第2話 接遇② 尊敬語と謙譲語
6
閉店後、俺は店長と2人で事務室にいた。
ドキドキする!
早乙女は研修中のため早上がりだ。
「早乙女さん、どうでしたか?」
「そうですね、まぁ・・・まずまずではないかと」
俺が接客している後ろに立ってはいたが、緊張しているらしくソワソワとしていた。
可愛いなおい、店長には及ばんが。
「そうですか、良かったです」
店長は柏手を打って笑顔で言った。
可愛い。
「店長、実はお願いがありまして」
「お願い・・・・ですか?」
俺の言葉にキョトンとする。
「明日、もう一度早乙女に自己紹介をさせてあげて貰えませんか」
「かまいませんけど、どうしてです?」
「早乙女にブーストをかけるためです」
「ブーストですか・・・?」
「はい」
折角、やる気になったんだし、周囲の環境も整えたい。
「ですが・・・今日みたいなことになると困るのですが」
「大丈夫です」
即答した俺にキョトンとする。
何回キョトンとするんだろう。そんなに予想外な事を言っているのだろうか。
そう思われている事が予想外です。(本日三回目)
「あいつは、自分の為に変わろうとしてるので」
俺がそう言うと、店長はふふっと笑う。
「やっぱり、平川君に頼んでよかったです」
「そうでしょうか?」
「えぇ、早乙女さんの悪い噂を信じずに自分の目で彼女を見てくれたではないですか」
あ、やっぱり更生云々は悪い噂だったんだ。
まぁ、そうだろうな。
「それと、自己紹介をもう一度は全然かまいませんよ」
「ありがとうございます」
うんうんと頷いている店長に俺は言う。
「実は、もう一つお願いがあるんです」
「なんでしょう?」
「これなんですが」
俺は、一枚の紙を店長に渡す。
早乙女をプロデュー・・・教育するに必要な俺の戦略だった。
しかし、読み進めていくうちに店長の顔から笑顔が消え渋い顔付きになる。
よかった、目のハイライト消えなくて。
「うーん、人手が少ない時にこれですか?」
「あいつを成長させるためですよ、うちの会社の店舗だからこそできるんです」
「言いたいことはわかりますが、でも・・・」
「俺が正社員で入社した時も店長がやったじゃないですか」
「まぁ、それを言われると・・・でも、平川君の場合はコミュニケーション障害に近かったので荒療治も兼ねてでしたけど」
そんな意図があったのか!?
あれのおかげで、店長に嫌われてたのかと思ったんだからね!
思えば、アルバイトの時は殆んどが品出しだけだったしな。
店長が俺を社員に推してくれたのも、クロサギに憧れて話術やマーケティングを学んでいたのを知ったからみたいだし。
でも、早乙女だってコミュ障みたいなもんだ。
だから、早乙女に知って貰いたい。
接客の素晴らしさや重要さを。
だから俺は・・・早乙女ためにやるべき事をやる。
「お願いします!」俺は最敬礼でお辞儀をする。
「アイツは誰よりも真剣です!だから早く上達させてあげたいんです」
店長は、ハァと諦めたような溜め息を吐く。
「・・・わかりました。申請しておきます」
「よろしいのですか?」
「平川君なら悪いようにはならないでしょうし、バックアップも取ってくれるのならいいですよ」
「ありがとうございます!」
「あと、きちんと早乙女さんにも説明して下さい。早乙女さんが嫌だと言ったら、責任持って平川君だけこの案を適用しますよ」
「えっ!そうしたら早乙女はどうするんですか?」
「私が教育します」
店長は笑顔でそう言った。
「絶対に早乙女を説得します」
「わかりました。適用は来月からできるように手配します」
来月・・・十日後には適用されるのか・・・。
「わかりました。ありがとうございます!」
俺は、再び最敬礼でお辞儀をする。
店長には、いつも助けられてばかりだ。
「では、お先に失礼します」
「はい、お疲れ様です。平川君、明日もよろしくお願いします」
「はい!お疲れ様です!」
頭を下げ事務室を出る。
ドリームタイムは終了か・・・・。
もっと、一緒に居たかったな。
本当なら店長の仕事も手伝いたかったのだが、必要な時しか声をかけてくれないのがもどかしい。
俺が更衣室の扉を開けると制服から私服に着替えた田辺公一がいた。
「よう、お疲れ」
ジーパンに黒のシャツの上から革ジャンを着ている。
「お疲れ」
俺も軽く返答する。
俺が制服から着替えていると田辺は、更衣室のソファーに座りジッとこちらを見ている。
こいつ・・・・ホモか!?
