第8話
目を開けると、彼女の顔があった。
長いまつげ。
整った鼻筋。
少し大きな瞳と、やわらかそうな頬。
それらが、今まで見たことがないほど近くにあった。
そして、後頭部に感じるやわらかな温もり。
彼女はゆっくりと話しだす。
時間になっても僕が来なかったけれど、自分はもう行かなくてはならなかったこと。
先に登っていたが、僕の声がしたから少し遅くなってもいいから待とうとしてくれたこと。
それでも全然来ないから不安になって降りてきたこと。
そして、ボロボロの僕を見つけたこと。
ここまで運ぶのは大変だったんだから。
と彼女は微笑む。
本来なら人間一人なんて簡単に運べるけど、私はもう古いから、と。
そうして僕を運んで、いつもより四時間くらい遅れてから、ようやく夜のスイッチを押したこと。
下の国ではみんなびっくりしてるだろうね。と、また笑って云う。
僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
全然間に合ってない上に、彼女に助けられていたなんて。
そして彼女の仕事にすら支障を与えてしまったなんて。
そんな僕の様子を見かねてか、彼女は僕の頭をなでながら、大丈夫だよとまた微笑む。
僕は気恥ずかしくなって、無理やり体を起こし、
視界には、見たことのない満天の星空が、溢れるほどに広がっていた。
梯子の上から見下ろした町の明かりなんて比べ物にならない、あまりに綺麗で圧倒的な星の海。
きれいでしょ? と彼女は笑う。
僕は言葉が出てこない。
彼女の後ろには、巨大な月。
嘘のような完全な円を描く、満月。
彼女は立ちあがると、僕に手を差し出す。
今更ながらに人間と人形が触れ合うことが禁止されていることを思い出した。
けれど、そんなことはもう今更な気もしたし、そもそもここは殻の上。
つまりあの国の外なんだ。だから、大丈夫。
なんて言い訳を考える前に、体は自然と動いていた。
彼女に手を差し出し、掴み、思いっきり引っ張って、力いっぱい抱き締める。
彼女は一瞬驚いた顔をしたと思ったらすぐ笑顔になり、同じように力を込めてくる。
僕と彼女はそうやって、抱き合い、笑いあって、くだらないことを話して、空を見上げて、馬鹿みたいにはしゃいで、触れ合って、いつの間にか、静かな眠りについていた。
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