第5話
それから毎朝、僕と彼女との会話は続いた。
色々な他愛のない話をした。〝カラザ〟の中しか知らない彼女に、僕は街の様子を伝え、仕事の話をし、愚痴ったり、おどけたり、他にも色々な話をした。
彼女は、この国の古い話や〝カラザ〟の中の話をしてくれた。
中でも僕の心を揺さぶったのは、夜のスイッチのある部屋の話だった。
夜の部屋はこの空を覆う殻の中を更に上へと進んだ先にあり、そこからは、何にも覆われることのない、本物の空が見えるというのだ。
本物の空には本物の月や星が瞬いていて、神話のように、太陽が輝きを強くしすぎて生物が住めなくなってしまった。という事実はないらしい。
夜にしかあの部屋にはいたことがないから、太陽は見たことがないけどね。
そう云って微笑んだ彼女の姿が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
彼女と話すようになって数日が経ち、明日は雨季が終わりとなる朝。
つまり、彼女と会話することができる最後の朝がやってくる。
いつものように他愛のない話をし、いつものように時間が過ぎ去り、いつものように階段へと向かおうとする彼女に僕は、明日がここに来れる最後の日であることを伝えた。
本心を言えば、これからも毎日ここに足を運びたかった。
毎朝夜明けの時間に起きなければならないけれど、そんなことは彼女に会えるなら何ともないことだった。
けど、僕はそうしないつもりだった。
僕は人間で、彼女は人形だから。
これから先どんなに彼女を好きになった所で、僕と彼女は触れあうことすら許されないから。
そうなってしまうなら彼女と話すのは明日で最後にして、これからはまた雨季が始まる前のように遠くから見つめるだけの方がいい。
そうすれば記憶はきれいなまま残されるし、いつか、忘れてしまえるだろうから。
もちろんそんなことはおくびにも出さずに、ただ彼女には明日で最後だと、短い間だったけど楽しかったよと、ただそう伝えたかったのだ。
けれど僕の言葉を聞いた彼女は、一瞬驚いた顔をした後、少し悲しそうな顔をして、云ったのだ。
――もし最後になるなら一度だけ、夜の部屋に来てみませんか? これで最後なんて、悲しすぎるから。
僕はひどく戸惑った。どう答えていいのかわからなかった。
その言葉から何かを感じていいのか、それとも単に友人としての感想なのか。
けれど、いつの間にか僕は頷いていた。
頭で考えるよりも先に、体が動いていた。
そうして僕は明日、彼女と夜の部屋に行くことになったのだ。
帰宅したあと、僕は眠りにつくことができなかった。
明日は雨季の最終日。
完全な終わりの日を演出する必要があるのに、そんなことは頭の片隅に消えていた。
ただ、彼女のことが頭を離れない。
一瞬たりとも気を休めることができない。
気がつくと、時計が雨季最後の仕事時間を告げていた。
自分が眠れたのかどうかもわからないまま、僕は仕事場へ向かった。
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