第3話 母さん

俺は、母さんの車の中で、何があったのか一部始終を話して聞かせた。

俺の母さんは、息子の俺が言うのもなんだけれど、ちょっと変わってる。

俺の話に最後まで耳を傾けて、こう言った。

「どうやらその子は、こことは別の世界からやってきたらしいわね。異世界の女騎士なのよ、きっと」

ほらぁ……どうしてそんなことがさらっと言えるんだよ、母さん。普通の母親なら、「嘘でしょう!?」とか「冗談はよしなさい!」とか、絶対に怒ると思うぞ。

「あら、だって、あんたはこういうときに嘘や冗談を言う子じゃないでしょう。それに、この子が着ている鎧や兜は本物よ。あの剣もね。かなり使い込まれているわ。危なかったわね、雄一」

そんなふうに言われて、俺は急に涙がこぼれそうになった。

俺が切り殺されそうになったとき、周りのヤツらはロケだと思って、笑って見てたのに、母さんはちゃんと信じてくれるんだ――。


そのとき、後部席でうなり声がして、女の子が正気に返った。

跳ね起きて叫ぶ。

「こ、ここはどこだ!? 私をどうするつもりだ!?」

俺が思わず振り向くと、とたんにその顔が殺気を浮かべた。右手を背中へ延ばして、今度はぎょっとした表情になる。

「剣がない! 私の剣をどこにやった!?」

すると、母さんが車を道路脇に停めて話しかけた。

「まあ、ちょっと落ち着きなさい。あなたは車にぶつかったのよ。気分はどう? 体に痛むところはない?」

冷静な声だ。

女の子のほうはかみつくように言い続けた。

「私は戦士だ! あれしきのことはなんでもない! 私の剣を返せ! 私には、しなくてはならないことがあるのだ!」

「しなくてはならないことって、雄一を殺すこと? それは困るのよね。この子は私の大事な一人息子なんだもの」

「息子?」

と女の子は驚いて俺と母さんを見比べ、母さんの胸にイチゴのワッペンを見つけて、また叫んだ。

「それはキヌゾの実! それでは、あなたが私を助けてくださる賢者なのか!?」

はぁ?

ホントに、いったいどういうことだ――?


ところが、母さんはたちまち目を輝かせた。

「ちょっとちょっと、なぁに、あなた! 今、なんて言ったの!? 賢者って、この私のこと? まあステキ! 私、一度でいいから本当に賢者って呼ばれてみたかったのよね! あなた、どうやら怪我もなかったみたいだし、うちにいらっしゃい。ゆっくり話を聞かせてちょうだい」

か、母さん!!

俺がいくら怒鳴っても反論しても無駄だった。

母さんは満面の笑顔で、また車を走らせ始めた。

ホントに、言いだしたら聞かないんだからな。

行き先は俺たちの家だ。

騎士の女の子は急におとなしくなっていた。

後部席に座ったまま、窓の外の景色をびっくりしたように眺めている。

その様子といい、話すことといい、やっぱり母さんの言うとおりなんだろうな。

異世界からやってきた、騎士の女の子。

そんなの、ゲームや本やアニメの中だけのことだと思っていたのに――。


俺たちの家はマンションの三階にあった。

「ここは賢者殿の城なのか?」

と驚く女の子に、母さんは言った。

「ここは大勢が暮らしている塔よ。塔には決まりごとがあってね、戦いを持ち込むことは厳禁なの。だから剣は私が預かっているし、その鎧や兜も脱がなくちゃいけないわ。いらっしゃい。何か着るものを見つけてあげるから」

説明がうまかったのか、母さんを賢者と信じ込んでいるからか、女の子は素直についていった。

着るものって、きっと母さんの服だよな。だって、この家には俺と母さんしかいないんだから。

そんなことを考えながら台所で待っていると、じきに女の子はタンポポ模様のTシャツに半ズボンの恰好で出てきた。

Tシャツは母さんのだけど、半ズボンは違うな。この子の服だ。

それに首にかけたネックレスも母さんのじゃない。子どもが描くチューリップみたいな形の赤い金属が紐に通してある。

左の頬にもチューリップの形のあざが……あれ、この子にこんなあざ、あったっけ?


