アルイッド遺跡 四

 早朝、全てのパーティーは野営を片付けていた。

 どのチームも黙々と作業をこなす傍ら、レティーシア一行だけは喧騒に包まれている。


「えっと……これはこっちでよろしかったかしら?」


 夜遅く、レティーシアのウィスキー入りホットミルクにより、ぐっすりと眠れたメリルがテントの部品を指してボアに訊ねている。


「あー、それはそのまま外して一纏めにしといてくれ」

「分かりましたわ」


 ボアの指示に黙って従い、テントの骨組みを解体しては折りたたんで一纏めにしていく。

 ミリアやボアに比べ、明らかに手馴れていない動作だ。


「メリルさん、テントとか張ったことなかったんですねぇ」


 金物を仕舞っていたミリアが不思議そうに言う。


「わ、私だって何も何でも出来る訳じゃありませんことよ? それに、私の家は自分で言うのもなんですが、とても裕福でしたので、そう言った事の経験はありませんの。勿論、知識としては知っていましたわよ」

「まっ、これから遠出なんて何回もあるだろう? その内嫌でも覚えるだろうさ」



 そう言ってさり気無くメリルのフォローを入れるボア。

 中々に気の利いた言葉だ。彼のような両親を亡くした者や、貧しい者は貴族などを毛嫌いする傾向がある。

 そう言う意味では彼、ボアは人としての感性がとても豊かで好ましい部類と言えよう。

 今はまだまだだが、いつの日かボアが歴史に名を刻む日が来るだろうと、そうレティーシアは思っていた。

 ボアだけではない。ミリアもそう言う意味では輝ける原石だ、将来は立派な魔法使いとなるのは間違いない。

 メリルは両親の爵位を継ぐだろうから、領地経営の方で名を轟かせるだろうか。



 と、三人がテントを片付けている横で椅子に座り、紅茶を飲みながらぼんやり思考するレティーシア。

 既に三人はレティーシアがこの手の作業を手伝わない、と言うのは理解済みだ。

 だからこそその分報酬は資金として提供しているのだ、問題はあるまい。

 それに三人でもキツイ場合はレティーシアも手伝うことはある。

 尤も、その場合は手を使うのではなく、魔術を使うのだが―――



「ふむ、片付けは終えたようであるな。ボアよ、そのバッグは妾が預かろう。恐らくこの先、そなたらの想像以上の場面が多く登場する。動きを阻害する荷物は無いほうがよかろうて」



 そう言うと全員の余分な荷物を回収し、異空間に仕舞う。

 他のチームの荷物まで管理するつもりは無論、無い。

 ついでに異空間から私室で製作した、“魔石”の入った皮袋を取り出す。

 本当は道中で渡すつもりだった物だが、案外三人の実力が高く、必要なさそうだと仕舞ったままだったのだ。

 が、この先はそれこそ“何が起きるか不明”の地。用心に越したことはないだろう。

 


「一人一袋持って行くがよい。取り出す場合、魔力を込めぬよう注意せよ、少しの魔力で発動するでな」



 そう言って全員に皮袋を一つずつ投げ渡す。

 量は一つの袋に付き五十程だが、石である分重量はそこそこある。

 非力な部類に入る女性二人、メリルとミリアが存外にずしりとした重みに慌てて両手で支えなおす。

 一方ボアは片手で楽々受け取る。流石は鍛えているだけはあると言ったところか。



「えっと、中身は……鉱石、でしょうか」

「これは……もしかして魔石ではないかしら?」

「魔石? なんだそりゃ」



 ミリアが早速中身から一つ、石英の魔石を取り出して呟く。

 それを見たメリルが見事正体を見分けるが、ボアの顔には聞いたことも無いと言う感情がありありと浮かんでいた。

 それにメリルがはぁっ、と溜息を吐く。先程のテントの一件と立場が反対である。

 こほんっ、と一つ咳払いをすると、魔石について簡単に話し出す。



「魔石と言うのはですわね、つまりは魔力の込められた鉱石の総称なのですわ。これに魔力を込めると、鉱石は自壊を始め、鉱石毎に違った効果を発揮するのだけれど……それにしても凄いですわね、これは――もしかしてレティが自ら?」



