく。想定されるあらゆる事態に対処するためである。

 今レティーシアの脳内では原罪の力を借り、幾億もの並列演算により最適な魔術が“即興”で作成されては浮かんでいる。

 究極封印術は場によって繊細な処理が変わるため、使用する魔術が変化するのだ。

 これも式化や呪文化出来ない理由であり。名前はあるが、それは結果を指すのであって、過程は様々である。

 概念の操作は複雑なリズムを擁しているのだ。



 例えば幾億度の炎を概念操作で創造したとしよう。

 それは確かに譜面通りの性能だが、“概念強度”は脆い。

 言い換えれば、巨大な箱だ。中身が詰まっていない、張りぼての箱である。

 逆に小さな箱を積み上げて、一つの箱を用意すればどうか。

 それはしっかりとした強度を持ち、容易には壊せない事だろう。

 レティーシアが複数の概念を用いるのはその為だ。

 まるで糸を紡ぐように、最小単位の概念から一つの結果を織り成していく。



 例え一つ一つの概念が小規模だろうと、概念操作は概念操作。

 通常の魔術より飛躍的に魔力消耗が激しい。

 既に時間にして十分。レティーシアの魔力量は三割も消耗している。

 この魔術が完成した時には消耗率は七割に及ぶ事だろう。

 次々と魔術陣が現れ消え、より空間を強固で干渉不可能な物へと。

 そして内部での能力使用を禁止する世界へと変貌させていく。

 詠唱が響き渡り始め二十五分、遂に最後の詠唱が紡がれる。



「――――物理法則をブレイク、ストック法則Σを採用。反転指数及び不確定指数を導入、術式を暗号化。暗号術式にランダムダミーを封入。干渉反転術式を適用、術式流転プログラムを適用――――究極封印魔術“時果てのはこ”を生成……」



 最後の魔術が発動した瞬間、空間が罅割れ、視認不可能の一二面体封印空間を吸い込んでいく。

 時間が巻き戻るように空間が修復された後には、一切の魔術形跡が消えうせていた。

 これで位置ポイントを知る者だけが干渉の権限を持つ。

 更には幾重ものプロテクトが奇跡的に封印ポイント割り出したとしても、封印の解除を阻むだろう。

 一度作成したが最後。レティーシアですらこれを解こうと思えば“相応”の時間を必要とする。

 なんせ解除に必要な術式が刻一刻と変化する鬼畜振りなのだ。

 しかも一つの概念で突破しようにも、最小単位の概念で紡がれたこの魔術の強度はまさに天外である。

 全ての概念のオリジナルたるイデアへの干渉でもしない限り、およそ不可能と言えよう。



「ふむ……いささか奇妙だがこの際構うまい――――亜空間式転移を発動」



 瞬間的に生成された数千ギガジュール相応のエネルギー。

 それによりまるで泡のような構造を持つ亜空間が開かれる。

 この亜空間、相応のエネルギーと開く際に非対称の入り口を作成することで容易に光速を越える性質を持つ。

 あまりに長距離の為、通常の転移では移動出来ないための方法だ。

 生身でも亜空間の性質上、質量が極限まで低下し速度抵抗を殺すが、念のために魔術で防護しておく。

 やや呆気ない展開。仮にもエーセルクラスの相手があの程度と言う事実に、幾分納得いかないながらも、開かれた亜空間にその肉体を滑り込ませた………







 

 

   

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