――夢路の会合3――

 宝石魔術で消耗した魔力は、数個の大魔術級の威力を発揮する魔石を用意したため一割と少しにまで及んでいた。

 Bランクであった地竜サンドドラゴン程度なら、どの魔石もまとめて複数屠れるような威力である。

 尤も、地竜と言っても実は何種類か存在していて、あの蚯蚓みみずタイプは最下級であるのだが……

 

 久方振りになるそれなりの魔力消費に、レティーシアは深い眠りへと落ちていった――――








「さて、今回で三回目の会合であろうか?」



 先にこの摩訶不思議な精神とも夢とも言える世界に来ていたレティーシアが、優雅に紅茶を片手に持ちながら彼に話しかける。

 それには答えず、彼も前回、前々回と同じテーブル、そして同じ椅子に座り込む。

 すると、レティーシアがそっともう一つ、湯気の立ったカップを差し出してきた。白磁製の、美しい紋様が施されたそれには彼も見覚えがある。

 レティーシアのお気に入りの一つだ。それを受け取り、そっと口元へと運ぶ。

 生前と称してよいのか。彼がまだ彼であったあの頃、名を忘れてしまったあの世界での彼は猫舌であったのだが、今では高温である筈の紅茶(それ)はいささかの不快も与える事も無く、彼の喉を通り過ぎ、温かな感触を胃袋に伝える。



「こう言った機会はそうは取れぬ。意図的にこのレベルの事象を起こそうと思えば、それなりに手間であるからな」



 レティーシアがそう言いつつ、空になった彼のカップを目線一つで満たす。

 彼がカップに視線を向かわせ、テーブルに戻した時には何時の間にかショートケーキが置かれていた。

 さとされるままにフォークをサクリと走らせる。見た目はどこにでもある苺のショートケーキだ。

 しかし、一口含めばその考えが吹き飛んでしまう。

 やや甘味のある紅茶に合わせ、甘さを少し落としてあり、クリームは滑らかでまるで舌の上で溶けるようだ。

 生地もふんわりとしていて、思わず苺を口に入れれば程よい甘さがじゅわりと広がっていく。



 驚愕に見開く彼の顔を見て、レティーシアの顔に愉快そうな感情が浮かぶ。

 それを見て思わず慌てて表情を取り繕う彼だが、逆にそれがツボだったらしく、レティーシアの口元はぷるぷると震え、笑いを堪えているであろうことは一目瞭然であった――





 ふと、両者無言で紅茶を楽しんでいたとき。彼の脳裏に違和感が駆け巡る。

 いや、視界にと、そう言い換えるべきかもしれない。

 拭い難い違和感、前回にも感じた違和感を更に強くしたかのような、そんな強烈なまでの感覚。


 ――この世界はこんな色だったか?



 違和感の解答を質問しようと、レティーシアへと視線を向けるとその手には既にカップは無く、黒と白のマス目の様な色分けをしたテーブル。

 その一部に肘を置き、その手に頬を乗せてはこちらを見て、にんまりと口角を持ち上げている。

 まるでこちらの反応を見ては楽しんでいるような……

 そんな思考が彼の脳裏にちらついた瞬間。レティーシアの妖艶とすら形容すべき笑み、それが一段と深くなる。

 その態度で彼には未だ出来ないが、ここでは相手の考えていることが理解出来るということを思い出す。

 同時、彼女がこちらの質問に答える気はないのだと悟り、仕方なく視線を取り敢えずぐるりとこのモノクロの世界へと向けた。



「……は? ここって、こんな色だったか?」


 思わず、と言った風に彼の口元からするりと言葉が流れ落ちた。


「さて、妾(わらわ)には前回も、前々回も白と黒であったと記憶しているが?」

「いや、そうじゃなくて――」



 からかうかのような含みで訊ねてくるレティーシア、それに律儀にも返答しようとしたところで、そんな言葉遊びに付き合ってる場合ではないと、レティーシアと同じ真紅の瞳を目一杯に広げて周囲を何度も見渡す。

 どうも胸騒ぎが彼の内で渦巻いていた。この違和感を忘れてはいけない、放置してはいけないと不思議な警鐘が知らせてくる。

 そうして、何度も前回、前々回との記憶を照らし合わせていく。そう、彼の考えが正しければ……



 ――白と黒のタイル、その配置が変わっている?



