第8話 対
キアが俺を狙っていたと知って、俺は総毛立った。
「どうしてだよ!?」
と尋ねるのに、キアは何も答えない。
青ざめたまま立っている。
その時、すぐ近くの遊歩道から、ありゃっ、と変な声が聞こえた。
「なんだ。こんなところにタケノコか?」
思わず声の方を振り向くと、背広姿の男が歩道にかがみ込んでいた。
先が尖った茶色い物体を拾い上げている。
どこかで見たような光景だ、と思ったとたん、背広の男の頭上に竜が現れた。
羽根を生やした小さな赤い竜。
そして、地面が大きく揺れた。
そうだ、俺の目の前から女の子が消えた、あの時と同じだ――!
揺れる地面の上で、俺は見つめ続けた。
背広の男の姿が薄れて、竜と共に消えていく。
代わりにそこに現れたのは、黒い長い衣を着た男だった。
フードの下に長い銀髪と紫の瞳。目と同じ色の石のピアスをつけている。
キアが話していた通信機の指輪にそっくりだ。
そして、フードの上には、青い小さな竜――。
「カラエ様!」
とキアが叫ぶと、黒い衣の男がこちらを向いた。フードの上から竜が消えていく。
「その者が
と見つめたのは、この俺だった。
『つい』――?
すると、キアがあわてて言った。
「違います、カラエ様。彼らは私を手助けしてくれている者たちなのです」
と、かばうように俺と母さんの前に立つ。
とたんに黒衣の男は厳しい表情と声になった。
「ぐずぐずするな、キア・ウォーン。一刻も早く対を倒すのだ。魔王は城に迫りつつある。女王陛下が御命を落とせば、我がドリゴ王国だけでなく、世界中が破滅に追いやられるのだぞ」
この男、キアの世界からやってきたのか――!
驚く俺たちのかたわらで、キアがうつむいた。
青ざめたまま唇をかむ。
すると、男が手の中のものをキアに投げた。赤いリンゴのような実だ。
キアはうつむいていたので、手元に当たって地面に転がる。
とたんにキアは飛び上がり、男は、おや、という表情になった。
「この世界では魔法が効かなくなるのか。では、長居はできん。対を倒すのだ、キア。インゾの実の使い方はわかっているな?」
と歩み寄ってきて、拾い上げたリンゴをキアに手渡す。
キアの顔が血の気を失って白くなる。
続いて、男はキアの首のネックレスに手をかけた。
「私の魔法では竜を呼び出せぬ。竜の手を一枚いただくぞ」
とネックレスからチューリップに似た小片をひとつ外す。
とたんに男の頭上にまた竜が現れた。今度は赤い色の竜だ。
男の姿が消えていくと、代わりに背広姿の男が現れた。
さっき目の前から消えていった人だ。
頭上から青い竜が消えていったけれど、その人は気づいていなかった。あれ? と周囲をきょろきょろ見回し、やがて首をひねりながら歩き出した。
「夢でも見ていたのかな」
とつぶやく声が風に乗って聞こえてくる……。
俺たちは何も言えなかった。リンゴを持って立ちつくすキアを見つめてしまう。
キアはまだ唇をかんでいた。なんだか泣き出しそうな顔をしている。
すると、母さんがキアに近づいていった。
リンゴを取り上げて、厳しい声で言う。
「これは毒の実なのね、キア?」
毒の実!?
何がなんだかわからなくなっていると、母さんが俺を振り向いた。
「これはどうやら、とても複雑な状況みたいよ。キアと話し合わなくちゃいけないわ。家に帰りましょう」
そう言うと、母さんは先に立って車に戻っていった――。
(つづく)
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