まぁ、性癖は人それぞれだし否定はしないが相手を選べ相手を!
俺は香織一筋なんだ!
ジッと見てくる田辺に俺は痺れを切らした。
「なんだよ?」
俺が少し低めの声で尋ねると、タハハと笑った。
おい、男なのにぶりっ子の真似すんな。
「これから、飯行くべ」
「却下だ。お前の飯は酒飲みだろ」
「いいじゃん、別に飲ませたりしないしよ」
「そうなんだがな、タクシーは自分で拾えよ。もう面倒は見ないぞ」
「いいよ。行くべ」
「わかった、行こう」
俺も着替え終わったので田辺の後に付いていく。
田辺は俺の同期で、半年前に異動してきた。
入社式の時に会い、俺と田辺、あと飲食部門の竹内とは意気投合した。
竹内は俺と高校からの付き合いで実は中学も同じだったというが自閉症で引きこもりだった俺は知らなかった。
ちなみに竹内も森下店の飲食フロアで給仕長をしている。
俺と田辺は裏口から外に出て、新大橋通りまで歩きタクシーを拾う。
「水天宮まで」
タクシーに乗り込み田辺が運転手に行き先を伝えた。
タクシーの中で田辺が「今日のわんこ」ならぬ「今日の店長」の話題を振ってくるが、曖昧に答える。
馬鹿め!お前の知ってる情報など把握済みよ。
それとも、俺が教えてやろうか?
教えませんけどね。
俺と田辺が割り勘でタクシー代を払い水天宮で降りる。
少し戻るように歩くと龍宝という中華料理店に入り、中国人の女性店員が席に案内してくれた。
この人、日本語上手いな。
日本語って覚えるの大変だっていうけれど、ここまで流暢だと、日本人として自信無くすわ。
「俺はビール、平川は?」
「ウーロン茶で」
「カシコマリマシタ」
店員が頭を下げて裏に行く。
恐らく、パントリーがあるのだろう。
少しして店員が生ビールとウーロン茶が配膳された。
お通しは皮付きピーナッツとザーサイだった。
「今日は特にお疲れ!」
「おう、お疲れ」
グラスを軽くぶつけ煽ると、向かいの田辺がカーだったかクァーだったか奇声をあげる。
そんなに美味いか?ビール?
下戸にはわからん。
「今日の、早乙女って娘どうだった?」
「まぁ、まずまずだな。覚えも早そうだし」
俺は御飯メニューを見ながら答える。
「仕事じゃなくてさ、今日はずっと一緒だったろ」
「それが?」
「だからさ、意外な一面みたいな」
「なんだそりゃ」
五目炒飯もいいな、天津飯も美味そうだ。
というより、意外な一面ってなんだよ。
番長が捨て猫でも拾うのか?
盗んだバイクを盗まれるの?
俺がジト目を向けるも気にせず田辺は続ける。
「結構、美人だったし。まだ高卒だろ〜、将来は更に美人になるでしょ」
「そうかもな」
もう、相手にするのはやめよう。
晩飯は蟹玉定食にしよう。
そうしよう。
「早乙女ちゃんか〜、朝のミーティングの時はビックリさせられたけど、綺麗だし美人だし最高だね」
お前の褒めるボキャブラリーの少なさに呆れるぞ俺。
しかも、綺麗も美人も似たような言葉だろ。
「早乙女ちゃんと付き合えたら人生薔薇色!ってやつじゃん?」
そうか?
