第6話 クローバーの思い出

俺の父さんは、俺が七歳の時に病気で亡くなった。

ちょうど今頃のことだ。

あの母さんが、その時にはすごく落ち込んで、毎日毎日家で泣き暮らしていた。

小説さえ一行も書かなかった。


俺はなんとかしてあげたかったけれど、小学二年生にできることなんか、たかが知れてる。

それでも一生懸命考えて、母の日に手紙を書くことにした。

文房具屋で母さんが好きそうなカードを選んで、「to Mother」なんて英語の書き出しにしようとして、失敗したからまたカードを買い直しに走って。

そうしたら、こづかいを使い果たして、プレゼントを買えなくなった。

だから四つ葉のクローバーを贈ろうと思ったけれど、いくら探してもそれも見つからない。

しかたないから普通のクローバーでブレスレットを作って、手紙と一緒に母さんに渡した。粗末なプレゼントだったけど、その時には本当に一生懸命だった。

手紙に何を書いたかは覚えてない。「母さん、元気を出して」とでも書いたんだったか。それとも、「母さん、大好きだよ」とでも書いたのか。


手紙とブレスレットを受けとった母さんは、すごく喜んで笑ってくれた。

父さんが亡くなってから初めての笑顔だった。

それ以来、母さんは元気になった。

いつも陽気で明るくて――ちょっと変わってて――そして、超前向きだ。

あれ以来、母さんの涙は一度も見ていない。


「ユーイチ、何を考えているのだ?」

とキアが尋ねてきたので、俺はそんな思い出話を聞かせてやった。

足元ではクローバーが揺れ続けている。子どもの頃のあの日と同じように。

話を聞いて、キアは目を丸くしていた。

かなり長い間考え込んでから、こう言う。

「ユーイチと賢者殿は本当に仲がよい親子なのだな。良い話だ……」

それきり黙り込んでしまう。

キアが急に沈んだ様子になったので、俺は焦った。

えぇ? 俺、そんな変な話をしたっけか?

キアはポシェットを片手で押さえて、じっとうつむいている。何を言っても返事をしない。

本当にどうしたんだよ、急に?


弱った俺は、あたりを見回して、公園の先にアイスクリーム屋を見つけた。

「よし、ちょっと待ってろ、キア。いいもの買ってきてやるから――」

俺は彼女をその場に残して駆け出した。

アイスクリーム屋で、ソフトクリームを2つ買う。

魔王捜しが目的だったけれど、俺としては、すっかりデート気分だった。

たぶん、キアはアイスなんか食べたことがないだろう。ソフトクリームの形や味に驚くんじゃないかな。

そんなことを考えながら、アイスを手に急いで戻る。


すると、キアは公園の片隅に移動していた。

木陰に隠れるようにしながら、何かを話している。

誰と話しているんだ?

いぶかりながら近づくと、キアの前には誰もいなかった。ただ、彼女だけが一人で話し続けている。

その声が、興奮したように大きくなってきた。

「違う、そんなつもりじゃない! 必ず倒すとも! だが――」

言いかけて、キアが急に黙った。

じっと自分の手元を見つめる。

なんだ? と目を凝らすと、キアの指に紫に光る指輪があった。

「わかっている! そうだ! だから私は……そう、そうだとも!」

キアはやっぱり指輪を見ながら言っている。

まるで、携帯に向かって話しているような口ぶりだ――。


俺が近づいていくと、キアが、はっとしたように振り向いた。

青ざめて、指輪をはめた手を後ろに隠す。

「どうしたんだよ、キア。その指輪はなんなのさ?」

と尋ねると、キアは驚き、すぐ観念したように指輪の手を前に出した。

大きな丸い石がついていて、石の中にアヤメみたいな紫の花が浮かび上がっている。

キアがうつむいて言う。

「国の魔道師から連絡が来たのだ。早く魔王を倒せ、さもないとドリゴ王国が滅びる――と。国では戦禍が広がっていて、一刻の猶予もならないらしい」

それきり、口をつぐむ。

「そうか、その指輪は国との通信機みたいなものなんだな。でも、早く魔王を倒さないと国が滅びるって? 魔王はこの世界に逃げてきているんだろう? それでもあっちでは戦いは続いているってわけなのか?」

疑問に思って尋ねたけれど、キアはそれには答えなかった。

やがて顔を上げ、近所に揚がっていたこいのぼりを眺めて、ひとりごとのようにつぶやく。

「コイが空に昇って竜になるという話が本当だったら良いのに。竜は大きな力を持っている。きっと私たちを助けてくれるだろうに……」

それきり思い悩むようにまた黙り込んでしまう。

キア――?


その時、俺の手に冷たいものがしたたってきた。

んん? あ、いけね、アイスを持っていたんだ!

俺は溶け始めたソフトクリームをキアに渡して言った。

「元気出せよ、キア。俺たちが必ず魔王を見つけ出してやるからさ。で、それをなめてみろよ。ソフトクリームって言うんだ。うまいぞ」

でも、キアはやっぱり動かなかった。ソフトクリームはどんどん溶けて、キアのポシェットにしたたる。

「汚れてるぞ、キア!」

俺はあわててアイスを取り上げて、ハンカチを取り出した。

キアのポシェットを拭いてやろうとする。

とたんにキアは顔つきを変えた。奪い取るようにポシェットを押さえる。

その拍子にポシェットが俺の手にぶつかった。

細くて硬いものの感触が伝わってくる。

「なんだ? 中に何を入れてるんだよ?」

俺はキアに尋ねた――。


(つづく)


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