第4話 疑問

「君が現れる一瞬前に、地震が起きて女の子が消えた。あれはどういうことだったのさ?」

俺がそう尋ねると、キアはぎゅっと唇を曲げてうつむいた。

「私にもよくわからない」

と低い声で言って、それきり黙ってしまう。

そこにまた口をはさんできたのは、母さんだった。

「魔王はこの世界に逃げ込んだんでしょう? だってキアがここに現れたわけだから。雄一が言う地震は、きっと魔王が現れた時に起きたのよ。女の子は人質にされたのかもしれないわ」

「え、じゃ魔王に誘拐されたのか!?」

「たぶんね。キアが追いかけてきたから、身の安全を図ろうとしたのよ。確かめてみましょう」

そう言って母さんはリモコンを取り上げた。テレビの電源を入れる。

とたんに、キアが飛び上がった。

「きっ、奇っ怪な!? 額の絵の中に生きた人間が閉じこめられているぞ!」

と画面のアナウンサーを指さす。

あー、なるほど。そう見えるか。

「これはテレビ。遠くの人の様子を見たり話を聞いたりするための、魔法の道具よ。ちょうどニュースのようだから、静かにしてね」

と母さんに言われて、キアは黙った。椅子にちょこんと座ったまま、目を丸くしてテレビを見つめ続ける。

こうしていると、本当に、ごく普通の女の子に見えるんだけどなぁ……。


テレビではアナウンサーがニュースを読み上げていた。

「このため、警察では、なんらかの事件に美紀さんが巻き込まれたものと判断。美紀さんを捜すと同時に、美紀さんがいなくなった場所にいたという映画製作グループがなんらかの事情を知っている可能性があると見て、グループの行方を追っています」

画面に映ったのは、姿を消したあの中学生の女の子だった。

ってことは――映画製作グループって俺たちのことか!

「どうやら、あの子は美紀さんっていう名前だったみたいね。私たちが誘拐したと思われてしまったらしいわ。まずいわね」

と母さんも難しい顔で腕組みする。

が、すぐに母さんは、ぽんと手をたたいた。

「そうよ。警察はきっとあの騎士の恰好で探しているんでしょうから、普通の恰好をすればいいんだわ。いらっしゃい、キア。その恰好も悪くはないけど、もっとちゃんとした服を買ってあげるから」

え? え? と戸惑うキアの手をつかんで、母さんはすぐに家を飛び出していった。

あーあ、思いついたら即実行の人だからなぁ――。


家に一人残された俺は、そのままあれこれ考え続けた。

聞いたこと、わかったことをもう一度整理する。

えぇと……まず、キアは女王から魔王を倒せと命令された。うん、これはわかった。

ところが、それを知った魔王は、危ないと思って、この世界に逃げてきた。

で、そこに居合わせた女の子を人質にさらって、どこかに姿を隠してしまったんだ。

あの時、どこに魔王がいたんだろうな? 俺の目の前で起きていたっていうのに。

女の子が手にしたタケノコが実は魔王だった、とか? ――まさかなぁ。

あれ? っていうか、どうしてキアは俺を魔王だと思ったんだ?

俺は魔王になんか見えないはずなのに、迷うこともなく俺に切りかかってきたのは何故だ?

急に疑問がわいてきたけれど、答えてくれる人はいない。

俺は部屋のソファに座ったまま、ずっと頭をひねり続けていた――。



母さんとキアが帰ってきたのは、日も暮れて薄暗くなった頃だった。

待ちくたびれてソファで居眠りしていた俺を、母さんが起こした。

「雄一、ほら、見なさいよ! とても似合ってるでしょう?」

んん……似合うって、何がぁ……?

目を開けた俺は、たちまちぽかんとした。

母さんの横にキアが立っていた。黒いニットのワンピースに黒いショートブーツ、ピンクのハートのポシェットという恰好。しかも、ロングヘアが短くなってる。

髪も切ってきたのか!

「これなら、もうあの女騎士と同一人物には見えないでしょう? 誘拐犯に疑われる心配もないわよ」

と母さんが得意そうに笑う。

キアはワンピースの丈を気にしていた。

「この世界ではずいぶん短いドレスを着るんだな」

と裾をしきりに引っぱる。

スカートの下の白い素足がまぶしくて、俺はなんだかどぎまぎした――。


「遅くなったからお弁当を買ってきたわよ。イチゴも買ってきたから、みんなで夕飯にしましょう」

と母さんに言われて、俺たちは椅子やソファに座り直した。

食事をしながら、また話を始める。

俺はさっそく疑問をキアにぶつけた。

「君はこの世界に来たとたん、俺に切りかかったよな? ついに見つけたぞ、死んでもらう、って言ってさ。あれはどういうことだよ。俺は魔王じゃないし、絶対魔王にも見えなかったはずだぞ」

すると、サンドイッチを食べていたキアがうつむいた。

「すまなかったと思っている。私はあのとき竜に、魔王の前へ私を連れて行け、と命じていたのだ。そうしたら、私はこの世界に来て、目の前にはおまえがいた。だから……」

「あら、それじゃキアは魔王の姿を知らなかったの?」

と母さんが口をはさんできた。もっともな質問だ。

「むろん、あちらでの姿は知っていた。だが、こちらの世界ではヤツは姿を変えている可能性が高かったのだ」

「はぁん。それで雄一を魔王と思い込んで襲いかかったわけね。でも、こっちでの姿がわからないんじゃ、魔王を見つけ出して倒すことができないじゃない。何か手がかりはないわけ?」

「その……近くに行けば、私にはそれが魔王だとわかる……と思う」

とキアは歯切れの悪い返事をした。

そのまま、しょんぼりとうつむいてしまう。

ワンピースのせいか、そんな様子が妙に女の子らしく見えて、俺はまたどきどきした。

うーん、どうしよう。マジでかわいいぞ、こいつ。

すると、俺の頭をひとつひっぱたいて、母さんが言った。

「おかしな気持ちを起こさないの、青少年。キア、今夜はうちに泊まりなさい。この馬鹿息子は見張っててあげるし、明日になったら魔王捜しを手伝ってあげるから」

母さん!!

い、いや、魔王捜しはかまわないけど、俺は別に――!


一方、キアは驚いた顔をしていた。

「何故、そこまで親切にしてくれるのだ? 私は突然やってきた赤の他人なのに」

「この国にはね、『乗りかかった船』っていうことばがあるのよ。ここまで関わったんですもの、最後までつき合うわよ。それにね」

母さんは急に、にやっと笑うと、いたずらっぽく片目をつぶった。

「実は私は作家なの。ファンタジーを実経験できるなんて貴重な機会、絶対に逃すわけにはいかないのよ」

そうなんだよな。俺の母さんは小説家。普段は雑誌にミステリーや短編を連載してるけど、ファンタジーも大好きなんだ。

この状況にはまるのは当然なんだよなぁ……。

キアは不思議そうな顔をしながら母さんを見つめ、それからイチゴをつまんだ。

「キヌゾの実を食べることができるなんて」

と言いながらイチゴを口に運ぶ。

似て異なる世界から来た少女。

これからどうなるんだろう? と俺は考えた――。


(つづく)

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