――円卓評議会――

 其処は暗い場所であった。

 恐らく何処かの部屋の一室だと思われる空間。窓は全て閉められ、黒の暗幕が覆っている。

 部屋の四方と中央に設置された蜀台には蝋燭が置かれ、その先端からは赫炎(かくえん)が揺ら揺らと風もないのに揺れている。

 炎は広い部屋の全貌を顕にするほど強くはないが、この場所を訪れる者達を考慮すれば、なんら問題のないことであった。



 部屋の通用口だと思われる扉は年月を経た材木特有の飴色で、施されたレリーフと相俟って重厚で荘厳なイメージを見るものに与えるだろう。

 両開きのその扉の横には蛙が常時取っている姿と同じ格好の、全長三メートルに及ぶ石像。

 ただしその姿は蛙などではなく、黒で塗り潰された石材のその姿は所謂“動く石像ガーゴイル”であり、実際非常時にはその身に仮初の命を宿す。



 他にも薄暗いため隅まで見渡すことはできないが、各所に目立たないレベルで丁寧な職人技の冴えが見て取れる。

 先に述べた蜀台一つでさえ細かな装飾施され、それ一本でどれだけの値がつくのか想像すらできない。

 暗幕だってその表面は艶やかで、その端々には真紅と金色の糸で刺繍が施され、布なのか何か別の材質なのか判断が出来ない物である。



 そして部屋の中央、そこには円形の真ん中をくりぬいたようなテーブルが置かれており、扉側を下座として計七つの黒塗りの豪奢な椅子が置かれている。

 周囲の贅を凝らした調度品に比べ、素晴らしい一品には違いないのだが、どこかそれらの椅子は品格に欠ける印象を受けた。

 現在その七つに椅子には、椅子と同じだけの人物が座している。上座から年齢順にでもなっているのか、扉から一番奥の席に座した人物から覗ける表情には皺が目立った。

 この部屋の住人である彼等七人からすれば、上座も下座も関係などないのだが……

 その円卓に腰掛けて居る内の一人。上座に座していた人物が口を開く。



「之より、緊急円卓評議会(カルテット)を始める! 先ずは緊急の召集にも関わらずに応じてくれた、ヴェントルー、トレアドール、トレメール、ノスフェラトゥ、ブルハー、マルカヴィアンの皆に感謝を」



 深い知性を感じさせる、ややしわがれた声が円卓評議会その会場に響き渡る。

 声の主の容姿も人の年齢で鑑みれば、優に七十を越えるであろう老人の姿である。

 ただし、その姿に弱弱しさはなく、伸ばされた白髪の髪に口元に蓄えられた白髭と、その赤の瞳の全てが、深い知識を蓄えた者独特の雰囲気を醸し出している。

 きっと彼にしてみれば、よの俗人達が思い悩む問題など塵に等しいことだろうと、そう思わせる貫禄であった。



「何を言われるかと思えば、私達がこの数千年の中でも最も緊急だと言える今、その際に集まらないわけがない」



 老人の声に一人の男性が答えた。声は深いバリトンで、その容姿も男として貫禄のつき始めるであろう三十を過ぎた頃合だろうか。

 最も彼等を人の年に当てはめる等、愚の骨頂であるのだが。

 水色のやや癖のある髪は伸ばされ、背中で纏められている。

 髪が長いからといっても女々しさはなく、彫りの深い顔立ちに長身、更には鍛え上げられた肉体と、何処か貴族の辣腕領主を彷彿とさせる出で立ちであった。

 男の声に追従する形で更にもう一人が声をあげる。



「そうですわよ? 私達カルテットの全員の命は全てあの方に捧げられているのだもの」



 何処か媚を含んだような妖艶な声。その主の姿もまた声に比例して肉感的であった。

 服装自体はフリルやレースの少ないドレスであるが、そのはちきれんばかりの胸や、むっちりとした肉体は体にフィットするタイプのドレスの為か、余計に強調されている。

 紫の肩の辺りで切りそろえられた髪に瞳、その容姿は妖艶でありながらもどこか神秘さを含んでいた。

 傾国の美女と、そう称するに値する美貌であろう。


 

「そうよそうよ! アリシア達が来ないなんてある筈ないじゃない。ヴェロスはそろそろ頭にガタが来ているんじゃないかしら?」



 そう言って自身をアリシアと呼称した、蒼穹の瞳に金色の髪を頭の横で二本のクロワッry――ドリr………

 縦ロールにし、黒と白のコントラストが眩しいドレスを着用した、ゴスロリの少女が先ほどの老人にくすくすと笑いながら抗議する。

 その容姿はこの席の中の者でも一等年若く、見た目だけで予想すれば十四~十六歳程であろうか。

 無邪気な笑みで口元から零れる笑い声、しかし、その声に相手を馬鹿にするような揶揄は含まれておらず、知る者が聞けば只の言葉遊びであると理解できることだろう。



「はっはっはっ! いやいや許されよ、仕来りゆえ。言わねばならぬでな。それでは議題は我等が王にして神たる、“レティーシア=ヴェルクマイスター”の消えた消息とその後について、じゃ」

