果て無き物語(サーガ)

 過去十年間の記憶を反芻していたレティーシアは、閉じていた瞳を気だるげにゆっくりと開いた。

 脳裏に浮かんでは消えていく、嘗ての仲間たちとの記憶思い出

 空中に視線を向ければ、懐中時計に記された時刻は二十三時五十五分、瞳を閉じてからたったの五分しか経っていないその事実に驚きながらも、決してそれを顔に出しはしない。



 何故なら、魔王は如何なる極地においても冷静であるからだ。そして現在魔王とは即ちこのアバターを指す。

 故に、内心で驚きはしてもそれを表に現すことはない。

 この最早特技ともいえるペルソナポーカーフェイスは、この四年ですっかり血肉と化していた。

 元からその手の才能があったのだろう。

 それはVRMMORPGで理想とした、今のアバターの前身である、ブレイド=ヴェルクマイスターをロールプレイしていた事からも十分窺えた事実だ。


 

 残り五分、只玉座に座しているばかりでは面白くはないと思考するも、だがしかし、下手な行動はこの四年で培った“魔王としての自分”が許さない。

 さりとて、実質十年間、その長き時を過ごしたこの仮想世界。

 いや、最早もう一つの現実とも言える世界の終端に、ただ手をこまねいて何もせず終焉に身を任せるなど、到底耐えられる事実ではなかった。

 それなら、と。せめて残りの時間を皆で作り上げたこの城を見て回ろうと口を開く。



「術式開放、転移魔術を起動」



 瞬間、玉座に座っていた筈の姿は一瞬で城の外数百メートル地点、巨大な噴水が吹き上げる前に移動していた。

 その位置から飛行魔術を用いて、地上から数十メートル程天に飛び城の全体像を見上げるが、それでも魔王の視力を持ってしてギリギリの視認範囲である。誠に馬鹿でかい。

 しかし、何度見ても壮大なものだと思う。

 基本白と黒の二色に、時折装飾品の金や赤、他の色が混じるものの、総称しての印象はやはりモノクロ。

 その圧倒的スケールと、高さは現実で成し得るには莫大な資材と資金を要するだろう。



 馬鹿でかい癖して部屋の各箇所に無駄な設定を作ろうと、一部、特にレティーシアのアバターを担当したチームが躍起になるものだから、予定より大幅に作業が遅延したりもした。

 円卓評議会カルテットと呼ばれる者達との会議場、レティーシア専用の私室や執務室。

 設定を読めば臣下はすべて、“国の民”だと言うから驚きである。

 魔王だと言うのに国主だという設定なのだ、このレティーシア=ヴェルクマイスターは。

 残念ながら国までは作る余裕が無く、その設定が窺えるのは臣下達の姿のみであるが……



「たしか……参考にされたのは中世や近世ヨーロッパのノイシュヴァンシュタイン城とユッセ城だったろうか? アイツがこれを作り上げると発言した時は皆で反対したっけか」



 思考の海に囚われそうになり、脱却を兼ねてそう言えばと、元となった城の名を呟いてみる。 

 そう、特に親しかった内の一人が突如MAPの中心にはこれを建てる! とサンプルCGを持参してきたときは、大騒ぎになったものだ。

 曰く、「無理だ!」曰く、「時間が掛かる」曰く、「一人でやれ」。

 周りの反応は冷たく、唯でさえ大半は素人の集まりで各自の時間だって有限なのだ、ブーイングの嵐は必然と言えた。


 (それでも諦めなかったアイツに、結局は俺たちが折れて、唯でさえ忙しかった時間が更に忙殺されることになったんだよな。しかも無駄に情熱が移ったのか、出来上がったのがコレ、ときたものだし。人間やれば出来るって思い知ったな……)


 思えばアイツは、この外装を最初から今の容姿にする気だったんじゃないか? と考えている。

 そうじゃなければこんな外見と拠点(しろ)が、打ち合わせもなくピッタリとマッチするなんてありえないと、今更ながらに気づく。

 そもそもこの城の発案者の一人だったような……

 と、考えて頭を振る。嵌められた気がしないでもないが、今更考えても遅い事実である。

 さて、時間は有限である。名残惜しいが次に行かねばなるまいと、転移の魔法を再び発動させる。



 次に転移した場所は城の最初に出る場所、エントランスホールだ。

 ここは入り口だからな! と馬鹿達数名がやたらとはりきった場所でもある。

 巨大なシャンデリアがドンッ! と天井に一つ設けられ、騎士甲冑が数体並び、正面には右と左から二階へあがる為の弧を描いた階段が備えられている。

 地面には赤の高級そうな絨毯がびっしりと引き詰められ、壁には直接何かの戦闘を描いたと思わしきフレスコ画が三百八十度天井を含め描かれている。

 謁見の間も時間が掛かったが、ここの制作にも膨大な時間が割かれたのは今では良い思い出である。

 無論、完成した時の喜びはその分大きかったのだが。


 

