四話
その日、私が所属するエンデリック学園。
魔法学部総合科のSクラスに、編入生がやってくるとの噂がどこからか漏れ出して、クラスを騒然とさせていました。
編入生と言っても一日遅れなだけですし、普通なら特に問題はないと思うんですけど、その噂って言うのが問題で…… 編入生試験の際に第三魔法鍛錬場の二重式結界、それを解除して見せたらしいんですよ。
いえ、見た人から言えば解除と言うより、粉砕と言い直した方がしっくりくるって話ですけど。
どちらにしたってとんでもない話です。
各鍛錬場に張られている結界は学園長直々のお手製で、例え全校生徒合わせても、あの結界を破れる方は恐らく片手で数えられる程でしょう。
そもそもあらゆる魔法に対しての措置として張られているんです、強固なのは当然なんですよ。
え、私? む、無理無理です!
一応Sクラスの所属ですけど、私の実力じゃ到底不可能です!
それこそ学園でも五指の実力者と呼ばれる人達くらいじゃないと!
最高学年に所属している、帝國から“烈火の騎士”の称号を皇帝から直々に賜った、騎士学部のエレノア=フランソワ=ウィンチェスターとか。
二年に所属する魔法学部の天才、ジーニアス=ヴェレットのような方々ならまぁ違いますよ?
でも、私達一年生じゃ土台実力不足、無理です! ごほん。
つまり、編入生という所に驚くというより、結界を破ったという人が一年生への編入で、しかも、このクラスに来るというので騒ぎになっているんです。
魔法使いというのは、見た目じゃ実力を推し量るのは難しいですから。 一体どんな容姿なのかも、注目の的なんです。
試験時のとき、誰かが見ていてもおかしくないとは思うんですけども…… もう直ぐHR(ホームルーム)が始まる今ではうわさは尾ひれが付いて、曰く容姿はむくつけき大男だとか、常に漆黒のフード付きローブで顔を隠しているだとか。
他にも全滅した三眼族の生き残りだとか、精霊族(エルフ)の王族の隠し胤(たね)だとか。
想像が想像を呼んでてんやわんやですよ。
――――ガラガラ……
「静かにしなさい。どうやら編入生の噂は皆さん知っているようですね。気になるのは分かりますが、先ずはホームルームを始めますよ」
Sクラスの担任である、エリック先生が苦笑気味に教室に入ってきました。
入る前からこの様子は想像していたらしく、その顔には少しの苦笑が浮かぶだけで、軽く嗜める程度の注意だけに終わります。
ホームルームの内容はこれから生活する学園での心意気だとか、明日から数日間は取りたい選択科目の自由見学があるという話で、半分以上は耳から素通りしていった気がしますが気にしません。
そこでエリック先生は一呼吸置くと、ドア側の、つまり左手を軽く持ち上げました、編入生への合図でしょうか?
――――ガラガラ……
その瞬間。私を含めたクラスの全員が、入ってきた人物に釘付けとなったのは間違いありません。
私と同じ緩やかなウェーブが掛かった髪はしかし、見事な銀色で、足元近くまである長さ。
ストレートにしたら引き摺ってしまうかもしれません。
前髪はその細くも緩やかに優美を描く眉の少し上辺りで整えられ、ほんの少し左右に流されています。
横髪は後ろに流さず、胸元辺りで小さく巻かれていて、その少女が着る衣服と合わさって一般の階級でないことを窺わせる。
光を反射する滑らかで美しい髪の元、その顔は小さく、どんな高名な人形師や絵師でもその似顔絵や人形は作れないと、そう思わずには居られない程に整った顔立ちでした。
どんな表情をしてもきっと様になる、そう思うのに、その表情はまるで何も見ていないかのような感情の欠落ぶり。
触れたら穢してしまうのでは、そう思わせる程に真っ白な肌にあって、目と唇の赤だけがやけに鮮明に映ります。
白すぎる程の白。だからこそ際立つ“赤”。
その瞳は何よりも尊い命の輝きに染まっていて、一瞬どれだけの血河を凝縮すれば、そこまで美しい赤になるのかと思ってしまった程です。