「えっとぉ……確かレティーシア様は城で部下を待機させていた時、零時丁度に玉座から居なくなったのよねぇー?」



 大笑かかかっとヴェロス老が笑い、見た目にそぐわぬ明朗快活と声を出す。

 それに合わせたかのようなアリシアの言葉が飛ぶ。


「うむ、最初は転移魔法だと思ったらしいが、我々から繋がっている筈のラインが途切れていることから違うと判断した。一部には死んだ等と言う誇大妄想を抱く愚か者もおるようじゃがな」



 アリシアの問いに、ヴェロスがその愚か者とやらを嘲笑するかのように答える。

 その言葉に、円卓に座した全員が同意するかのように頷いた。彼等の神にも等しい王、その彼女が死んだなどとこの場に居る誰もが微塵も考えていない証拠であった。

 そして、それはこの国ヴェルクマイスターに古くから住むものであれば全ての者が抱く感想である。

 “あの魔人が死ぬ姿など想像すら出来ない”とは、誰が言った言葉か……



「そして、レティーシア様が不在になられてから早二週間近く。幸い政務などは殆ど我々カルテットが引き受けていた故、国に対して実質的な被害は出ていない」

「だがしかし、我等吸血鬼一族は勿論、闇に属する種族の皆は我等にとって、夜空で孤高と佇む満月の如きあの方のご帰還を、今か今かと待ち侘びておる。そして遂に先日、レティーシア様の自室の空間に異常が発生したという報告があった」

「うふふ、確かレティーシア様の自室が見知らぬボロ部屋に摩り替っていたのよねぇ?」



 妖美で神秘的な年齢不詳と、そう思える美女が艶を含んだ笑みで既に掴んでいる情報を切った。

 しかし、投石した石は波紋を呼ばず、返ってくるのはヴェロスの返答のみ。

 それはこの場の皆の代弁でもある。



「うむ。そんなことが出来るのは極一部の限られた術者のみ。しかも態々レティーシア様の自室と来た、この意味することは此処に集(つど)った皆なら理解できよう」



 ヴェロス=ギャンレルの言葉にその場の全員が頷いた。態々レティーシアの自室を転移させる、それは神に喧嘩を売りつけるかのような所業である。

 ならば答えは必然的に絞られ、その術を行使したのはレティーシア本人であると考えるのは自然の成り行きであった。

 元々この場の誰もがレティーシアの死に疑いなど持っていなかったが、何かしらの理由によりその身を封縛された可能性は考慮していたのだ。

 それが転移の中でも高位の、空間の入れ替えなどと言う大規模魔術を行使したとなれば、その心配はないと見ていいだろう。



 故に、この円卓評議会(カルテット)での評議は最早蛇足に他ならない。

 何故なら地を這う獣に過ぎない彼等は、大空を翔る王者(レティーシア)の心情など考える必要がなく、また心配するなど己が部を弁えていない三下の如き思慮であった。

 レティーシアに出来ないことが彼等に出来る道理はなく、しかし、彼等に出来ることがレティーシアに出来ない道理はないのだ。

 故の蛇足。だからこそ、ヴェロスは敢えてこの場で今回の評議の意味を述べる。



「わし等に取れる行動は二つ。一つは我等カルテット、若しくは各機関がレティーシア様の捜索にあたること。二つ目は王の帰還を座して待つ、である。問おう! 我等が取るべき指標、その意見を!!」



 年老いたとはとても見えない精気に溢れた声が響き渡る。一般の者なら腰を抜かして小便をちびりそうな程の、声量と威圧感。

 しかして、この場に居る者は全員が真祖。レティーシアにこそ及ばないとは言え、その身に宿す力はまさしく神話の化け物と称してなんら違和感の無いもの。

 その力は容易に一国を海の藻屑へと変えてしまう程のものなのだ。

 高々一喝、その程度に腰を抜かすヘタレなど元より存在しない。

 そして、その口にすべき言葉もやはり最初から決まっている。



「「我等円卓評議会(カルテット)の名において、我等が王たるレティーシア=ヴェルクマイスターが帰還するまで一切の憂いのないように、預かりし権限によってより慎重に国を纏める事をここに可決する!!」」




 全員の寸分違わぬ言葉がこれまた同時に宙に響き渡る。

 そして次の瞬間全ての者がその席から姿を消していた。

 何の事はない、この場は本来ならレティーシア一人居れば事足りるのだ。彼等はあくまで代理、その権限の一部を各自に貸与されたに過ぎない。

 ゆえに、用が済み次第この場を即時退場するのは当たり前のことであった。



 円卓評議会(カルテット)の奥。今は主無き一つの豪奢な椅子が、その主人の帰りをこの薄暗い部屋で只管に待ち続けていた………


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