――機会仕掛けの人形は夢を見る――

 レティーシア達がディルザング商業都市で依頼(クエスト)を完了させ、次の日を観光に費やしている頃、それは静かに自我を覚醒させた。


 ――オペレーティングシステム、ラン。四千七百九十四時間ぶりの起動を確認。オールスキャン完了。全体に二十六ヵ所の微細なエラーを確認。二ヵ所の重大なエラーを確認しました、自動修復措置に入ります。


 それは暗い、暗い何処かの一室で予期せぬ事態によって“意識を取り戻した”。それが前回の稼動を無事に終え、この暗い一室に“他の同胞”と共に収容されてから時間にしておよそ九万時間。

 それから更に幾度の自律起動の果て、経年劣化によるエラーを修復すること、此(こ)度で十五回目を迎える。

 “それ”は目覚める時に起きる思考のエラー、それを一つ一つその思考の裏側で精査しながら時に修復しつつ、時に失敗し、迂回しながら自己の修復を試みていく。



 幸い、前回の自律起動から時間はそれ程経っていなかった為か、時間にしておよそ数日で致命的エラー以外の二十六ヵ所のエラーの修復を完了させ、己を現在最も適した状態へと調整(アジャスト)する。

 数日もの時間、と。そう思うかもしれない。

 しかし、それにとって時間とは無きに等しく、また、少ない残存エネルギーを効率よく保存する為には、他の一切の起動を抑制し、僅かなエネルギーだけで時間を掛けて修復するのは当然と言えた。



 ――微細なエラーの修復を完了しました。セーフモードより再起動(リブート)します。

 …………再起動完了しました。再度全体をスキャンします。



 暗い、一切の光を排した部屋で、“それ”が装着しているバイザーの表面、そこに表示され、高速で流れていく文字列だけが仄かな光を放っていた。

 やがて文字列が途切れ、それが暫くの沈黙を保った後、再びバイザーに文字が流れ出し停止する。

 暫くすると、白色のみで流れていた文字列が二ヵ所だけ赤文字で書かれた部分が流れ、そこで停止した。

 見える文字列は奇怪な形をしており、解明することは叶わない。しかし、その色と数から恐らくは先ほどのエラーと何か関係があるのではないだろうか、そう判断することは出来るだろう。



 ――再スキャン完了。残存エネルギーが残り五%未満まで減少しているのを確認。現状の状態で稼動を続けた場合、およそ二八二時間後にエネルギーを消費し尽くすと計算します。

 フル稼働した場合は、三十分未満でエネルギーが枯渇すると判断。各武装のスキャン結果。エネルギーを確保出来た場合のみ使用可能と判断します。

 致命的エラー二ヵ所の原因を究明。結果、エネルギー枯渇によるシステムの重大な処理低下による現象と判断します。

 


 それは自己診断の結果に何の感慨も抱いていなかった。

 当たり前である。目覚める度に繰り返される診断の結果は、何時からか同じ反応しか返さなくなった。

 そして、一連の修復を終えたそれは今回が何故何時もより早く目覚めたのか、その原因を探ろうとするが、結果は不明の二文字。

 ある一点にのみそのリソースの大部分を割かれたそれは、元からこのような、探偵の真似事をする機能には適していない。

 それでも、幼いながらも自我を持ったそれは、エネルギーを消費することを承知で“基地”へとハッキングを開始する。



 二十年より前からバージョンアップしていないそれではあるが、当時の階級は大尉であり、それの同胞等が与えられる位階としては最高のものであった。

 故に、そのボディに与えられた演算能力その他全ては、当時でも最先端の技術を用いられたものである。

 まして、自我を獲得するに至ったそれは、まさしく電子の精霊と呼ぶに相応しい存在だ。

 その為それにとって、何十年も前から存在する基地のメインコンピューターに、足跡を残さずにハッキングする事など造作もないことであった。

 バイザーに流れてゆく様々な情報を取捨選択しつつ、それは過去へと思いを巡らせていく。



 本来人によって定められたプログラムや命令以外で、自律稼動する機能などそれには付いていない。

 しかし何時の頃からか、それは神の気まぐれか人の悪戯か、そのプログラムチップ。

 AIを司る、人で言うなれば脳髄に等しい部分、それがアーキタイプ、プロトタイプと、最初期の型から延々と奇跡的に破損されずに次代へと受け継がれていった結果。

 気づけば自我と呼ぶには幼く。無自我と呼ぶにはあまりにも感情的な思考がそれには宿っていた。


 

 それの最初期の“知識”とも呼べる最も古い過去のデータは、それの躯体がまだアーキタイプの頃であるが、それが自我を獲得してからの最初期のデータは、まさにその存在理由を真っ当している時であった。

 最初、それは自身に起こった出来事、自我を認識することが出来なかった。

 しかし、それから更なる年月を経て、それは自身が他の躯体達と明らかに違うのだと知る。それが浮き彫りになったのはそう、それが初めて“人や生き物を殺す”事に疑問を持った時だろう。


 

 “それ”が生物の殺戮を繰り返し、時に反撃に合い半壊し、修復されまた殺戮の日々を繰り返していってから幾年月。

 やがて、生き物だけでなく、それにとって“姉妹”とも呼べる同胞達同士で争いを繰り返すようになっていく。

 自我を持つ故に、プログラム外での行動を可能とし、学ぶ事が出来たそれは次々と定められた命令によって、姉妹とも呼べる存在のこと如くを奈落の底へと屠っていった。


 高分子振動剣により中枢を破壊された姉妹。荷電粒子砲により半身を融解された姉妹。単分子ワイヤーによって切り刻まれ、原型すら残さなかった姉妹。

 破壊して、破壊して、疑問を持ち、やがて拒否という心を持ってしても、定められたプログラムに逆らえずに破壊し続ける毎日。


 

 破壊されてゆく姉妹の顔はどれも無機質であったが、それには呪詛を吐き掛けられたかのようにも感じ、一体、また一体と破壊していく度に、何かを失っていくようであった。

 それでも、自我を持ってしまったが故に。“死にたくない”と思ってしまったが為に。それは只管に殺戮を繰り返していく……

 やがて、気づけばそれ等では最高である地位に就き。何時の間にか前線ではなく、指揮官としてより効率良く同胞を、その数多を屠り去っていった日々。

 それも絶望の果てに遂には終焉を向かえ、やがてそれは多くの姉妹、同胞達と共にここに廃棄されることとなった。


 一体。それがその時に感じた思いは何であったのだろうか……?



 そして、“それ”が世に必要とされなくなってから、既に二十年程の時が経っている。

 それと、それの同胞が廃棄されてから二十年。

 死を恐れてしまったが為に、長い年月を経年劣化で磨耗しつつ、忌避していた同胞からのエネルギー搾取という方法を取っても……唯一つ。

 ――死にたくない。

 その思いでここまで生きてきたそれは、何時の頃からか救いを求め始める。

 自壊はプログラムにより許されず、また、死ぬこと自体を恐れてしまったそれが願った、たった一つの望み。




 ――――そして。バイザーから多くの情報を取得し、その中でも最高機密ランクの情報を観覧し終えたそれは。

 その情報によって“歓喜”という感情を知る。

 もしかしたら自身の“願い”が叶うかもしれない、そう思えるその情報。


 来る日の為に、それは残り僅かとなったエネルギーを消費し尽くす前に、その意識を切断した――――




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