 簡単に説明しながらも、マジマジと石英や水晶、他の鉱石を眺めていたメリルが感嘆の溜息を吐く。 

 メリルの知識量は学園の一年生ではトップクラスだ、宝石魔術に関しても知識を有しているのだろう。

 そのメリルから見ても、魔力供給率は限界まで行われており、ほんの僅かな魔力で発動出来ると分かる。

 しかも、石英はまだしも水晶やエメラルド、サファイアやルビーの高純度宝石まで幾つか混じっているのだ。

 それら一部の魔石を合わせれば、下手すれば今回の報酬丸々分になるのでは? とメリルが思っていた。



「そのとおり、その魔石は妾が作成した物に相違無いぞ」

「もう、本当……レティには驚かされてばっかりですわね」


 はぁ、と諦めにも似た溜息がメリルの口から零れる。


「その、あー、マセキ? て、やつはそんなにすげーのか?」

「私もちょっと気になります」



 ボアとミリアはどうやら魔石についての知識が無いらしく、どうも何が凄いのか今一分からないらしい。

 メリルがちらりとレティーシアに目線をやれば、説明は任せると言わんばかりに新たな紅茶を口にしている。

 普通ならムッとするだろうが、メリルの頭はレティーシア菌でもうどうにかなってしまっている為、これできっと好感度アップね!

 なんて脳内変換までされ、自分が作った訳でもないのに、自慢げに胸を張って喋りだす。



「魔石と言うのはですわね。宝石魔法と言う技術によって製作される、一種の使い捨ての魔道具マジックアイテムなのですわ。ただ、効力の高い魔石を作るなら、宝石と呼ばれる物を使うのが一番でお金が掛かる魔法としても有名かしら?」

「そう言う意味でも宝石魔法と言う名前が一般的ね。ただ、お金も掛かるうえに、非常に繊細な魔力操作が必要で、その使い手は非常に少ないわ。お陰で市場には殆ど出回らないから、知名度も低いって訳よ。それに、高純度の宝石だと、一つで数百枚の共通金貨が飛んだりするから、望んで買おうとする者も極少数ですわね」



 ふぅ、とそこまで説明したメリルが質問はありまして?

 と、二人に声を掛ける。すると、不思議そうな顔でミリアが片手を挙げる。

 ボアに関しては半分も理解しているのか怪しいが、最悪使い方だけ覚えればいいかしらとメリルは判断。

 ミリアに何かしらと言う視線を送ると、ちょっと考えたそぶりを見せた後に口を開いた。



「えっと、その魔石がお金掛かって、作るのも大変だと言うのは分かったのですけれど。それなら、どうしてレティーシアさんはこれを私達に?」


 尤もな意見質問だ。メリルはそれも説明するわ、と前置きして話し出す。


「この宝石魔法の利点は、発動が瞬時に行える点にありますの。魔力を込めて遅くても二秒以内に発動致しますわ。それに威力も、良い物ならそれこそ小さな町が崩壊する程だってありますのよ? そうですわね……恐らくですけれども、この透明な鉱石が純粋な衝撃系、青が水や氷、赤が炎、緑が風だと思いますわ。特にこの色有りの宝石は多分、大魔法級の威力があるんじゃないのかしら」



 ですわよね、とメリルがレティーシアに確認する。

 それに大仰に頷き、一言合っておると告げ、ついでだと詳しくそれぞれの効果と発動時間を説明していく。

 最終的にはボアも何とか魔力を込めて即投げつける。色付きは最低でも数メートル先に投げる。

 と言う内容で理解させることで落ち着く。ミリアは苦笑していたが、メリルに至ってはボアを馬鹿の子を見る目で見詰めていたのが特徴的であったろうか――――

 






「よし、全パーティー揃ったな。これより仮称ネーム、“アルイッド遺跡”に隊列を組んで入る。四組な為、フォーメーションはダイアモンド型で行く。先頭を私のパーティーが、右翼をフレデリクのパーティーが、左翼にはメリルのパーティーを、そして殿である後方はギュスターブのパーティーを充てる。異存は?」



