六話
初の依頼から既に一週間。
実は近場のクエストを二つ程受けており、ディルザングの時と合わせるとチーム全員のランクはCへと上がっていた。
二つの依頼の内一つが学園の付近の森で出現すると言う
オークのランクはCだが、何が脅威なのかと言うとその剛力と言えよう。
身長も優に二メートルを越し、丸太のように太い腕の一撃は容易く常人の肉体を挽肉に変える事が出来る。
訓練を受けていない一般人では絶対に倒せない、そう言われる領域の線引きがCランクと呼ばれ、一端の傭兵や冒険者の登竜門的な魔物としても有名だ。
このオーク、一種の亜人なのだが知能は低く、親戚の
稀にオークを束ねる
こう言った亜種や突然変異体は得てしてどれも、本来の元の種より強力だと言うのが知られており、アルバトロス大陸ではこれらを総称して。
“イリーガルモンスター”と定義し、毎年新たに見つかっては魔物図鑑のページを更新している。
魔物図鑑とは帝國が世界各国から魔物の姿を描いたページと、可能な限りの詳細を記した大辞典で、一冊あたり共通金貨五枚と共通銀貨七枚で購入可能だ。
また、新種の発見には報奨金が出たりもするため、禁止領域に踏み込み一攫千金を狙う者も多い。
図鑑はランク毎+アイウエオ順で整理されており、最高ランクのSランクオーバー認定の魔物、いや魔神は現在詳細不明なものを合わせても十二柱。
次点のSランク認定の魔物でも五十種を下回っているが、禁止領域の探索が進んでいないため、実際は更に多いと言われている。
因みにこの世界の真祖はSランクレベルだと噂があるが、真実の程は不明だ。
AランクからニアSランクの実力で英雄クラスだと考えると、Sクラスは複数名以上の英雄クラスの実力者による小隊を用いて、ようやく撃退か退けられるレベルである。
通常なら傭兵などを用いた正規兵混成大隊、それでようやく消滅させられるかどうか、と言う話しだ。
オーバーSランクにもなるとそれこそ、師団や兵団を用いても退けられるかどうか、と言う話しであり、更にオーバーSとは即ちそれ以上の実力は不明と言う意味合いでもある。
また、現在歴史上、少なくとも表上にはSランクに到達した人類は伝わっていない。
オーバーSは十二柱確認されているとは言え、どの魔神も実力が拮抗しているとは限らない、とある記述では内数柱の魔神は更に別格だと記されているらしい。
実際に、この十二柱の魔神の内の一柱だと思われる存在に、千年程昔、とある国が滅ぼされているのだ。
その時の軍は三個兵団、およそ六万五千人規模だと伝えられている。
この十二柱の魔神はSクラスの種族の変異体。イリーガルモンスターだと言う噂と、異界から歪みを通じて漂着して来たのだと言う二つの説があるが、どっちも推測の域を出ない。
幸いなのが、Sクラスにもなると知能が高い者が多く、滅多に国を襲うことはない、と言うところだろうか。
魔神とは高位の人外や魔物に対する称号みたいなもので、その名のとおり、神に順ずる、あるいは匹敵する力の持ち主を指す。
広義の意味では、レティーシアもこの魔神と言うカテゴリに位置するだろう。
また、この魔神の領域にまで力が高まると自然に、力の源、結晶のようなものが概念的に発生する。
肉体が滅びてもこの“神核”と、そう呼ばれる物質が無事である限りやがては復活してしまう。
最下級の魔神であれば、一度滅ぼせば数十年と復活まで掛かるが、中位にも及べば数ヶ月で復活したり、あるいは数週間の場合すらもある。
こう言った存在は滅ぼすよりも封印するのが一般的な対処方法だが、そもそも魔神を一人で封印するのは愚の骨頂だろう。
最下級の魔神ですら、レティーシア提唱の存在の位階で表すなら、第六位階であるシェシュに相当するのだ。
この世界の実力ランクで言えばニアSランクかSランク。まさしく魔神とは一柱で正しく
エルフの治める国では高位の魔神が封印されている、と言う話しもあるのだが、情報が開示された事は過去一度としてなく真実は不明である。
「ふむ……十二柱の魔神。位階で言えば第七位階以上の実力者が十二柱もおるとは、中々この世界も変わっておるな。一柱一柱が、それこそバランスブレイカーのようなものではないか」
そう言って“ディルフィリーナ発行・魔物大図鑑第七十八版”と書かれた、厚さ十五センチにもなる馬鹿でかい本をレティーシアは閉じた。
体内時計に意識を向ければ、既に時刻は二十時に近い。
レティーシアがこの図鑑を読み始めて、既に四時間近い時間が経っていた。
ふと思考に沈んでいたためか、今まで気づかなかった“良い匂い”がレティーシアの鼻を
匂いからエリンシエの料理の完成が終了間際だと知る。恐らくはレティーシアの集中具合に合わせたのだろう。
言わなくても主人の行動を察し、それとなく気を利かせる優秀なメイド兼魔道書である。
