アルイッド遺跡 二
「待たせたの」
「いえ、時間ぴったりですわ」
レティーシアが学園の裏門、そこに到着すれば既に全員が集合していた。
よく見れば服装こそそう変わらないが、ボア以外の二人は随分と重装備である。
メリルは詠唱補助の魔法書を片手に、腰にはバツ字になるように二つのベルトを冒険用に製作した、装飾の少ない真紅のドレスに巻いているようだ。
そこには多くのポーチや挿し込み口が存在し、ポーチからは魔力反応が、挿し込み口にはタクトのような細い棒に、前に送ったアゾット剣。
更に紐を付けられたリングダガーが両腰に計一本ずつ。
他にも何かの試薬のようなものや、投擲用のスローイングも何本も挿されている。
背中には小型のバッグを背負い、中からは同じく魔力の気配などをレティーシアに伝えてきた。
ミリアも似たような格好だ。
ただし、詠唱補助はレティーシアが送った長杖であり、他はメリルと似た感じであった。
ボアは逆に随分と身軽だ。背中の小バック以外には、外套の内側から覗く腰を一周する形のポーチ付きベルト。
そこには何が入っているのか不明だが、幾分の魔力反応に、金属の匂いがレティーシアには感じられた。
拳にはレティーシアの送った武器を装着しているようだ。
「随分と軽装じゃねーか。あんたの実力は疑わねえが、それでもちょいと少なくねえか?」
正門に停まっている場所に全員が乗り込むと、ボアが不思議そうに訊ねてきた。
その言葉にミリアとメリルがこの馬鹿は……と言う視線を送る。
「い、いやな? 遺跡だぜ? しかも未発見だったものだ。そんな軽装じゃ、心配もするだろうが」
女性陣。メリルとミリアのジト目に慌てて手を振りながら言い訳じみた事を言う。
それを横目にレティーシアが口を開いた。
「忘れおったのか? 空間の操作など、妾の十八番もいいところぞ」
「あっ…そうだっけか」
レティーシアの私室もそれで広さが保たれているのだとボアは思い出す。
「ボアさんはもう少し、頭を鍛えた方がいいと思いますよ」
「十分鍛えてるわよね? ただし――脳筋を、だけれども」
ミリアとメリルのからかいの言葉にボアが「なんだとぅ!?」と言い、そのまま三人喧しく口喧嘩を始め出す。
レティーシアの口から溜息が零れる。確かにボアは決して頭が良いとは言えないが、洞察力や警戒力。
そう言った物は中々に侮れないものを持っている。と言うのは珍しいレティーシアの賛辞であった。
遺跡調査に関しても、レティーシアはさほど手を出すつもりはない。
そうなると、恐らくはボアが中心になるだろう。彼は既に多くの遺跡に潜ってきた、プロと言って差し支えない程なのだから。
「ほれ、そろそろ痴話喧嘩はやめよ。そのようなもの、魔物だって食わぬぞ」
レティーシアの呆れたような声音に、ボアは渋々。
メリルはこほんっと、繕うように。ミリアはあわあわと両手をバタつかせて、ようやく言い合いを止める。
「それより、今回の依頼。受諾したのはボア、そなたであろう? 詳しい内容は面倒で聞いておらなんだからな。折角到着までは時間があるのだ、詳しく話せ」
レティーシアの催促の台詞にボアが分かったと頷く。
が、動いたのはメリルであった。
ここ最近の依頼遂行で、レティーシアの報酬分が浮いている――レティーシアは基本報酬を受け取っていない、そも必要もない――為、それはチームでの運用資金として使う事となっていた。
例えばクエストで使う共用道具や宿泊費。
今乗っている馬車代や、メリルが現在進行形で取り出した地図もそれに含まれる。
「依頼に関しての事は
それはレティーシアも思ったことである。
遺跡程度の調査に“英雄クラス”である、Aランカーを投入するなど、成果より報酬の方が高くなりかねない。
一組でも報酬は共用金貨千枚は下らないと言うのに、それが数組。何か理由があると推察するのが普通だろう。