 彼が前回にも感じた違和感。その正体は“配置の違い”であった。

 規則正しく並んでいた筈の床に敷き詰められた白と黒のタイル達はしかし、今回はまるで不規則に並び、白や黒が連続している場所まで見受けられる。

 前回も似たような現象が起こっていたのだが、その差異は小さく、前の彼には小さな違和感としてしか映らなかったために気づけなかったのだ。

 そこで気づく、白と黒のタイルの数が変動していることに。

 確かそう、彼は最初この世界に来た時になんと考えただろうか?



 ――それはまるで、白と黒の駒の取り合いのようにも見える。



 ずきり、と頭部に激痛が走ったのと同時に浮かび上がった文字。

 そう、あの時彼はこの世界を見て、“駒の取り合いのようだ”と、そう思ったのだ。

 白と黒の兵隊による“殺し合い”。いや、“乗っ取り合い”と言った方が近いかもしれない。

 

 ザザ……

 ――相■を■し、■■し、奪い、その■■の一欠けらすら■■し尽し■が■とする……

 ザザザザ……



 ずきり、と再び頭部に激痛が走り、思わず椅子から転げ落ちてしまう。

 その際にカップがテーブルから転がり落ち、地面に接触する瞬間、パリンッ……と、砕け散る。

 破片はしかし、光となって宙に溶けて消えていく。同時、脳内にノイズが走り、モザイク混じりの思考が脳裏を駆け巡った。

 一瞬であった為、その意味の殆どを理解することが出来なかった彼ではあるが、その言葉の羅列が浮かんだ瞬間、確かに背筋に薄ら寒い感覚が走ったのを自覚したのだ。

 まるで聞いてはいけない。いや、“禁断の思考に思い至ってしまった”かのような途方も無い背徳的で禁忌的な感情。

 それは絶望にも渇望にも、あるいは空虚にも飢餓とも似ている感情であり、彼は荒い息をついて何とか煩く暴れる心臓を落ち着けようとする。



「はぁはぁ……はぁはぁ……」



 時間にして数分、しかし彼にとってはもっと長く感じた時間を経て、なんとか元の状態に呼吸を落ち着ける。

 気づけば先ほど浮かんだ言葉のその片鱗すら思い出せず、そのときに感じた感情も今は影を潜めていた。

 その事に彼は密かに安堵の溜息を吐く。

 理由は分からないが、彼にはその時浮かんだ感情も言葉も、“思い出してはいけない”気がしてならなかったのだ。

 完全にそれを知り、理解してしまった時、何か途轍もない……そう、“取り返しの付かない”事態になるように思えた。



「ふむ、どうやらまだ駄目のようであるな」



 落ち着き、椅子に座り込んだ彼の前に前回同様、冷たい清涼水が満たされたコップを渡し、明らかな落胆の色を隠しもせずに、レティーシアがあからさまな言葉を漏らす。

 それを聞いても、彼はレティーシアに“何が”等とは聞きはしない。

 帰ってくる返答は恐らくノーコメント、あるいは謎かけみたいな言葉であるとの確信があるからだ。

 伊達に数ヶ月もの間半ば同居? に近い環境に居る訳ではない。その思考までは読めなくとも、考えそうなことを想像することは今の彼でも十分であった。



「ふむ、どうやら一息つけたようだな。妾と同じ姿をしたそなたを見ると、どうも不思議な気持ちに駆られてしょうがない」

「不思議な気持ち?」



 彼がコップの水を飲み干した後、一拍置いたのちにレティーシアが両手をテーブルに置くとその手を組み、その上に顎を乗せて椅子をやや後ろに引き、普段では見せることのない随分とだらけた姿勢を取ると、少々奇妙な台詞を発した。

 半ば反射的に返してしまった彼だが、その後に返事が返ってくるとは予想だにしていなかった。



「うむ。同じ姿でも性格やその他諸々が違えば、かような程に違いが出るのかとおもうてな。そなたとここでこうやって二人、顔をつき合わせておる訳だが、そなたは妾と違って表情が豊かゆえ、普段の妾の印象と大きく食い違ってみえるのよ」



 そう言われて思わず両手を顔に持っていく彼だが、別段今は感情を喚起する場面でもないので、その手に伝わる感触は何時もの冷静な“魔王”としての表情である。

 彼は気づいていなかったが、外の世界では何故か基本、口調も表情もレティーシアとしてのものが優先されているが、ここでは素の感情や表情が自由なせいか、彼が見せる表情は照れや怯え、恐怖、困惑、悲しみなどなど、様々な表情(かお)を覗かせており、レティーシアとしてはそれを見て妙な感慨に陥ってしまったと言う訳だ。

 しかし、表情が面白いなどと言われて素直に喜べる程、彼は子供でもない。


 