後で鉱石魔術に使おうと用意した、鉱石や宝石を仕舞った幾つかの直径十五センチ程の小箱を机の隅に移動させ、図鑑をドサリと真ん中において置く。
流石のレティーシアでもまだ五割程度しか頭に記憶していないのだ、時間を見て続きを読むため目立つ場所に置いたのである。
――――コンコンコン……
「レティーシア様、今晩の食事の準備が出来ました」
「分かった。今いくゆえ、先に並べておくがよい」
「畏まりました」
むぅーっ! と、両手をあげ、背筋を伸ばすとコキコキッと言う音がレティーシアの背骨から鳴った。
ふぅっと一息吐いて書斎を後にするべくドアを開く。
ドアの下部の小さな隙間より漏れる匂いより、更に一層と強い食欲をそそる香りがレティーシアの鼻を刺激した。
どうやら今日は随分とエリンシエは気合を入れているらしい。
レティーシアの登場に逸早く気づいたエリンシエが、アンティークテーブルと同じ様式の椅子をさっと後ろに引く。
その上に座れば、既にテーブルには“オードブル”が置かれているのが見える。
コース物を作ったのであろうが、レティーシアも見たことのない食材もあるようだ。
恐らく野菜なのだろう、緑を中心に赤や白と言った葉系の野菜が小皿には盛られ、更に何かベーコン状の小さな赤色の、恐らくは乾燥肉がまぶされている。
「実はどの食材もこの世界のもので、非常に珍しいと店主がすすめて下さったのです。話しを聞いた限りだと、Sランク認定を受けていたドラゴンのその腹部の肉を塩漬けしたものらしく、非常に味が濃いとのことでしたので、中和する意味も込めてサラダと一緒にしました」
その言葉に成る程、それは確かに珍しいとレティーシアが頷く。
ドラゴンとは亜種も多いが、正式なドラゴンの種族はどれもAランク以上で、ニアS、あるいはSランク認定を受けている種族も少なくない。
また、ドラゴンの血は長寿の薬と呼ばれたり、万病に効果があるとされ、一部では高値で取引されている。
また、その肉は部位によって異なるものの、非常に味がしっかりしており、乾燥させて塩などでそのまま食べるのもよし、生なら更にレパートリーが豊富になるだろう。
臭みも少なく、最高の珍味やメインディシュの材料としてこれまた高値で引き取られているのだ。
そっとナイフとフォークを使い、サラダと共にその肉を口に運ぶ。
瑞々しい野菜の食感に、乾燥肉のやや塩辛い濃い味が混じり、中和されて程よい味となる。
また、肉は噛めば噛むほどまったりした味が一層広がり、行軍などに好評そうであるなと、関係ない思考がレティーシアの脳裏を過ぎていく。
次々と手を動かせば元から量の少ないそれは、あっという間に空となってしまう。
「お気に召して頂けたようですね。こちらはそのドラゴンの生肉をメインに、野菜などを数日煮込んだスープとなります」
そう言って絶妙なタイミングで次の一品が運ばれてきた。
スープと言うとおり、やや茶色味の強い出汁に、角形に切られた柔らかそうな肉が入っている。
野菜の原型は見えず、とっくに煮込まれ消えてしまったのだろう。
デミグラスに近い匂いが漂い、オードブルで刺激された食欲が更に増す。
そっとスプーンで掬い、口に運べば野菜の甘みにドラゴンの肉の旨味、絶妙な調味料による程よい塩味が口一杯に広がる。
更に肉を運べば予想通りに柔らかく、ほろりと軽く歯を立てるだけで崩れていく。
出汁の旨味をこれでもかと吸い、凝縮された味はパンと一緒に頂いても素晴らしい事だろう。
彼の感覚では、思わず白米が欲しくなったのだが、帝國では未だに見かけた例がない。
この世界でもあるとは聞いたことがあるため、存在はしているのだが、中々珍しいのかもしれないと納得して我慢。
気づけばまたもや手は次々と進み、スープは綺麗に空となっていた――――
その後も、本来なら魚と来る筈の料理を海竜ですからと、またもやドラゴン料理が続き。
更にメインディッシュですと、ドラゴンの生肉をレアで焼いたステーキを用意され、それを塩と胡椒だけで味を整え出される。
下手に味付けをしてドラゴンの肉本来の味を損ないたくない、というエリンシエの配慮だ。
そして飲み物としてヴィンテージワインを注がれるなどなど、レティーシアとしても十二分に満足の行く食事であった。
なお、この夜の一食だけで実に帝國金貨六十枚が、日本円で七十万円相当が飛んでいる。
ワインは別口で、あれは単体で帝國金貨数百枚が飛ぶ代物だ。
――――カチャリ……
食事後、テーブルを片付けているエリンシエを置いて書斎に戻ったレティーシアは、置いてあった小箱に机の引き出しに仕舞ってあった小型の鍵を差込み開錠。
中にはやや白味掛かった、六角形の縦二センチ程の“石英”と呼ばれる鉱石が大量に詰められていた。
どれも上下共に先端は六角から集まり尖っており、キチンと研磨されている。
