アルイッド遺跡 三

 禁止領域の浅場とは言え、立派にレティーシア達一行が歩き続けている地は禁止領域内である。

 当然――魔物だって多く出現する。


「ハッ!!」



 ボアの掌底が犬のような二つの頭に獣の毛に尾、そして蝙蝠のような羽を持つ魔物“パディス・ドッグ”の腹部に叩き込まれる。

 パディス・ドッグが奇妙な呻き声をあげながら羽で浮いていた、全長二メートル程の体躯を地面に転がす。

 その瞬間、ボアの作り出した隙を狙ってメリルの魔法が炸裂する!



「母なる大地、全てを貫く流砂の槍。土流槍サンドスピアッ!」



 メリルの詠唱が響き渡り、パディス・ドッグの肉体を鉱物を含んだ幾本もの土の槍が地面より氷柱の如く伸び貫く。

 術者の力により硬度、本数に変化がある魔法であるそれは、三本発生し、岩よりなお堅牢な硬さで対象を見事串刺しと化した。

 心の臓を貫かれ、暫くびくびくと痙攣しては紫色の血を流していたが、やがては百舌もずの早贄よろしくの格好で息絶える。

 それを確認した一行が溜息を吐く。



「えっと、これでもう何体目ですか? 禁止領域ってこんなに魔物が出るものなんて、私思ってませんでしたよぉ」


 後ろで万が一に備えて追撃の魔法を唱えていたミリアが、詠唱をキャンセルして愚痴を零す。

 それに答えたのは唯一疲労の欠片も見えないレティーシアだ。


「ふむ、これで通算十六体目であるな。こう見晴らしがよいと、こやつらも妾達をさぞ見つけやすいのであろう」



 そう言いつつレティーシアがダーインスレイブとは別の、ボアとの模擬戦で使用した暗黒物質ダークマター製のショートソードを生成し、パディス・ドッグの翼を切り落とし、異空間に仕舞い込む。

 十六体体全ての魔物に対し、レティーシアは同じことをしている。

 それを横で眺めていたメリルが不思議そうな顔で、レティーシアに声を掛けてきた。



「レティ? ずっと気になっていましたのだけれども、一体何をしているのかしら?」


 首を傾げ、本当に分かっていないと言う顔でメリルが喋るが、それに答えたのはレティーシアではなくボアであった。


「なんだ、知らねぇのか? 魔物の多くは換金部位と呼ばれる部分があるんだぜ。薬になったり、武器や防具に使われたり、調度品であったりな。純粋に討伐の証拠と言う場合や、希少品としての場合もある」