「そんなに不思議だったか?」

「うむ。そなたの知識で言うなら、そう……サディスティックな気持ち? Sっ気が刺激されたと言うところであろうか? 自分で言うのもあれではあるが、妾の容姿はそれこそ神に暴言の限りを吐き散らしたとしても、媚の一つでも見せれば許される程には整っておるのでな。そうかような表情を見せられては苛めたくもなろう」



 そう言ってにやりと牙をちらつかせるレティーシア。その体勢のせいか、上目がちな表情を見せているその瞳を覗き込んでしまい、背筋をゾクリと震わせてしまう。

 それは捕食者(レティーシア)が獲物(かれ)を見つけたときの表情(かお)であった。

 彼は懸命に自身を鼓舞しようとするが、如何せん……高々三十年ばかりの生しか生きていない彼に、真正の魔神であるレティーシアに対抗出来る筈もなく、その哀れな姿は一層レティーシアの嗜虐心に燃料を投下する結果に終わってしまう。

 ゆらり、と。まるで幽鬼のように本心を見せない表情でゆらりと椅子から立ち上がったレティーシアが、彼に一歩、また一歩と近づいてくる。



 このままでは“捕食”されると、小動物(かれ)に備わった本能が警報を鳴らし、立ち上がって逃げようとするが、どういう訳か体を動かすことはおろか、指一本動かせない事実に驚愕の表情を浮かべる。

 レティーシアに彼が視線を映せば、その指に小さな魔術陣が纏わりつき、その表情は悪戯が成功した子供のような、そんな無邪気な笑顔が浮かんでいる。

 しかし、侮るなかれ。その笑顔は決して子供ゆえの無邪気さではないのだと……

 そして遂に彼の椅子までゆったりした歩みで、まるで恐怖を煽るかのような速さでしかし、とうとう目の前まで迫ったレティーシアが、普段よりいっそう婀娜あだめいた雰囲気を纏って彼に手を伸ばしてくる。

 口元を真っ赤な舌でぺろりと、舌なめずりまでする程だ、その本気具合が窺えるだろう。

 それから逃れようと、彼が懸命に体を動かそうとした瞬間――――




「うわっ!?」


 

 ボスン、と。何か柔らかな感触が身体を包み込んだのを彼は認識した。

 一体何が、と視線を横にずらせば、どうやら自分が突然金縛りを解かれてしまったため、込めた力にバランスを崩して何時の間に召喚したのか、後ろに用意されたクイーンサイズのベッドに倒れ込んだのだと認識する。

 最上級の素材を使用したベッドは柔らかく彼の身体を包み込み、まるで沈み込むように身体がベッドに包まれてしまう。

 彼が生きてきた人生で最も速いと断言できる思考速度を働かせ、今なら身体を動かせると逃げようとして――



 「知らなかったのか? 魔王からは決して逃げられないのだぞ」



 ――ゆうしゃ“かれ” は にげようとした しかし、まおうからはにげられない。


 なんて言う言葉が一瞬脳裏に浮かび、彼の表情が絶望に染まっていく。

 先ほどの台詞、それが自分の真後ろから聞こえたからだ。


 ギシリ……と、レティーシアが一歩動きベットが沈み込む。

 それと同時、ひんやりとした手が彼の首筋に宛がわれ「ひゃっ!?」なんて言う、随分と可愛らしい言葉と共に、思わず後ろに驚いてあとずさってしまい、レティーシアのもう一方の片手に胴体を絡め取られてしまう。

 最悪な事に、更にそこでパチンッという音が鳴り、またしても彼の自由は奪われてしまった。

 それを理解した瞬間、彼の表情はこの先どうなるかと言う不安と怯えが浮かび一層の哀れみを増していた。

 最早絶対絶命。後は捕食者が獲物を如何にして料理するかを待つだけである……



 と、そこで彼の身体を抱き起こし、自分に寄りかかるように抱え込んだレティーシアの白く細い腕と手が、ドレスの胸元からするすると内部に侵入していく。

 思わずやめろっ! と叫ぼうとして、声が出ない事に気づき愕然とする。

 彼がそうしている間にもレティーシアの侵攻は進み、その悲しいかな、どう表現したとしても“緩やかな“としか表現しようのない、寂しい胸元に到達した瞬間、レティーシアが一度己の胸部を見てその後何を考えたのか青筋を浮かび上がらせ、やや乱暴気味に彼の胸を揉みしだきはじめた。


 