質は探せば十分に見つかる程度、粗悪とまではいかないが、良質とは言えない水晶になれないレベルのもので統一されているようだ。
それの一つを手に取り、結合強化が施されているを確認し、おもむろにギュッと握りこむ。
数秒の後に手を離せば、見た目には変化はないが、分かる者には“魔石”と成っている事が見て取れるだろう。
“魔石”とは、魔力が篭った鉱石一般を指し示す。
自然に蓄積する事もあるが、大抵は“鉱石魔術”、あるいは“宝石魔術”の一環として作られる物質である。
魔力とは原子を改変する力を持つのは知っているとおりだろう。
そして、詠唱や呪文の類はその改変を操る回路だと言うのも知っていることだと思う。
この魔力を望む改変に導く回路だが、詠唱や呪文じゃなくてもよかったりする。
その一つの形がこの“宝石魔術”と言う訳だ。
何故宝石なのかと言うと、効果の高い魔石に使われる鉱石はどれも宝石と呼ばれる類の物ばかりだからだ。
全てと言う訳では勿論ないが、鉱石は魔力を溜め込む性質を持つ。
そして、鉱石はそれ自体は天然の回路なのだ。
鉱石が封入しておける魔力限界、それを突破して魔力が込められた瞬間、その鉱石は崩壊と同時に回路に沿った事象を解き放つ。
鉱石の種類で起きる事象は決まっているが、その方向性などは鉱石の形などで変化する。
例えばルビー。これが魔力飽和で起きる現象は“炎”だ。
その炎の質や規模は、そのルビーの質の高さや大きさで決定されるが、どんな炎を撒き散らすのかはカット次第で変化する。
これらの性質を利用したのが“宝石魔術”なのだが……
効果は悪くない。質の良いルビーならば、街一つを紅蓮に包み込む事も不可能ではないだろう。
が、実際には魔石はあまり市場に出回ることがない。
理由の一つに、無駄に金が掛かることが挙げられる。
消耗品の癖に、効果を期待するならそれこそ一個当たり、共通金貨数十枚から数百枚が一瞬で飛ぶのだ、気軽に使える代物ではないだろう。
もう一つは魔力封入の難しさにある。
魔力回復のポーションを作るとき、魔力の封入は十割込められる訳ではないと言ったが。
宝石も同じことが言える。しかもその許容量の見極めがまた至難と来た。
一瞬で起動するならば、ギリギリまで魔力を込めないといけないのだが、見極めを間違えれば魔石生成中に発動、術者もろともドカンッ!
と言う事も十分にあり得るのだ、必然使い手の数は極少数となってしまうと言う寸法である。
が、反面。カットまでを精密に行える腕の持ち主で、資金にも問題ないのなら……
宝石魔術はまるで万華鏡のように、華麗で素晴らしい世界を垣間見せることだろう。
カット一つでルビーを使い発動する炎、それに形を与え、指向性を持たすことも可能なのだ。
一つのサファイアで、その場に巨大な津波を、一つのエメラルドで無数の竜巻を、ルビーで炎の竜を!
使い手の技量さえ素晴らしいものなら、詠唱する時間を破棄して効果を齎す一発逆転の秘密兵器となることだろう――――
「ふむ、こんなところであろうか」
レティーシアが石英やその他鉱石に魔力を込め始めて二時間。
個数にしておよそ百を越える魔石が机の上には誕生していた。
内、五割が石英や水晶による“純粋な運動エネルギーによる衝撃”を発生させる魔石だ。
先ほどの石英で、木製の扉を吹き飛ばすだけの威力が生まれる。
小型の爆弾のような扱いとすれば、目潰し、脅かし、威嚇などなど……目に見えない衝撃であるため用途は存外に広い。
他にも大きさは同程度だが、高品質の水晶も幾つか用意されており、使用すればオーク程度なら数体纏めて木っ端微塵の威力を発揮するだろう。
それら無数の魔石を誤って発動しないよう、魔力遮断の皮袋にしまい異空間に仕舞いこむ。
魔法や魔術発動時に、魔力を浴びて誤作動! なんて起こさないための策である。
実は次のクエストが既に決まっており、今度のクエストはまたそれなりの長期となる予定である。
ランクはチーム対象のAランク依頼で、実はディルザングの市長からの斡旋だ。
内容は新しく見つかった遺跡の調査。罠の類や魔物の巣窟の可能性を危惧され、先発隊としてレティーシア達に声が掛かったのだ。
他にも数名のチームが一斉に参加するらしく、名を売るチャンスでもある。
今回の宝石魔術は、咄嗟に扱う丁度いい魔道具はないかとレティーシアが考えた結果、そう言えばと思い出したものであった。
また、図鑑に関しても魔物の種類を頭に叩き込んでおく為である。
新しい遺跡ならば、危険も多いだろうが、新種の魔物が見つかる可能性もあり得る。
その後、残りの図鑑を記憶するまで書斎に居たレティーシアが、寝室に潜り込んだのは深夜の三時頃であった……
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