すると、女の子は台所を見回して言った。

「ここはくりやなのか? いい匂いがする」

とたんに、女の子のお腹がぐぅぅっと大きな音を立てた。

台所に入ってきた母さんが聞きつけて笑った。

「ちょうどいいわ。雄一のおやつにホットケーキを焼いていたのよ。食べながら話すことにしましょう」

そういうわけで、俺たちはテーブルに着いた。

俺と母さんがソファに並んで座って、向かいの椅子には異世界から来た騎士の女の子。俺たちの間にはホットケーキ。

なんだか本当に変なシチュエーションだ。


女の子はホットケーキに大感激して、母さんを料理上手だと絶賛していた。

「城の料理長より絶対に上手だ! 賢者殿が城に来れば、きっと国一番の料理人と呼ばれるぞ!」

「まあ、嬉しいことを言ってくれるわね」

母さんは鼻高々だった。

ちぇ。ホットケーキミックスを使った、いつもの手抜きおやつなのにさ。


でも、すぐに母さんは話を切り替えた。

「さて、じゃあ教えてもらいましょうか。あなたは誰? どこから来たの? うちの雄一の命をねらっていたようだけれど、それはどうして?」

すると、女の子は食べるのをやめた。低い声になって言う。

「私の名前はキア。ドリゴ王国の女王陛下にお仕えする騎士だ。王国を滅ぼそうとする魔王を倒すために、この世界へやってきた」

魔王――? マジかよ!

あまりに古典的な展開に俺は呆気にとられたけれど、母さんは真面目に言い返した。

「その魔王が雄一だというわけ? そんなはずはないわ。この子は間違いなく私の息子で、ドリゴ王国なんてところにも行ったことはないんだもの」

キアと名乗った女騎士は目を伏せた。

「賢者殿の息子とは思わなかったのだ。私は女王陛下から、竜の力を使って異世界へ飛び、そこで魔王を見つけ出して倒すように命じられていた。陛下は王家の秘宝も私に授けてくださった。竜の手のネックレスだ。これがあれば竜を呼び出して従えることができる」

「それがそのチューリップみたいなネックレスのわけね? どうやって使うの?」

と母さん。

「竜の手を一枚外して呼べば、竜がやって来る。私はこの世界に来るのに1枚使ってしまったから、残りは3枚だ。陛下は竜の手のバングルもお持ちだが、それは国を守るのに必要だから、預かるわけにはいかなかった」

「ふぅん。それで顔にも竜の手のあざがあるのね。竜の呼び手のあかしというわけね」

と母さんが言う。

ホントに、どうしてそんなに理解がいいんだよ? こんな突拍子もない話なのにさ。

俺があきれていると、母さんはにっこりした。

「あらぁ、当然でしょう。だって、私は賢者なんだもの」

あのな、母さん……


すると、キアが母さんの胸のワッペンを指さして言った。

「女王陛下はこうも言われたのだ。『キヌゾを身につけている人物を見つけ出しなさい。その人物は賢者で、必ずおまえを助けてくれるから』と。キヌゾは聖なる実で、賢者の証でもある。だから、女王陛下もキヌゾの指輪を身につけていらっしゃる」

「ふぅん……てことは、あなたが仕える女王様も賢者なのね。その人が竜の力を授けて、魔王退治を命じたってわけか。なるほどねぇ」

母さんは考え込んだ。

俺はもうなにがなんだかわからない。

どう聞いたってRPGゲームそのまんまの話だ。これが現実だなんて、とても――。

だけど、女騎士のキアは現にうちの台所にいる。

今は普通の恰好をしているけれど、話すことばや内容はやっぱり普通じゃない。

それに、母さんの車のトランクには本物の剣。

やっぱりこれは現実なんだ。どんなに信じがたくても。

すると、母さんが俺に言った。

「この世はいつだって予想通りになんていかないものよ。たとえ一秒先だって、何が起きるか、誰にもわからないものなの。ありえない、そんなまさか、って言いたいことだって、現実には起きてくるわ。だから、その後どうするかを考えることのほうが大事なのよ」

ちぇ、そんなに賢者ぶらなくていいよ、母さん。もうわかったから。


俺はキアに向き直った。

「俺は魔王なんかじゃないよ。それに、君が現れる一瞬前に、地震が起きて女の子が消えた。あれはどういうことだったのさ?」

俺は開き直って、そう尋ねた――。


(つづく)

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