果て無き物語(サーガ)

 とある土地に、常軌を逸した程の巨大さを誇る城が存在した。

 背面を猛々しい山脈に囲まれ、正面には広大な運河が流れる天然の要塞。

 周囲数キロは常に曇天で、どういう原理か、決して晴れることがなく雷鳴を轟かせている。

 他の城と比べることすらおこがましく思える、見る者すべてを圧倒するその威容。

 街が一つ丸々すっぽり納まるほど巨大なその城は、白と黒のゴシック調で華美に装飾され、誰かれ構わずにその目を釘付けにすることだろう。

 所々に天を突くような尖塔が存在し、侵入者の存在を見逃すことを決して許さない。

 

 そしてぐるりと囲むように、周りには白と赤のコントラストで描かれた、美しい薔薇園の迷宮。

 それは城の周囲数キロメートルに渡って存在し、生垣は高さ数メートルを誇り、進入者の視界を塞ぐのと同時に目的の城までの道行きを阻む。

 それだけではない。

 美しい薔薇には棘があるというとおり、この薔薇の中には薔薇に擬態した魔物が幾体も潜む。

 行く道には様々な致死性のトラップが仕掛けられ、迷い込んだ者を逃がさない。


 過剰なまでの防衛機構、その第一波を無事潜り抜ける事ができれば、進入者は更なる絶望を味わうことになるだろう。

 何故ならば、この城には強力な結界が敷かれており、窓は無論、城壁を崩して内部に進入することを許さない。

 ――結界強度測定不能。実質的な不壊。

 進入者は必然、正面の美しくも何所か禍々しいレリーフが施された黒色の城門を通るしかない。

 


 そして、その城門は無論、精鋭として幾人もの門番が交代で見張っているのであり、突破は容易ではない。

 万が一門番を倒して門を潜り抜けることに成功したとしても、進入者はまたしても絶望するだろう。

 前述のとおり、この城は馬鹿げた程に巨大である。その建築技術はまさにパンドラだ。

 しかも土地柄故か、コンパスや方位を示す類の呪文、更には現在の位置、目的の場所を示す呪文、道具の効力を一切受け付けないという鉄壁ぶり。


 つまり……進入者がこの城に忍び込む為には第一関門として、先ず巨大迷宮と言える広大な薔薇の庭園を潜り抜け、次に屈強な兵士が守る城門を突破し。

 通常の数十倍の広さを誇り、尚且つおよそ十階程ある城内を巡回している、数百数千あるいは数万もの兵士を退け。

 何処にあるかも分からない目的地まで突き進まなければならない、ということになる。


 まさに鉄壁。完璧。大よそ考えられる進入方法全てに対応し、進入者及び挑戦者全てに対して城主への道筋をことごとく阻む、過剰なまでの防衛機構。

 その中には空や地面に対しての対策すら織り込み済みとなっている。

 空からは薔薇園を囲む三重の強力な結界が阻み、地面に関しても数キロ以上に及ぶ地面を掘り進むこと自体が困難なうえに、結界は球状に展開している為、最早不可能とさえ言えることだろう。