 フリードリヒが手早く指示を出すが、反論はない。

 全員には資料として遺跡で分かる事とは別に、大まかなそのパーティーの得意分野も記述されていた。

 フリードリヒ隊は罠などの発見も得意であり、フリードリヒは見事な騎士姿であり前衛として頼もしい、歴戦の経験は前を務めるのに相応しいだろう。

 右翼のフレデリクは前衛が一人に、残りは後衛火力。メリル達は前衛&オールラウンダーが二人、残りは火力だ。



 最後のギュスターブ隊は、防御に関する魔法や、回復を得意とするメンバーが多く、後方支援と背後からのバックスタブに心強い。

 それぞれの特徴を吟味し、しっかりとフォーメーションに当て嵌めてきたのは基本ではあるが、しっかりとした観察眼と思考力がある証拠だ。

 特に異論も無いのを確認し、フリードリヒの表情が引き締まる。



「それではこれより、アルイッドへと潜入する。目的は遺跡の調査及び、最深部到達だ、途中で見つけた宝物は回収後報酬に上乗せしてもいいそうだから、無事戻れたら分配作業とする。が、決して油断するなよ! 資料通りであるなら、生きて戻っては来れないかもしれないからな――」



 そう言って遺跡の、いや神殿と言った方が正しいだろう、石柱や装飾に覆われた巨大な建築物。

 その前面、縦二メートル以上、横も同じくらいの両開きの石製の扉をフリードリヒが押し開く。


 ――――ゴゴッ、ゴゴゴゴゴゴォォオォォオオ……

 

 何百キロとあるレリーフの施された石の扉が開かれていく。

 地面にこびり付いていた砂が舞い上がり、表面の赤土が剥がれ落ちる。

 人一人が通れるのには十分すぎる程開いたところで、扉は止まった。

 扉の奥の空間は揺らぎ、七色の渦を巻いている。転移門と呼ばれる、人口の転移陣に発生する現象だ。

 つまり、この先は神殿内とは別の空間に繋がっている、と言うことである。



「よし、それではこれより、アルイッド遺跡調査を開始する――行くぞッ!」



 フリードリヒを先頭に、続々と隊列順に転移門へと吸い込まれていく。

 やがてフリードリヒ隊全員が消え、次にフレデリクの隊が吸い込まれ、遂にメリル達一行の番が来る。

 メリル達とボア、ミリアの三人がレティーシアに目線を送り、仕方なくレティーシアがそれに軽く頷いてやる。

 資料では異次元に飛ばされる訳でもないと書いてあったが、それでも不安になるのだろう。

 恒久的な転移門など、かなりの高等魔術。この世界では確認されているのは極少数程度であり、個人で扱える技法では決してない。



「んじゃ、念のためだ、俺が先に入るぜ?」


 全員が頷くのを確認し、ボアが転移の歪みへと吸い込まれていく。

 

「次はわたくしですわね。レティは最後でお願い致しますわ」


 そう言うと、やや強張った表情で一歩を踏み出す。

 

