第9話 真相
家に戻った俺たちは、ダイニングキッチンでテーブルを囲んで座った。
まだ混乱している俺と、青ざめてうつむいているキアに、母さんは熱い紅茶を淹れながら言った。
「これから私が話すのは、私が考えた仮説よ。いろいろなことから推理したことだから、間違っているかもしれないわ。言いたいことがあったら、遠慮なく口をはさんでちょうだい」
きびきびした口調は、まるで女探偵みたいだ。
頼もしいしかっこよく聞こえる――けど、どうしてこいのぼりのワンポイントの靴下なんだ? ブーツの下にそんな靴下をはいてたなんて。
相変わらずだなぁ、と思わずあきれたら、なんだかちょっと気持ちが落ち着いてきた。
こんな状況でも、母さんはいつもと変わらない。
うん、俺も冷静にならなくちゃ――。
母さんが話し出した。
「さっき、キアの国の魔法使いが現れたとき、サラリーマンが消えたわよね? その後、魔法使いが去ったら、入れ替わりにサラリーマンがまた現れた。そして、魔法使いが言っていた、
平行世界――パラレルワールド――対――
母さんの話に、俺は、そうか……と、やっと納得した。
キアが現れる直前に、俺の目の前から中学生の女の子が消えた。あの子はキアの「対」だったんだ。
キアがこちらに来たから、入れ替わりにキアの世界へ飛ばされたんだろう。
キアがうなだれて言った。
「そうだ……。世界の間を行き来するには一対の竜の力を使う。あちらの世界には青い竜が現れ、こちらの世界には赤い竜が現れる。そして、対の目の前には竜の爪が現れる。対が爪を手にしたら、それが入れ替わりの合図だ」
えぇ!? あれはタケノコじゃなくて、竜の爪だったのか!?
すると、母さんが考え込む顔で言った。
「仕組みはわかったけれど、実際にはかなり難しいんじゃないの? 対になった相手が必ず爪を拾うとは限らないでしょう? それに、キアもあの魔法使いも、狙った場所に現れたわよね。両方の世界の人間がまったく同じことをしているわけではないでしょうに。どうしてそんなことが成功したの?」
母さんは推理小説を連載してるし、時々SFの短編も書くから、そのあたりのツッコミは厳しい。
すると、キアが意外そうに顔を上げた。
「竜の爪を拾わない者がいるはずはない! あれは素晴らしい力を秘めた宝なのだから! それに、『同じで異なる世界』はたくさん存在する。その中には行きたい場所の近くに対がいる世界だってあるのだ。竜はそういう対の頭上に現れる。ただ、カラエ様は別だ。あの方はご自分の対の心を操って、私のそばへ行くように仕向けたのだろう」
ふぅん、と母さんはうなずいた。
「すごい魔力ね。それでもドリゴ王国を襲っている魔王を倒すことはできないなんて、魔王の力は本当にすさまじいようね」
キアはまたうつむき、震える声で言った。
「国中の魔法使いと戦士が力を合わせても、太刀打ちできない。女王陛下の呼びかけで諸国が連合軍を作り、かろうじて攻撃を防いる状態だ。我が国が倒れれば、もう魔王に対抗できるものはいなくなる。世界は魔王に破滅させられるのだ――」
キアは椅子の中で自分の膝を握りしめていた。膝に食い込んだ爪が血の気を失って白くなっている。
それを見ただけで、キアが自分の国や世界を本気で憂えているのがわかる。
そのとき、俺はふっと思い出した。
キアは出会ったばかりの頃、魔王の目の前へ自分を連れて行くように竜に命じた、と言っていた。
そして、彼女は俺の前に現れた。
え……ってことは……?
俺は愕然とした。
思わず大声を上げてしまう。
「ちょっと待てよ! キアは昨日、俺の前に現れたとたん、俺に襲いかかってきたよな? まさか――まさか、魔王の対って、この俺なのか!?」
キアは何も言わなかった。そうだ、とも、違う、とも。
ただ青ざめた顔でうつむく。
「どうやらそういうことのようね」
と母さんが言った。こちらは冷静な声――もう気がついていたんだ。
キアを見つめながら話し続ける。
「対になった人間は、どちらかが死ねば、もう一方の存在も死んでしまうのね? ううん、パラレルワールドはたくさんあるから、すべての世界の対が消えてしまうわけね。あなたたちの世界の魔王は非常に強大で、あなたたちにはとても倒すことができない。そこで、別の世界へ飛んできて、魔王の対を倒すことで魔王を消滅させようと考えた――。そういうことなのね?」
母さんに確認されて、キアがうなずいた。
そんな! 俺が魔王の対――分身だなんて、そんな!
その俺をキアが殺しに来ただなんて……!
すると、キアがうつむいたまま言った。
「簡単な任務だと思っていた。魔王の対を殺して、王国に戻れば良いだけだと。まさかそれが賢者殿のご子息だとは思わなかった。それに、魔王の対がこんなに心優しい人物だったなんて――」
キアの声が震えてとぎれた。
母さんは深い溜息をついた。
「とにかく、雄一を殺させるわけには絶対にいかないわ。時間をちょうだい。何か良い方法がないか、考えてみるから」
けれども、そう言う母さんの声には力がなかった。難しい表情で考え込む。
俺の頭の中は混乱と恐怖でいっぱいだった。
キアがまた俺に襲いかかってきそうな気がして、全身が震える。
あわてて自分の部屋へ逃げ込もうとすると、キアが顔を上げた。
とたんに、俺はどきりとした。
キアの頬が濡れている。
涙だ――。
すると、キアが小さな声で俺に言った。
「ごめんなさい……」
そのまま、またうつむいて、声もなく泣き続ける。
俺は彼女に背を向けると、自分の部屋に飛び込んで扉を閉めた――。
(つづく)
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