第2話


 

 梯子の頂上まで来ると、空が一気に近くなる。

 すでに乾ききったペンキ特有の匂いが鼻を掠める。


 とりあえず一息つくと、鞄から雲の種を取り出す。

 空模様と照らし合わせて、少し暗めの雨雲を選択すると霧吹きで水をかけ、空に蒔く。


 雲の種がいっせいに開花して、広がっていくこの一瞬が、僕は好きだ。

 少ない水で反応する種はどんどんと大きくなり、やがて一つの雨雲を生み出す。


 梯子のレバーを動かして少し北へ進み、同じように種を蒔く。

 眼下に雲の畑が広がっていく。


 大体二時間ほどかけて、一帯の雲蒔きは終了する。

 最後に始めの位置に梯子を戻し、ゆっくりと時間をかけて梯子を降りて行く。


 雲蒔きの事故で一番多いのがこの、一連の作業が終わってからの梯子を降りるときに起きている。

 何せあんな高所で雲蒔きを行っていると、存外体力や精神力を使うもので、さらに今日のように雨雲を蒔いたあとは梯子に水滴が残っている場合もあって足をすべらせやすい。

 とはいえ、ここ数年、そのような事故は起こったこともないし、よっぽどのことがない限りそんなことはないけれど。


 ゆっくりゆっくり時間をかけて梯子を降り終えると、一日の仕事は終わりになる。

 基本的に雲は一日中もつ算段になっていて、再度蒔く必要は例外を除いて無いと言っていい。

 時計を確認すると夕方近くで、雲の切れ目からはせっせと空を夕焼け色に塗っている空塗りたちの姿が小さく見える。


 なんだよ、あの色ってことは明日も雨雲かよ。

 と愚痴りつつ、荷物を整理し家へと向かう。


 ふと振り返った先には〝カラザ〟が相変わらずの違和感を携えて、ずっしりと鎮座していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る