レティーシアが目線で先をさとすと、メリルが続きを話しだす。
「この遺跡。仮称ネーム“アルイッド”の調査。それがなぜAランクなのか……その理由はその遺跡が見つかった場所にありますの」
そう言うと、メリルが前後の座席の間におかれたテーブル。
そこに広げられた地図に指を走らせた。指が示すのは“アルバトロス大陸”中央に位置する帝國。
そこから白い指がすすっと、やや南西に降りていく。そこには“エンデリック学園”と言う記述が書かれている。
そこをメリルがトントンと指で叩く。
「私たちが現在向かっている場所は、エンデリック学園から東。つまりは、メルクリウス商業国家、その南東の国境より南に数十キロ行った地点。“ここ”の空白地帯、禁止領域ですわ」
エンデリックの西に隣接する形で存在するメルクリウス商業国家。
そのやや東寄りの南。国境を越えた先、禁止領域が多く連なる一帯の一角をメリルは指で示していた。
それを見てレティーシアが合点が言ったと言う表情をする。
禁止領域に関しては、土竜退治以降にレティーシア自身も少し調べていたのだ。
すると、明らかに出現する魔物の質が違うと言う結果が分かった。
先ず、現れる魔物のランクが非常にバラバラだ。
CランクであったりBランクだったり、果てにはSランクが出現する場合も決して少なくない。
とある禁止領域は竜が住む山脈として有名であり、珍しい鉱石資源などが入手出来る事から数多くの冒険者や国が挑戦してきたが、どこも芳しい成果は得られなかったと言う。
また、禁止領域によっては、明らかにこの世界の生態系では生まれ得ないような魔物も出現する。
理由は禁止領域自体が歪みの頻繁な発生地域だからだ。異界の魔物が流れ着き、繁殖した結果だろう。
「禁止領域を進んでおよそ十八キロ地点。そこにアルイッド遺跡はあるらしいわ。幸い、確認されている魔物は最大でもAランク。亜竜が最高と言う話しだから、無理せずに進めば十分私たちでも到着出来るわね」
亜竜。あるいは偽竜とも呼ばれる魔物だ。
竜と言う名を冠されてはいるが、真性の竜には姿が似ても似つかないもの。
あるいはその実力が低い種などが亜竜や偽竜としてカテゴライズされている。
ミリアは不安そうな顔を見せているが、ボアは瞳を輝かせていた。
強敵との戦闘は彼にとっては望ましいことなのかもしれない。
「禁止領域にある遺跡……一体何が潜んでいるのかも不明ですわ。どんな物が奥にあるのかも、ね」
「ゆえの、精鋭チーム、と言う訳であるか。それにしても、妾達を指名した理由が不明であるな」
「まっ、俺は遺跡に潜れるならやっこさんが何を企んでいようが、どうでもいいぜ」
「はぁ……これですから頭の足りない方は……」
メリルの言葉にボアがまた食って掛かるが、今度はそれをミリアがまぁまぁと宥めている。
それを尻目にレティーシアは思考加速で向こうの目的を考える。
パターンは幾つかあるだろう。
一つはレティーシア達一行の抹殺。手に負えない飼い犬は殺処分するに限る。
二つ目はこちらをそれだけ大きく買っている、という部分だが、これは無いだろうとレティーシアは思っていた。
あのヒキガエルにそのような器も、観察眼も持ち合わせているとは到底思えないからだ。
で、本命が三番。
先も書いたように、Aクラスの登用は金が掛かる。
Aランクのクエストは最低でも共通金貨七百枚以上の報酬でなければいけない。
あるいはそれ相当のアイテムや爵位などなど、そういう規定がギルドで定められているのだ。
つまり、あの市長。資金を浮かす為にレティーシア達を雇ったのであろう。今回の報奨金は相場を考慮しても共通金貨千枚以上が普通。
が、提示されていた報酬は共通金貨七百枚。ギリギリAランクの体裁を整えている程度だ。
レティーシア達の実力は土竜を倒した事からBランク以上、ならば大丈夫じゃね? と、あの市長は考えたに違いない。