なのに、瞳は何処か遥か高い場所から私達を見下ろしているような、そんな嘲笑めいた輝きを放っていて……
そして同じくその幼い容姿に反して、緩やかな弧を描いている唇の、時折垣間見える小さな舌が艶めかしく背筋に怖気が走りました。
容姿だけを見れば守ってあげたくなるような、そんなタイプの容姿なのに。
それを裏切ってその少女は相反する筈の艶を含んでいた。同姓の私でも思わず胸が苦しくなり、下腹部に熱が集う。それ程の艶やかさ。
その口元に薄っすらと浮かぶ笑みも、やはり何処かこの世界を嘲笑うような嘲笑を含んでいるのに。
なのに、誰一人。誰一人として口を開くことが出来ない。後で思えば誰もが呑まれてしまっていたんだと思います。
少女が放つその圧倒的な威厳(カリスマ)に、これが騎士のクラスなら思わず膝を地面に付け、少女に一生の誓いを奉げる者も居たのではと思いました。
それ程の存在密度。
それでも……どうしてか少女の放つその雰囲気が氷山の一角に過ぎないと私、ミリア・C・クレファースは思ってしまったのでしょうか?
「あー……どうしました、編入生の気迫に呑まれて言葉も出ないってところですか? しっかりなさい! それでもSクラスに勝ち上がった入学者ですか? そんな腑抜けではこの先やっていけませんよッ!」
その叫ぶような言葉に、ようやく私を含めたクラスの全員が正気に戻りました。流石に学園で教鞭を取っている方は違います。
この学園の教師は誰もが一線級の実力者なんですよ!
しかも学園長が直々にスカウトして来るんですから、どの先生も素晴らしい人なんですよ……きっと!
特にエリック先生は人族であり、しかもまだお年も若いのにその実力を買われてこの学園にいらっしゃったそうなんですよ。先ほどの叱咤も流石の一言につきます、多分――
それに、気付けば少女の放つ威圧感は形(なり)を潜め、今はその可憐な容姿のみ全面に押し出されていますし。
そっと周りを見渡せば何人もの生徒がほっと息を吐いたり、頬を紅潮させてぼぉっとしてます。
無理もないとは思いますけど、仮にも大陸有数の名門校、一年とはいえそのSクラスでそれはどうなのでしょうか?
視線を戻せば相変わらず少女の視線はどこか遠くを見詰め、その表情は仮面のように変化がありません。
「よし、それじゃあ改めて編入生の紹介をしよう。レティーシア君、それでは頼むよ」
その言葉に、レティーシアと呼ばれた少女が教壇横から一歩二歩と前に進むと、初めて口を開きました。
その立ち姿、歩きに至るまで、その豪奢な黒のドレスとも相まって、何処かの舞踏会を連想してしまいそうです。
周囲の人たちも同じ思いなのか、少女の動き、その動くという動作が突き詰めた“美”に全員が目を奪われています。
背筋の伸ばし方、視線の見詰める場所、手の動き、足運び、全てがすべて計算尽くされたかのような完璧さ。
少しおっちょこちょいな気質のある私は、どうしてそう行動の端々、その全てが優雅なのか、私には不思議で堪りませんでした。
「妾(わらわ)の名はレティーシア=ヴェルクマイスター、遍く全ての夜を支配する
そう言ってフリルとレースがふんだんにあしらわれたドレスの、その袖口を口元に持って行きころころと鈴の音よりも軽やかに、耳を甘く侵食するような声音で笑ったのです。
そんなに大きな音じゃないのに、きっと全員の耳に届いている見下しているような響き、でもどこか受け入れてしまう不思議な声色。
その言葉に口調に、クラス全員が再び沈黙に包まれました、流石のエリック先生もこれには絶句した模様で、教壇で固まってしまっています。
私は未だ口元に袖を当て、笑い声を上げる彼女。
レティーシア=ヴェルクマイスターと名乗った少女を見て、この先このクラスは大丈夫なのでしょうか?
そう思わずにはいられませんでした――――
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