まぁ、俺は香織一筋だから分からんがな。
「まぁ、頑張れ。俺は協力はせんが」
「はいはい、平川は冷めてるよな」
「冷めてない、まだ熱々で湯気がでてるぞ。マジで」
「それは、香織ちゃんだけだろ〜」
「香織ちゃんじゃない、店長だ」
「はいはい、でもさ店長もまだ26歳なんだろ。若いし綺麗だし可愛いしいい匂いだし最高の上司だよな〜」
「同感だ」
俺は即答した。
「はぁ、俺が教育係やりたかったな〜」
「それは、店長に頼んでくれ」
「いや、無理でしょ」
田辺が即答する。
「どうして?」
「平川の方が売り上げも接客も良いからな。それに香織ちゃんの教え子だし」
「店長な・・・・売り上げは偶然だよ」
「それでも、粗利は俺よりいつも上じゃん」
「そうか?」
「そうだ。俺は入社してから一度も勝ってないぞ」
「ま、頑張れ。今月は教育に集中するから滅多な事がない限りお前の勝ちだろ」
「滅多な事ってなんだよ」
「ソフバンで法人契約取ったりとかな」
「それは一発だな〜」
あれって粗利益が半端ないんだよな。
先月の売上一位を取れたのは本当に偶然だった。
偶然いらした中国人のご年配の男性に親切丁寧に案内をしたところ、気に入られたので名刺をお渡しした。
そうしたら、御旅行にいらしていたご家族を連れてご来店し、日本に住む親戚も連れてきてくれた。
様々な高価な買い物をしていき、1日で月の総粗利を超えてしまった。
そうしたら、気が付けば売上一位を取っていた。
本当に、おもてなしの心は大切なんだと改めて実感した。
田辺はグイグイと生ビールを飲み干し、ハイボールに手を出す。
ハイボールは、原価安いからお店にとっては最高の金になる酒なんだよな。
「でも、早乙女ちゃんがお店に入ってきたときはクレームかと思ったけどな」
「クレームじゃなくて、ご要望な」
「そうそう、ご要望」
森下店では、店長の指示によりクレームとは言わず『ご要望』と呼ぶことになっている。
それは、クレームや苦情というのは接客をする者にとってマイナスイメージが強い。
本来は、そのクレームを糧に努力をし成果を出すことを求められるが、『クレーム』『苦情』と言われると頑張るよりも叱られた様な感覚が残る。
しかも、中のスタッフには『仕方ないじゃん』
『治せばいいんでしょ』といった、開き直りや『治すだけでその上を目指そう』という精神が生まれない人もいる。
だから店長はお客様の感動のために、販売員のCS向上のために『ご要望』と言うことにしたのだ。
『〜様からクレームがあった』よりも『〜様からご要望を頂いた』なら、心持ちが違うという心理だ。
「どうすんのこれから?」
田辺がザーサイを俺の分まで食べながら言う。
こいつ、闇討ちしちゃおうかな。
「まぁ、手っ取り早く接客を覚える方法を使うよ。俺の時と同じだ」
「あれか!大変だな早乙女ちゃん」
田辺は笑ってハイボールを飲み干しお代わりする。
前に田辺に話した時も爆笑してたよな。
こいつ、誰かに刺されないかな。
俺は、田辺がアルコールでカオスになっていくのを見守りながら蟹玉定食を頂いた。
結局俺たちは、閉店ギリギリまで居座りタクシーに田辺を突っ込み解散となった。
7
翌日、俺は寝不足のまま出社をした。
すごく眠い。
更衣室を出ると、早乙女も女子更衣室から出てきた。
「おはよう」
「おは・・・おはようございます」
なぜ噛む。
早乙女は噛んだことが恥ずかしいのか、頬を赤らめ顔を背ける。
俺は早乙女の隣に並び店内に向かって歩く。
「早乙女、今日から少しずつ接客の言葉遣いを教えていくぞ」
「はい・・・これで少しは覚えてはきた・・・です」