恐らくこれが最も真実に近い回答であろうと、そうレティーシアは思考し、加速状態を解いてから口を開いた。
「着くまでどれほど掛かるか分かっておるのか?」
「えっと、確か丸々三日は掛かると。そうですよね、メリルさん」
「ええそうですわ。学園からは二千キロ以上離れていますもの。この馬車を引いている馬は穏やかな魔物の一種ですけれども、それでも時速は……五十キロと言ったところかしら?」
レティーシアの質問にメリルとミリアが答える。
馬車を引いて五十キロならかなり力も体力も優れていると言えよう。長距離の移動には欠かせない種とも言える。
成る程と頷き、退屈な時間になりそうだとレティーシアは考えた。
時速が五十キロであれば、丸々二日程で着く計算だが。
実際は休憩や途中で村や町に寄るなど、一日中走る訳にもいかない。
そう考えるとやはり三日は掛かる計算になるだろう。
転移を使う事も不可能ではないが、それでは“旅”の醍醐味が損なわれてしまうのだ。
レティーシアにとって依頼、任務とは所詮ちょっとした旅行程度の気分で行く程度に過ぎない。
ふと馬車の窓から外を眺める。
時刻は間もなく昼前だろうか。街道を進む馬車は通常の馬車より格段に早く、過ぎる森の景色はあっと言う間に過ぎていく。
晴れ渡る空は雲一つ見えない。もう夏も前だ、日差しは暖かく、旅行にはもってこいの季節と言えよう。
瞳を瞑る。目的地までは今暫く以上に時が掛かる。
馬車の僅かな振動がレティーシアを眠りに誘う。
気づけば浅い眠りへと落ちていっていた――――
――――馬車が緩やかに停車する。
ここは禁止領域より数キロ手前にある街、“ボウダー・アリア”だ。
ここから先は凶悪な魔物が出現する領域となる為、馬車はここでお終い。
これより先は歩きである。目的地までおよそ街より南東に二十五キロ。
「それでは、行きますわよ!」
「へっ、腕がなるってもんだぜッ」
「無事辿り着きますように――」
馬車を預けた後、荷物を各自纏め、食料を街で買い込んだ後、南の入り口でメリルが威勢良く声を掛けた。
それにボアが拳をぎゅっと握りこんで熱い言葉を吐く。
一方ミリアはどこと無く不安そうな顔だ。
このメンバーは確かに一年生にしては破格の実力揃いだが、だからと言って英雄クラスが集う依頼に不安を覚えない方がおかしいだろう。
メリルもそれは同じ筈だが、仮にもリーダーとして弱った顔は見せられない、と言うところか。
「安心せよ。最悪の場合は妾が手を差し伸べてやるゆえな。メリルもミリアも、ついでにボア、そなたも気負う事などあるまい」
レティーシアの言葉に見るからにミリアがほっとした表情を見せる。
メリルも気丈に振舞っているが、内心では安堵している。
ボアは元から気負った様子ではなかったので最初から問題はないだろう。
食料と水は借りた一頭の馬に括り付ける事となり、一行は遂にアルイッド遺跡へと向かって歩き出す。
時刻は明朝。到着予定時刻は昼過ぎから夕方だろう。
この先の禁止領域は広大な荒野であり、起伏の激しい岩の山脈も多い。
距離にすれば数十キロでも、ルートは直進と言う訳にはいかないのだ。
更にこちらからも敵を発見しやすいが、それは逆もしかりという面もある。
「ほれ、はようついて参れ、急がねば置いて行くぞ? 妾も遺跡とやらには些か以上に興味があるでな」
「ちょ、待って下さいなレティ!!」
「レティーシアさんッ!」
「へへ、楽しくなって来たぜ!」
先に進みだしたレティーシアに慌てて三人が駆け出す。
目的はここより二十数キロ。未だ嘗て見つかっていなかった遺跡。
どんな未知が待ち受けているのか、冒険者としての意識が三人の心をざわめかせていた――――
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