「ボアが言ったとおり。この駄犬であれば、その翼がそうであってな、何に使うかは知らぬが、両翼で共通金貨五枚にはなると書いておったぞ」

「し、知りませんでしたわ……」



 が、その言葉に驚いたのはメリルだけであった。

 部位を覚えるのは生半可な努力では無理だが、それでもそういった部分がある。

 と言うのは、冒険者なら基本的な知識だ。ミリアも例に漏れずしっかり理解している。

 メリルの場合、家庭があまりに裕福な為、今一金銭に関しては疎い部分があるのだが、その為に無意識下で必要ない知識と判断してしまったのだろう。



「駄犬はランクで表せばCであるが、先ほど倒した亜竜は中々良い値段で引き取ってくれるであろう」



 レティーシアの言葉に全員がげっそりした表情を見せる。

 亜竜と言えど竜は竜だ。全員の疲労の内の大部分はその亜竜“リンドブルム”によるものであった。

 一種の翼竜であるそのリンドブルムは、体長が翼込みで横四メートル、縦三メートルの魔物としては中型に位置するだろうか。

 厄介なのがその飛行能力であり、上空から下級魔法ながらも風の魔法や火球を吐き出してくる攻撃は、並みの冒険者であれば手出しすることが出来ないだろう。



 結局はメリルの気流を操る風魔法、そしてミリアの高速で放つ事で威力を得る水の刃ウォーターカッターで翼を切り裂き。

 落ちてきた所をレティーシアとボアが止めを刺すことで事なきを得たのだ。

 が、相手も風魔法を多少なりとも使うお陰で、捕縛までに時間が掛かり、決して少なくない魔力を消耗する結果となってしまった。



 これが真性の竜であれば、高魔力による、“魔力抵抗”によって攻めあぐねたことだろう。

 魔力は高密度で纏うと、魔力で発生した現象を跳ね除けると言う性質を持つのだ。

 ただし、魔力同士も微妙に反発し合うので、じょじょに魔力を消費する結果となる。

 そして、それは魔力濃度が高い程顕著になっていく。 



 亜竜出現から十五分もせずに、先のパディス・ドッグの出現だ。疲労はかなりのレベルで蓄積していよう。

 先程からレティーシア以外全員の声音には、深い疲労の影が見え隠れしている。

 ボアは幾分前衛なこともあり余裕がありそうだが、女性陣がかなりキツそうだ。

 レティーシアが素早く現在位置を脳内で計算する。移動し始めて既に七時間以上。

 が、進んだ距離はおよそ二十キロと行ったところだろうか。



 しかも赤い砂礫が舞う荒野。それをやや避けるように、岩石地帯を這うように進んでいる。

 これは空から以外に魔物から見つかりにくくする為のボアの提案だ。

 つまり、実際にはまだ十五キロ程度しか進んでいない計算となるだろう。

 日が暮れれば夜行性の、凶悪な魔物が出現しかねない。

 つまり、時刻にして夏の日が長いことを考慮し……およそ今から五時間以内には、遺跡前に到着しなければいけないのだ。


 が、行軍速度としては悪くは無いと考え。

 これなら暫くは休憩も取れるだろうとレティーシアは判断。

 気丈にも疲れを見せまいとする、メリルとミリアに顔を向け口を開く。



「仕方あるまい。一時間だけ休憩を取るとしよう、時刻も昼過ぎ、昼食を取る必要もあろう。妾が半径十メートル内の匂い、姿、気配、音を誤魔化す結界を張るゆえ、そなたらは昼食の準備をするがよかろう」

「わ、わたくしなら――いえ、何でもありませんわ」

「よっしゃ、んじゃ、ミリアはこっちを手伝ってくれ、今バッグから食料を取り出すからよ」

「あっ、はい!」



 レティーシアが結界を張るためにダーインスレイブの鞘で、半径十メートル外に“境界”となる線を引く為に歩き出す。

 その後ろでメリルが何か言い掛けるが、レティーシアなりの気遣いを無碍には出来ないと悟り口を閉じる。

 ボアが腹減ったぜぇ、と言いながら呑気にミリアと大きなバッグからあれこれと器具と食材を取り出していく。

 大半は乾物なのだが、一部は魔力が続く限り鮮度を保つ、小型の冷却箱により野菜や生肉も収納されている。



 油と魔道具マジックアイテムを合体させた、少量の油で大きな火力を得る器具。

 それらを使い合金製の器具に次々と具材を刻んでは放り込んでいく三人を眺めつつ、レティーシアは円形の線を素早く引いていく。

 この線が魔術の効果範囲を示す、ようは目印の代わりとなるのだ。

 線を引き終わり、後は何時もどおり指を鳴らすだけで結界は完了する。

 が、それをせずに一度レティーシアはこの広大な砂礫舞う荒野を一瞥した。



 地平線の限り続く茶と赤の混じった荒野。

 枯れた木や、白骨化した魔物の残骸。巨大な岩が密集している地帯。

 空に巻き上げられる砂礫。そんな不毛な大地でありながら、一部の魔物は適応し、その猛威を振るっている。

 レティーシアは時々思うのだ。その適応力に、生命力に、命の輝きの強さに。

 死と限りなく無縁の位置に存在するレティーシアは、限りある命の輝きが、時として超新星の如き煌きを放つのを知っている。

 そして、それを時に羨ましく感じてしまう己が居ることも……



「馬鹿馬鹿しい――妾が何かを羨ましがるなど……」


 否定の言葉は弱く、その言葉が偽りだと自身に知らしめる。

 自嘲の溜息が零れ落ちる瞬間――


「レティッ! 貴女も休憩しないといけないわ」

「そうですよ、今煮込んでいるので、もう少しで完成しますから」

「全員揃わないと、飯が不味くなるってもんだろ?」



 気づけば十分以上も外を眺めている事に気づく。

 三人の声がレティーシアに届き、影のようにチラついていた思考が払拭される。

 変わりに、そんな三人の言葉にどことなく温かい気持ちになり、ほんの少しレティーシアの頬が赤く染まる。

 それを誤魔化すかのように、レティーシアは数度指をならし、光の屈折率、匂いの漏洩防止、気配の遮断、音の吸収を用いた結界を張り、深呼吸一つしてから声を出す。

 久しく感じていなかった、緊張。そんな言葉が口を開く瞬間、一瞬だけ脳裏をよぎった。



「ふんっ、まぁ、偶には雑な料理を口にするのもよかろう――」



 そう言いつつも、四人で囲んだ日が照る中の暑苦しい闇鍋は、不思議な事に豪華な料理よりも、高級な食材を使用した一品よりもなお美味しく、レティーシアには感じられた。

 それはそう、まだレティーシアが幼い頃、人であると信じていた時代。

 薄れた記憶。既におぼろげにしか思い出せない両親の顔。家族の団欒、その時に味わった味と非常に近しいものであったのではないか――――







 その後、無事一行はアルイッド遺跡前まで到着することが出来た。

 魔力はゲームで使用していた魔力回復用のポーション、それを全員に渡して回復。

 時刻は既に十八時を過ぎている、まだ幾分空は明るいが、一時間もしない内に地平線より夜の手が忍び寄ることだろう。

 レティーシア達は今他のパーティーと集まっていた。

 どうやら最後がレティーシア達であったらしい。流石はAランクを一人以上擁するパーティーだけはある、と言うところだろうか。



「一、二、三、四……よし、情報通りのパーティー数だな。私は今回の依頼で複数のパーティーからなる探索、と言うことで纏め役の権限を依頼主である市長から預かっている、フリードリヒ=ベッテンバルトだ」



