第1話



 僕の住む国は、自然豊かな小さな国だ。

 歴史は古く、神話の時代から続いている。らしい。


 数年前の地殻変動の影響で他国との繋がりが完全に断たれてしまっているとはいえ、元々が自給自足の国家体制であったことと、国民の四割近くが人形であることから、国を維持することは案外簡単だった。らしい。

 詳しいことはわからないが、少なくとも学校ではそのように教わってきた。


 人形というのはこの国に限らず存在している人間によく似た自立した存在であり、その頑丈さや食事等を必要としない体質から、主に人間では危険度の高いとされる職種で働くことの多い種族である。

 が、この国ではそのような過酷な状況が存在しないため、人間と変わらぬ生活を送っているのが常だ。


 だが、人間と人形がどんなに似ていても、肉体的な接触は禁止されている。

 それは人形が人間よりはるかに力を持っていて、少し触れただけで大怪我をしてしまう可能性があるから。らしい。

 やっぱり、実際にそのような理由で怪我をした人間を見たことがないので何とも言えない。


 そしてこの国で何よりも特徴的なのは、空と〝カラザ〟の存在だろう。

 この国の空は、のような層にいるのだ。


 それが、この国が神話時代から続いているといわれる所以である。


 神話によると、昔神様が地上で暮らしていた頃、太陽の輝きがどんどんと強くなり、地上に生物が住むことができなくなってしまった。

 そこで神様はこの星をドーム状の殻で覆い、太陽の光を届かなくした。


 ということになっている。そしてこの殻の存在のおかげで仕事ができているのが、空に色を塗る『空塗り』だったり、その空に応じて雲を蒔く『雲蒔き』だったりする。

 今では受け継ぐ人の少なくなってきた、伝統的な職業だ。


 僕は少なくともこの仕事に誇りを感じているし、空塗りの連中も少々ウマが合わないところがあるとはいえ、自分の仕事に手を抜いたりはしない。

 一部の人間や人形たちが賤職だ、奴隷の仕事だと揶揄することもあるが、基本的には温かく迎え入れられているのが現状である。


 そして〝カラザ〟だ。


 僕は梯子を登るのを一旦止めて、頭だけ振り返る。


 そこには、真黒な細長い塔が、比喩ではなく続いている。


 神話時代の神様が空を支えるために建てた世界に六本あるという巨大な塔。

 その姿が卵の殻と黄身とをつなぐ様に見えることからつけられた〝カラザ〟という呼称。

 時の番人が住むという、未知の塔。


 初めてこの地区に配属された時、その存在感と違和感に圧倒されたのを今でも忘れることができない。


 そして、それ以上に忘れることのできない一つの出会い。


 腕に付けた時計を確認すると、その時間が迫ってきている。

 塔に目を凝らし、数秒。それは、姿を現す。


 塔の窓の向こうに、少女が一人。


 二秒に満たない、邂逅の後、上へ上へと塔の中の螺旋階段を登って行く。


 その姿は、神話に描かれた塔の守人。時の番人。全ての人形の原型。

 そのどれにも似てどれにも似ない。そんな不思議な魅力を持った少女であった。



 一年と少し前、ここに配属されて初めて彼女を見たときから、僕は少女に心奪われていた。

 そして、彼女をほんの一瞬でも目にするために、毎日この時間にこの梯子を登っているのだった。

 我ながら女々しいなとは思うが、それしか彼女に会う方法がないのだから、仕方がないだろう。なんて誰にともなく言い訳をする。


 よし、それじゃあ今日も頑張って働きますか。


 いつものようにそう気合いを入れなおして、さらに梯子を登る登る登る。

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