「ひぁっ……んぁ…ふぁ…っ…」


 乱暴な筈なのに、まるで身体がその刺激を知っていると言わんばかりに脳が快楽の信号を送り、背筋が甘い痺れに何度もびくびくと痙攣する。

 何故嬌声だけ口から零れるのか、などと言った思考は一瞬で彼の脳裏からは霧散してしまう。


「ひあっ!? あっあぁ…や…め……んあ……ひぅっ!」



 なだらかな丘を揉まれるうちに、ぴんと主張し始めた二つの突起をきゅっと摘まれ、一切甲高い嬌声が口元から零れ落ちる。

 荒い息はじょじょに甘さを含み始め、丹念な刺激に胸部は柔らかさを増していく。

 何とか彼がやめろと言おうとするが、漏れ聞こえるのは艶めいた悲鳴と甘ったるい掠れた言葉だけであった。



「どうした? 随分と気持ちがよさそうではないか。妾と同じ顔で、同じ声で……そのように乱れおってからに。これでは、仕置きが必要であるな?」



 半ば蕩けかかった彼の脳髄に、何かとんでもない言葉が聞こえたような気がしたが、耳から聞こえるぴちゃっぴちゃっ、という湿った音と、耳と胸元から送られる快感の波にあっと言う間に戻りかけた正常な思考が流されてしまう。

 円を描くように、絞り取るように胸元を揉まれ、先端をきゅっと摘まれる度にびくんびくんと痙攣し、あられもない声が喉から掠り出る。

 既にドレスははだけられ、真っ白な肌は興奮と快楽に朱色に染まり、一切鮮やかな二粒の宝石が艶やかにその身を飾っていた。

 こんな感覚は知らないと、いやいやをするように何時の間にか半自由になった首を振る。

 瞬間、新たな刺激が身体を突き抜けびくびくと痙攣を起こす。



「な、なに……ひぐぅっ…を?」

「なに、もっと気持ちよくしてやろうと思ったまでよ……」



 瞳は快楽で潤み、大粒の涙を一杯に溜めた彼に窺い知ることはできなかったが、その時のレティーシアの表情はそれはもう、途轍(とてつ)もなく素敵な笑みを浮かべていたものである。

 レティーシアが片手は胸元にそのまま置き、彼の正常な思考を復活させないよう責め苛みながらも、もう片方を更に下部に這わせて行く。

 へその周りを円を書くようになぞってやれば、面白いくらい彼の身体はびくんと震える。

 そのままゆっくりと下半身まで腕を伸ばしながら、レティーシアと同じ顔でありながら今は蕩けきったその顔を眺め、胸元を攻めていた片手をその真っ赤に熟れ、熱い吐息を零す唇の下の頤(おとがい)に添え、その唇に己の唇を重ねた。



 急に重ねられた唇の柔らかさと、ひんやりとした感触に一瞬彼の思考が戻りかけるが、次の瞬間下半身に走った今までと比べ物にならない程の快感に、一瞬で脳がオーバーヒートを起こす。

 思わず嬌声を上げそうになった瞬間、そのときを狙ったかのように何か熱いものがぬるりと、口腔に侵入してくる。

 思わず押し返そうと、舌で突っぱねようとするが、逆に巻き取られ、擦るように摩擦される度に脳髄に甘い痺れが走り、気づけば異物を押し返そうとしていた舌はレティーシアに合わせるかのように動き、酸素不足に痺れる脳内のせいで意識が薄れ、最早快楽を享受するのみであった。



 ぴちゃりぴちゃりと淫猥な音が響き、音と刺激の両方が脳髄を甘く侵す。

 重ねられた舌は激しい摩擦に熱を孕み、慣れない行為に息継ぎのタイミングを計れず彼の思考はじょじょに酸欠で麻痺していく。

 じゅるりと時に溜まった唾液を啜られ、逆に無理やりに嚥下をさとされごくりと飲み込んでしまう。

 それでも溜まっていく唾液が遂に溢れ、彼の喉元を伝い、ぽたりぽたりと胸元を濡らす。

 更に太股を撫でられ、時折悪戯するように大事な部分を優しく触れられ、その度に生理的な涙が溢れ背筋がこれ以上無いくらいに震えてしまう。

 感じた事のない快楽に耐性がある筈もなく、気づけばぎゅっとレティーシアにしがみ付いているのにも気づかず、もっとと舌を絡ませ催促する。



 淫靡な水音が響く度に意識が薄れ、やがてくちゅりとした音と共に口元が離され、つぅっ……と透明な液体が名残惜しげに二人の間に橋をかける。

 そして、その瞬間もたらされた下半身からの強烈な快感に、彼の意識は白く染め上げられ強制的にシャットダウンした――――

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