「えっと、それじゃあ、お先に失礼しますね!」



 ミリアは幾分ワクワクとした表情で飛び込んでいく。

 この先に待ち受けるのは恐らくレティーシアですら、そう幾度も体験したことのない秘境。

 下手するとレティーシア以外全滅の可能性すらある。

 それだけの危険性。それだけの領域、“神が鎮座まします地”。神殿の扉に彫られていた言葉だ。

 面白いと、その神とやらを直接見てやろうと、牙を剥き出しにしてレティーシアが笑う。

 そして一歩、転移門へと足を踏み出した――――






「ほぉ……これは、妾も予想外であったな――」



 一瞬の浮遊感、そして意識の白濁。そして体が再構成されるような、不気味な感覚。

 鍛えていない者なら嘔吐するやもしれない。

 そして転移してきた地は“異界”の名に相応しかった――



 大地は赤い砂礫舞う荒野。まるで神殿の外と同じ。

 が、よく見てみるがいい。大地からそびえる幾百幾千幾万の“水晶群”を。

 直径数メートルから、中に数百メートルもの巨大な水晶が空を目指して突き出ている。

 色も青や赤、緑もあれば紫だって。多種多様、きらきらと、夕日だか朝焼けを受けて幻想的な光をかく拌していた。

 それだけではない、水晶群の隙間より見える地平線の彼方。そこより見えるは沈み掛けた茜色の太陽。 


 が、空に見えるのはまるで目の前にあるかのように錯覚するほどに大きい“月”。

 大きかった。太陽の数百倍の大きさ、表面のクレーターや凹凸まで容易に見て取れるだろう。

 そして空は夜でもないのに、宇宙の星々が幾億と瞬いているではないか。

 所々には寒くもないのにオーロラが発生し、その距離も近い。

 まるでそう、“宇宙と地表が近い”ような、そんな異界であった。

 事実、レティーシアは即座に大気の成分を調べ、その結果やや酸素が薄いのが判明し、重力も少しばかり軽い。

 更には大気層が元の場所の半分程度の厚さしかない、と言うのも判明していた。



「おいおい……これが遺跡だって? 冗談キツイぜ」

「わ、私だって中は異界だって資料にありましたけど、こんな風になっているだなんて……」

「あわわ! はわわわ!?」



 ボアが神秘的な、しかしどこか異質な気配と景色に頬を引き攣らせている。

 メリルがそんなボアの言葉に反応し、頭痛が致しますわと頭を押さえていた。

 ミリアに至っては瞳をキラキラさせ、あたふたと右を見たり、左を見たりと急がしそうだ。

 先に入ったパーティーも流石に予想外だったのか、大なり小なりあれど、誰もが驚愕した表情と言葉を発している。

 すると、後ろから空間が歪み、中から最後のギュスターブのパーティーが現れた。



「これは、異界って……突き抜け過ぎだろう――」



 リーダーのギュスターブがボアと同じような反応を見せる。

 ふとレティーシアがボアを見れば、だよなっ! と言う、共感の顔をしていた。

 先に入っていたフリードリヒが全員揃ったのを確認し、隊列を組ませ、準備はいいかの声を掛けてくる。

 それに待ったを掛けたのはレティーシアだ。



「妾の配下を呼ぶゆえ、暫し待たれよ。どうやらこの地、最低でもAランク、Sランクの魔物すら容易に徘徊しているようであるからな」



 と、レティーシアが指差した方向を全員が見れば、数百メートル先でもハッキリ窺える“飛竜”が見えた。

 全長は明らかに十メートル以上。Sランク級の竜なのは間違いない。

 それとは別にレティーシアが指した方向には、天を突くような全長百メートル程の岩の巨人が、この世界の“水晶”を貪り食っている姿が見えた。

 異界のせいか分かりにくいが、各自も気配を探れば、そんな化け物級の気配がごろごろしているのが判明。

 全員の表情が一斉に引き攣ったものになったのは致し方あるまい。



「わ、分かった。だが、早くしてくれると助かる。これは戦闘は出来るだけ回避して進んだ方がいいだろうしな、早めにこの場を去りたい」


 フリードリヒの言葉にレティーシアが頷き、一度指をパチンと鳴らし粛々と詠唱を告げる。


「古の契約、密やかな約束。そなたと妾が交わした契り、誰にも知られない赤色の言葉……妾が紡ぐ赤色の物語、もしそなたが契約と約束を守るのならば、その名“グレンデル”の誓いにかけて現れ出でよ!!」



 瞬間、転移門と同系の歪みがレティーシアの前に発生。

 歪みは一瞬で広がり、数メートル程の大きさにまで膨れ上がると、その中から何かがこちらに出てくる。

 先ずは手だ、鋭いあらゆる物質を切り裂く鋭利な爪を生やし、青銀色の毛に包まれている。

 そして現れるのは頭に胴体。イヌ科の鼻にぞろりと生え揃った牙群、ブルーの瞳に音を集める両耳、それは狼と呼ばれるものだ。

 が、その全長は優に五メートルを越えており、高さも三メートルを越すだろう。

 青味掛かった銀色の毛並みが美しい、澄んだ青の瞳を持つ巨狼。



『古の契約、私が捧げた誓い、密やかな約束。寄る辺に従い現れ出でよう。もし望むなら、この全てを粉砕する牙も、神すら寸断した爪も、幾千の魔術を跳ね除ける肉体も、百キロ先を見通す瞳も、音を置いて走り去る足腰も、配下である幾億の獣達も……全て、全てが君の物だ、我が主人マイ・ロード



 グレンデル。レティーシアの盟友であり、直属の部下である。

 齢にしておよそ九千歳。真祖すら凌駕する実力を有する、全ての獣の頂点に君臨する王であった――――






  

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