 一通り周囲を見渡すと再び転移の魔法を発動、次の場所へその姿を掻き消していった。



 次に転移したのは宝物庫だ。

 確か、誰かが城には宝物庫がないと駄目なんだ! と言い出して急遽設けられた場所である。

 しかもこの場所、悪ノリした数名がこのゲームの古今東西あらゆる装備やマジックアイテム、果てには魔王の居城なんだから、と言って未実装の装備やオリジナルの物まで宝物として安置する始末。


 見渡せば金銀財宝がこれでもかと輝きを放っており、その眩しさに思わずさっさと次の場所へと転移を発動させる。

 この場所、通常の方法で進入しても地図上には表示されないうえ、進入不可能で、立ち入れるのは魔王及びGM、そして真祖と呼ばれる七名からなるレティーシア直属の血族のNPCくらいであるのは余談である。


 

 それからは次々と時間が許す限り城の内部を見渡して行った。

 作らなくてもいい筈の場所を含めて、無数に隠し部屋や隠し通路が存在するこの城の全ては回れないが、思い出深いものをチョイスして転移していく。

 メイドや執事の休憩室や、誰も訪れることのない客室、兵舎まで何故か城の一階に存在している。


 他にも城の中央には四角に切り取られた庭園や、巨大な図書室、何百人と一度に収納できる食堂と厨房。

 イベントとして数度開放された、ダンス会場やパーティフロア。

 各階の階段を守護する精鋭が居るフロアだとか、対侵入者迎撃用のフロアだとか、結局一度も使用することのなかった、“魔王レティーシア=ヴェルクマイスター”の寝室なんて場所も存在している。


 (回らなかったけど確か、超でかい衣装室だとか、賭博場だとか、コロッセウムだとか、城の外部なら訓練場まであったな、たしか)


 ここまで来ると最早城とは名ばかりの、各人の趣味を寄せ集めた魔城と言えるだろう。闇鍋的な。

 隠し通路も幾つも存在し、常人が張り込めばどこぞの樹海のように方角が効かないせいで、あっさりと道に迷うのは必定だろう。



 そして最後に転移して来た場所、それは無論謁見の間であった。

 こここそが、この吸血城で最も時間を要した場所なのだ。

 入り口はクリスタル製のレリーフと装飾が美しい門が聳え立ち、そこから玉座まで真っ直ぐに真紅のカーペットが伸びている。

 数段高くなっている場所には、この城の主にまさに相応しい玉座が備え付けられていた。


 座の部分と背が当たる部分には、赤色のビロードのような手触りの動物の皮が張られ、肘掛の先端はドラゴンの口を模しており、その開いた口には拳ほどもある真紅の宝石ルビーが埋め込まれている。

 背もたれや椅子の部分は金細工となっており、所々にレリーフや装飾の宝石が散りばめられ、上部の両端には巨大な宝石で出来た牙が備え付けられている。


 他にも周囲を見渡せば石柱らしきものが、天井まで何本も入り口の左右端から伸びており、それら一本一本に美しい装飾が施されている。

 天井には星々と満月が美しい、夜を模したフレスコ画が描かれ、窓には豪奢なカーテンが敷かれている。

 探せばきりが無い程に、この場所はあらゆる趣向が凝らされていた。

 それは設定上では国を持つ、魔王・レティーシア=ヴェルクマイスターの権威を示すものであり、その経済力や技術力、他一切の他者へと叩き込む為でもある。

 


 それらを一瞥しどこか満足気に頷くと、今も地面に方膝と頭(こうべ)を垂れている、この城の忠臣達の真ん中を堂々と歩き、玉座の前まで移動。ドレスを押さえどこか傲岸不遜にそこに座り込んだ。

 空中で未だ半透明の状態で実体化している、懐中時計の時刻は二十三時五十九分丁度。

 どうやら玉座に戻ってくるまで間に合ったようだと、軽くため息を吐き、今度こそサーバーが停止されるその時を待つためその瞳を閉じた。



 やがて、強制的な全通チャットの音声で『間もなく当オンラインゲーム、“果て無き地平線”はサーバーを停止します。速やかにログアウトを完了していない方は、ログアウトして下さい。繰り返します間もなく――――』

 そして、それから数十秒の後、意識が段々と薄れていくのが理解できた。

 ログアウト時に発生する意識のシャットダウンである。

 恐らくサーバー停止に伴う、強制的なログアウトだろうと考えしかし、その流れに逆らう術を持たない故に為すがままに意識を沈めていく。


 (ああ……もっと、もっと。俺は……この物語(サーガ)を続けていたかったの――――)


 最後に呟いた言葉は途中で途切れ、無意識に流れた二条の雫はしかし、ポリゴンとなって空に散る。

 煌びやかに、美しくも儚い景色はやがて意識ごと果て無き地平線の全てを瞬く間に消し去って行った――――



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