 そんな鉄壁にして、難攻不落の城を人は何時しか“不破の吸血城=ヴェルクマイスター”と呼ぶようになった――――









 この世のあらゆる贅を尽くしたかのような巨大な城。

 その見る者を圧倒する城内、謁見の間にて、常時なら巡回及び護衛又は門番として警戒している筈の全ての人、魔物、魔族が一同に集っていた。

 人だけではない。体中が毛むくじゃらな大男や、背中に蝙蝠のような翼を生やし頭には二本の捩れた角を持った悪魔。

 自身の頭より大きなトンガリ帽子、それにカボチャのピンバッチのような物を付け、裾がふんわりと広がった黒のドレスを纏い、手に邪悪な杖を握った魔女。


 はたまた、体が半透明で水に濡れたかのように、常に悲哀の表情見せる少女。

 岩石でできた体を持つゴーレム。

 全長数メートルもあるドラゴン。骸骨で出来た兵士。

 人型の狼。黒のマントやドレスを纏った、やたらと肌が青白い男性や女性。

 耳がやけに長い以外人と然程(さほど)変わらないが、やたらと美形の多い者達。

 他にも多種多様な種族が、数えればきりがない程犇(ひし)めき合っている。



 何千と居る筈の城兵にメイドや執事はしかし、広さにしておよそ数百メートルもあるこの謁見の間には優々と収まってしまう。

 一人一人が種族毎に整然と並び、僅かな乱れすらみせず片膝を付きながら玉座へと頭(こうべ)を垂れるその姿は、圧巻の一言に尽きるだろう。

 その中で誰一人として口を開く者はいない。

 全ての者が平等に彼等彼女等の王である、現在玉座に座しているであろう人物を前にして、まるで騎士のような雰囲気・面立ちで沈黙している。

 いや、沈黙しているのは当たり前だ。“彼等彼女等に命は存在しない、所詮はプログラムに過ぎない”のだから…………




 では、現在玉座に片肘を付き、並々ならぬ威厳(オーラ)を振りまいている人物もプログラムであるのか? 答えは否である。

 この“不破城=ヴェルクマイスター”の城内。

 その謁見の間の玉座に座している者こそ、この広間で唯一の“プレイヤー”であり、城主でもある。


 その他の現在謁見の間にて地面に片膝を付いている者は全て、城主である者に、この難攻不落のMAPであるヴェルクマイスターを防衛する為に作られたに過ぎない。

 所詮はプログラム、どんなに精巧に作ろうと複雑な会話など望むべくもなく、故に命令がない限りその口を開くこともない。

 そして、現在彼等彼女等に下された命とは、この謁見の間にて集合し、全員待機せよというものだ。


 故に、彼等彼女等はその命令に、プログラムであるが為に、忠実に従っているに過ぎない。

 そこに暖かさはなく、まるで機械のように無機質で、硬質な空気が漂っているのみである。

 だがしかし、例え今、この場に集う全てがプログラムであろうと、この場の空気が無機質なものだろうと、玉座に座している者は満足であった。

 それから数秒の後、ふと……この場を支配する王がおもむろに口を開いた。



「ステータス画面を起動。現在の時刻を常に空中に投影せよ」



 座上の人物の美しい――まさに鈴を転がしたような――そう表現するに相応しい声が告げたのと同時、広間の中心、その上空に巨大な懐中時計を模したホログラフが出現した。

 懐中時計が示す短針は十一、長針に至っては十を指している。午前ではない、午後だ。

 つまり現在の時刻は二十三時五十分。

 それはオンラインゲーム“果て無き地平線”のサービス停止まで僅か十分前という事実。


 先の鈴の音を転がしたかのような声、座上の人物はその表現に違わぬ年端もいかぬ少女である。

 しかし、ただの少女である筈もない。溢れる威厳(オーラ)、まるで数千年もの年月を生きてきたかのような雰囲気と重圧感。

 傲岸不遜にして大胆不敵に笑みを浮かべながら座っている少女、プレイヤー名レティーシア=ヴェルクマイスターは一度玉座から立ち上がる。

 防具として最高峰の防御力を誇るのと同時、見た目からしても美しい黒色の、中世ヨーロッパ等で普及した豪奢なパーティドレスをうざったそうに腰で押さえ、もう片方の手で、足首程までに長いウェーブの掛かった艶やかな銀髪を背中に流し、先ほどよりややだらけた感じで玉座に座りなおす。


「………ふぅ」


 レティーシアは重いため息を吐く、その動作一つを取ってもどこか艶かしいのは錯覚か。

 両手を肘掛にだらりと預けると背もたれに身を任せ、その可憐ながらも幼なさを色濃く残した顔(かんばせ)の、赤光に輝く瞳を閉じるのと同時、今まで過ごしてきた“果て無き地平線”の日々を静かに、誰に見られることもなく一人思い出していった。

 あの輝かしくも、苦悩と挫折に満ち溢れた道程……

 そう、始まりは確か十年も前のことだった筈――――


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