そう言ってメモ帳から接客用語の書かれているプリントを差し出した。
何でまだ日本語不自由になってんだろう。
「それは捨てていいぞ」
「えっ!」
聞いてないよ!(二回目)が出た。
「接客用語は人をマニュアル化してしまうからな、あまりオススメしない」
「でも、・・・ですが、どうしてですか?」
あのね、日本語不自由な外人に聞こえるよ。
「接客での言葉遣いは、息をするくらい大切で当たり前のことだろ?これさえ言えればいいなんてものはない」
「?」
早乙女はキョトンとする。
「確かに接客に不慣れな人は接客用語を覚えたがるが、そういう奴ほどクッション言葉とかを使えなかったりする」
「クッション言葉って何?」
おやおや、素がでてますよ早乙女さん。
「お客様にお断りやお願いをする時に使う言葉だ。これがあるのとないのとでお客様の態度も心象も最悪になるならないまで決まるくらいだ」
「すごいんだね」
「あぁ、ちなみに小泉さんの接客用語のプリントには書いてないぞ」
「そっか・・・」
「それに、俺も色んなレストランや販売店に行くが誤用している言葉遣いの奴も多い」
「うん」
「そうなると、接客用語だけ正しくて他の言葉遣いが駄目だとサービス業をしているお客様から見たら変な奴だと思われる」
「なるほど」
「ちなみに、なるほどは上の立場が使う言葉遣いだぞ」
「そうなの!?」
「下の立場は、そうなんですねと言うのが正しい」
「そうなんだ」
「だから、接客用語なんてのは覚えても意味がない、それさえ覚えておけば言葉遣いが良くなるならサービス業は人手不足にならん」
「そうだね」
何か早乙女さんが素に戻っている。
まぁ、俺は気にしないからいいけど。
「まだ、教えてないからアレだが下の者は上司の半歩後ろを歩くのが正しいぞ」
「えっ!・・・・・・でも話し聞きたいし」
うん、可愛いな。
「まぁ、俺は気にしないからいいけどよ」
「ありがとう・・・・ございます」
「あ、あとこれ渡しとく」
「何?」
「尊敬語と謙譲語を書いておいた、適当に覚えてくれ」
「はい!」
早乙女は笑顔で返事をしてプリントを読む。
あぶねー、店長スマイルを見慣れてなければ、落ちるところだった。
あれ?笑顔できてね?
俺たちはバックヤードから店内に入ると掃除を始める。
早乙女は、まだ不慣れなため俺と一緒にデモ機やサンプル展示の商品の拭き掃除をする。
「では、『言う』の尊敬語は?」
「えっと・・・仰る」
「正解、じゃあ謙譲語は?」
「言われ・・・・申し上げる」
「正解、言われるは尊敬語だから気をつけろ」
「はい」
俺はダイソンの掃除機を手に取りサラシで拭きながら言う。
「見るの尊敬語は?」
「ご覧になる」
「正解、謙譲語は?」
「えっと・・・拝見する?」
「正解、聞くの尊敬語」
「お聞きになる」
「正解、謙譲語は?」
「承る」
「正解」
こいつ、頭いいんだなと感嘆する。
あの紙を渡して、30分も経たずに大体の言葉を覚えていた。
「行くの尊敬語」
「いらっしゃる」
「正解、謙譲語は?」
「伺う」
「正解、来るの尊敬語」
「お見えになる」
「正解、謙譲語」
「伺う」
「正解、よく間違えなかったな。来ると行くの謙譲語は同じだからこそ混乱する奴もいるのに」
「えっと・・・同じだから、覚えやすかった・・・です」
頬を染めて早乙女は言う。
褒められる事に慣れていないのか、褒めると嬉しそうに、しかしそれ以上に恥ずかしそうに言う。
残念だったな早乙女よ、俺は褒めて伸ばす主義だからな!
ガンガン、お前の良いところを見つけて褒めちぎり恥ずかしがらせてやる!