 遺跡の前、集まった順に左からパーティ毎に一列で並び、リーダー役が各自先頭に。

 そして、四組のパーティーが並ぶ先に一人の中年の男性が名を名乗る。

 Aランカーであり、多くの冒険者でも名を知る“二つ名”を名乗る事を許された数少ない冒険者だ。

 いきなり俺がリーダーシップを取る。と、言われても誰一人文句を言わない。

 当たり前だ、誰もがプロだ。それも一流以上、超一流の冒険者。英雄とすら言われる枠組み内に存在する一団が、その程度の自制が出来ない筈がなかった。

 それらを眺め、フリードリヒが満足そうに頷き続きを話し出す。



「遺跡の調査を明日の明朝より行う。今日はこの場で野営を行い、疲れを存分に癒そうではないか。早朝九時までに、各パーティーのリーダーは準備完了の知らせを俺まで届けてくれ。それと、この遺跡の発見隊による、簡単な調査資料をコピーしたものを配る、各リーダーは野営前に俺から持っていくといいだろう、それでは今日は解散とする!!」



 フリードリヒの言葉に、各パーティーは素早く野営の準備を進めていく。

 ワンテンポ遅れて、メリルが資料とやらを受け取りに行き、その間にボアが適当な場所にテントを張っていく。

 ミリアは細かな道具をバッグから取り出し、ボアに渡す役目のようだ。

 レティーシアは一人、異空間から取り出したテーブルと椅子に座り、紅茶を啜ってはその様子を眺めていた――――





「レティ、そろそろ寝た方がよくてよ?」



 パチパチと焚き火が遺跡の前、荒野の大地で燃え盛る。

 その傍で考え事をしていたレティーシアの背後からメリルが現れ、声を掛けてきた。

 眠れないのか、どうやらテントから抜け出してきたらしい。

 言葉も副音声的に、貴女も眠れないの? と、問うているようなものだ。

 思考を中断し、レティーシアが苦笑気味に答える。



「何、どうやらこの依頼。いや、遺跡とやらは妾が思ったよりも厄介であるやもしれぬと思うてな」



 もう一脚椅子を出し、メリルを座らせながらレティーシアが言う。

 それに驚いたのはメリルだ。まさかレティーシアの口から厄介だとか、大変だとか言う類の言葉が零れるとは思わなかったのだろう。

 そんなメリルの驚きを他所に、少しのブランデーを足したミルクをカップに用意してメリルの前に置きながら、レティーシアは続きを口にする。



「提供された資料、その内容が真実だと仮定した場合。そして、先程遺跡の外周に彫られた呪文の解析。その結果が正しければ、この遺跡には何者かが恐らく封ぜられているのであろう。それも、だ、ギルドの規定で言えばオーバーSに属するような強力な魔神。あるいは……“神”と、そう呼ばれる存在が、の」

「……そ、そんな危険な場所だと言うの? う、嘘です、わよね?」



 そう告げると、レティーシアの耳に生唾を飲み込むような音が聞こえ。

 少し後には引き攣ったような表情で、一縷いちるの望みに縋るかのようなメリルの震えた声が耳朶に響く。

 が、レティーシアの返事は無言であった。そして、その重みが真実だと言う事実を否応にもメリルに知らしめる。

 無理だ。無理なのだ。Sランクですら恐らくギリギリの戦闘になるだろうと言うのに、オーバーSなど無謀どころの話しではない。

 それはもう自殺に等しい行為だ。人の領域ではどうしても相手出来ない存在、それがオーバーS。



 メリルは頭が真っ白になるような眩暈を感じていた。

 どんなに考えても結論は“死”。高々学生に、オーバーSから逃れる術はない。

 ざわざわと心がざわめき、不快で気持ちの悪い感情が忍び寄る。

 そして、恐怖心に駆られそうになる瞬間――



「そなたらには良い経験となるであろう。安心せよ、相手がオーバーSであろうが、神であろうが、妾の前に立ち塞がるのであれば……尽く踏み砕いてくれようぞ」



 そう言って満月の輝く星空の下。笑みを浮かべるレティーシアの姿は、とても傲慢で、不遜で。

 けれども、メリルには誰よりもどんな時よりも、安心出来る笑みであった――――




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