「そうだなー、帰るの尊敬語は?」
「お帰りになる」
「正解、謙譲語は?」
「失礼する」
「正解だ、するの尊敬語」
「なさる」
「正解、謙譲語」
「いたす」
「正解、知るの尊敬語」
「えっと・・・ご存知でいらっしゃる」
「おぉ!正解、謙譲語は?」
「・・・・存じ上げる」
俺が感嘆の声を出すと、やはり恥ずかしいのか回答が遅れた。
可愛い。
「よく、短時間で覚えたな。すごいな」
「えっと・・・・はい」
赤くなりながらも早乙女は頷く。
「そしたら、そろそろミーティングの時間だ、続きはミーティングの後な」
「はい」
ミーティングのため事務室に集まった俺たちは店長の号令と本日の目標額、飲食フロアの予約を発表する。
「早乙女真理さん、昨日はできなかったので今日もう一度自己紹介お願いします」
「はい!」
昨日と打って変わって元気のいい返事に他のスタッフ達が唖然とする。
早乙女は店長の横に立ち、手を前で組む。
「早乙女真理です。皆様、昨日は申し訳ございませんでした」
そう言って頭を下げる。
頭を上げ周りを見渡しながら続ける。
「私は、店長や皆さんと一緒に働いて無愛想な自分を変えていきたいと思います。どうぞよろしくお願い致します」
早乙女が頭を下げると、周囲から拍手が沸き起こった。
「あ・・・えっと・・・・」
オロオロしながら俺を見る。
まさか、拍手されるとは予想外だったのだろう。
そこで、俺に助けを求めるのは予想外です。(四回目)
俺は笑って拍手を送る。
早乙女は恥ずかしそうに俯いて小さな声で「どうも」と言った。
7
ミーティングを終え、俺は更に早乙女を褒めちぎる。
別に昨日の憂さ晴らしではない。
顔を真っ赤にしてソファーで縮こまる早乙女にほっこりしながら落ち着くのを見計らい、もう一枚の紙を渡す。
「これも覚えておいた方がいいな」
「これって?」
「誤用しやすい言葉遣いだ」
俺が、そう言うと早乙女は紙を広げて読み始める。
へぇーやそうなんだと小さく呟くのを見て、早乙女も誤用しているのがあったのだろう。
「昼休憩の時に簡単に質問するから」
「うん・・・はい」
ああやって、感嘆しているのならすぐに覚えられるだろう。
「それと、さっきの自己紹介良かったぞ」
俺はゲス顏でそう言った。
「え、えっと・・・・うん」
恥ずかしいそうに俯く早乙女。
「でも、平川・・・さん?のお陰です」
不意打ち!
上目遣い、不意打ち!
「ま、まぁ・・・実践できたのは早乙女の力なんだから結果的に早乙女の力だ」
俺が、早乙女に教えたのは今日の自己紹介において言わなければならないことだ。
昨日の失礼をお詫びすることと仲間意識があるという発言をしろとだけ伝えた。
どのように言うかは早乙女に任せた。
結果、早乙女は完全勝利を掴んだ。
「よし、今日も接客していくからボイスレコーダーで録音しとけよ」
「う・・・はい」
昼前はお客様が減り、今は高校生くらいの少女と年配女性の親子のお客様しかいなかった。
まだ春休みだからか、時折このような親子連れのお客様がいる。
俺と早乙女はデモ機の掃除とパンフレットの補充をしながらお客様を観察する。
すると、インカムから親子に接客中の羽場の声が出る。
『平川さん、申し訳ないんですが来て下さい』
「了解」
俺は返答すると、同じくインカムをしていた早乙女が首を傾げる。
俺もわからないため早歩きで向かう。
携帯電話契約のテーブルに座っているので恐らく説明のトラブルだろう。
俺は椅子に座っている羽場の横に膝立ちする。
「どうされました?」
なるべく、お客様の前では同期であろうと後輩であろうと敬語で話す。
「あの、ポケットWi-Fiの必要性なんですけれども上手く説明ができなくて」
「了解。椅子に座っても?」
「あ!申し訳ありません。どうぞ」
羽場は俺に椅子を譲り後ろに立つ。
いつの間にか早乙女も後ろにいた。
「羽場に代わりまして、ご説明させて頂きます平川と申します。宜しくお願い致します」
俺は敬礼をする。
早乙女も真似をして敬礼をする。
うん、確かに俺がお辞儀をしたらしろって言ったけど今はいいのよ?
「お客様はポケットWi-Fiをご利用をご検討なされていらっしゃるのでしょうか?」
向かいに座る少女が、ご年配の女性を一瞥してから口を開く。
「はい。持ってる友達も多いから」
「だから、友達は友達でしょ?何に使うのよiPhoneだってインターネットできるんだからいらないでしょ?」
母親は、渋い顔になって言葉を遮る。
つまり、お嬢様は欲しがっているが理由は友達が持っているから。
母親はWi-Fi自体が意味不明なのだろう。
「お母様は、スマートフォンをご利用されてますか?」
「私?はい、使ってます」
「ちなみに、どの様にご利用を?」
「殆んどが電話とメールです。あとは、調べ物するくらいです」
「そうなのですね。私もスマートフォンを使用しておりまして、Wi-Fiをご利用なさりたいと仰られるお嬢様には賛成では御座います」
「どうしてです?」
「本来、iPhoneやスマートフォンの専用電波がWi-Fiだからです。電波を道路だと思って下さい」
俺は紙に二本の線を書く。
「この道路は、基本空いています。しかし、重い車が通ると徐々に狭まってしまいます」
俺は二本の線の間にトラック車を簡単に書く。
「重い車とは、たとえば映画などの動画。または音楽、アプリケーションですね。」
母親と少女が頷いたのを確認して言葉を続ける。
「通信速度は早くなってはおりますが、制限があります。なので重い容量を使ってしまうと戻すのにもお金がかかる上、少量づつの容量しか買えません」
「でも、娘が映画を見なければいいんでしょ?」
「仰る通りです。ですが、スマートフォンの弱点はもう一つあります。ゴールデンタイムと呼ばれているものです」
「なんですか、それ?」
「夕方の十六時から夜の九時頃までは皆さんが学校終わり仕事終わりです。そのため、沢山の方がインターネットをご利用されます。そのため通信速度が著しく落ちてしまいます。恐らく、お嬢様の御友人の方はそれでお持ちになられている可能性もあると思います」
「速度が落ちるって言っても少しでしょ?」
「ご覧になられるサイトやインストールされるアプリケーションによって違いは出て参りますね」
「そうなんだ」
何故か後ろから早乙女が、ほえーと言って感心している。
いや、早乙女は販売員なんだからニコニコしてなさい。
「その場合、Wi-Fiは違う通信を使用しております。此方の道路とは別の道路を使用しておりますので、iPhoneの通信速度が遅くなっても安心して速い通信が可能です」
「でも、ポケットWi-Fiって高いでしょ?」
「そうですね。ポケットWi-Fiだけのご利用の場合ですと約六千円ほど致します。ですが、只今ですとiPhoneやAndroidのスマートフォンをご契約の際にセット割引が可能でして、六千円が三千五百円でご利用頂けます」
お嬢様の身体がピクリと揺れた。
「如何致しましょう?」
俺は真っ直ぐ二人を見つめる。
「お母さん、私バイトしてちゃんとお金払うからダメ?」
「わかった。いいわよ、それお願いします」
「ありがとうございます。羽場さん、あとお願い致します」
「はい!」
俺は椅子から立ち羽場に席を譲る。
「ありがとうございました。失礼致します」
そう言って、俺は契約スペースから立ち上がった。
「すごいね・・・ですね」
「まぁ、慣れてるからな」
俺も褒められるのに慣れてないな。
「もう、お昼時だから店長に許可を貰ってランチにしよう。昨日は別々だったが、今日は一緒にどうだ?」
「いいの!?」
「もちろんだとも」
俺は店長と飯が食いたいんだけどな!
「それと、飯食う前に一つ」
「なに?」
「来月から俺と早乙女は飲食部門に異動だ」
「えっ何で!?」
「俺が入社した時も、店長から受けた指令なんだがな。接客を一番早く上達する職業は飲食なんだよ、しかも忙しいし」
「私、販売士になりたいんだけど」
「知ってるさ、けれど効率的な仕事やお客様への目配り、心配りを磨くのなら給仕だ。一緒にやらないか?」
「・・・・平川さんも一緒なの?」
「当然だ、教育係だしな」
「なら、やる」
早乙女は、赤くなりながらも力強く言った。
「よし、頑張ろう!」
「はい!」
早乙女は、笑顔で応える。
やっぱり、早乙女って笑顔が可愛いな。
店長には負けるが。
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