第6話

私の名前はアリスナ……

過去の記憶は訓練施設で育ち、格闘技からアルファー能力、目を閉じれば心に焼き付いた地獄まで……。

そんな私にも妹の様な人がいた。

施設の狭い部屋の二段ベッドの上、私が頼むと夜中でも歌をうたってくれた。

私の生きる意味だった。

――アリスナさん?

冬なのに窓を開けて何してるの?

それはなぎさだった。

「うるさい!」

「え?ははは、まだ、この学校に慣れってないのね」

なぎさは申し訳なさそうに去って行く。

くっ、あの人に重ねてしまった。

私は目を閉じる……。

「お前たち、ここでの訓練は今日で終わりだ。そこでだ、ここを出てアルファープラスとして暮らせるのは一人だけだ」

私たちは顔を見合わせる……

「頭の良いお前らなら判るだろ」

私は再び目を開ける。

少し回りを見渡すと、なぎさとゆきが楽しそうに話している。

私は窓から外を眺め何事も無かった様に振る舞うのがやっとだった。


昼休み

中庭の見える廊下を通りかかるとアリスナさんがパンジーの花を見ている。

「アリスナさん?」

「あら、恥ずかしいとこ見られてしまったわね」

アリスナは恥ずかしそうに髪をかき上げる。

「やっぱり、アリスナさんはすてきです」

「ありがと……うん、ほんとにね」

「良かった、アリスナさん、友達になれそうです」

「ともだちか、今度の休みに私の家に来ない?」

アリスナは嬉しそうに微笑む。

「何か見せたいものでもあるのですか?」

「温室に少しの花が……」

「温室に花?見たいです。ゆきも誘って良いですか?」

「あぁ、あの賢そうな人ね、大歓迎よ」

ふぅ~友達ができたかな。


ゆきの部屋

私はゆきのベッドの上でアルファー能力の訓練をしている。

相変わらず、ウサギのぬいぐるみは地味に転がるだけです。

「なぎさ休んだら?」

ゆきが勉強しながら声をかけてくる。

「う、うん、もう少し」

「そう?少し頼みがあるのだけれど」

「頼み?」

「ヒヤリングの勉強の為に何か喋って」

は?私が英語苦手なのを知って言うかな……。

「イヤ、その、そう、アリスナさんに頼んだら」

アリスナさんは世界中を転々として5カ国語を自在に操るらしい。

「そうね、今度、お花を見に行く、約束でしてね」

「そう、その時に本場の英語を喋ってもらえばね♪」

「分かったわ、で、今勉強したいから、何か喋って」

「え、え、私、朱次とのデートの約束がこの後……」

「はい、はい、家で訓練したいのね」

「ま、まぁ」

「帰るの面倒くさいでしょ、数学の勉強に変えるから、ベッド使って良いから、大人しくしていてね」

「はい」

とほほほ、――いつも以上に静かに訓練するはめに……。

アリスナの家

すこし古い、洋館で本当に小さな温室があった。

アリスナさんが迎えいてれくれた。

「アリスナさんすごい、速く見せて」

「はい、急がなくても逃げなくてよ」

相変わらず、優しそうに微笑む。

いいな、アリスナさんって身長が高くて、何でも出来そうで……。

そして、中にはいると、満開の小さな花畑だった。

アリスナさんは一つ一つ、原産国や花言葉を説明してくれた。

ゆきは英語名はとか聞いていて相変わらずだ。


アリスナの部屋

「そう言えば、なぎささんはアルファープラスに成りたいのね」

「えへへへ、能力的には全然ダメだけどね」

「そう」

アリスナは軽く腕を捲った。

そこには多くの傷跡があり、とても痛々しかった。

「ア、アリスナさん?」

「大丈夫、ただの傷、あのお方に比べれば、すり傷よ」

うぅ、アルファープラスって大変なんだ。

「ごめんなさい、少し、試しただけ。でも、なぎさ、あなたの目の輝きは消えていないわ」

「良く、分からないけど、えへへへ、誉められてるのかな」

「そんな、ことより、私に英語を教えて」

ゆきが話に割ってくる。

「はい、よろこんで」

すると、二人は英語で話し始めた。さて、もう一度、温室でも行こうかな。

目の輝きか……えへへへ。



ゆきの部屋

私はゆき。

今日も遅くまで勉強をしている。

ふと、昼間のアリスナさんの言葉に時をとられた。

――『目の輝き』――

そう、私もあの輝きに引き寄せられた。

あの頃の私は志望高校に落ちて、なら、自分で勉強してみせると。

この、ごく普通の高校に入学して、図書室にこもっていた。

そこで、いつも奥の方で何かやっている、彼女を見つけた。

それはまさに『目の輝き』であった。

私は、いつの間にか声をかけることが多くなり、気が付くと友達になっていた。

彼女はお調子者でドジなところがあるけれど、いつも前向きだった。

……友達……そんな物は表面上の付き合いだと思っていた。

一緒に泣き、笑い、ケンカして悩みを話し合う。

いつしか、辞書で『親友』との単語を避けていた。

T大に合格すれば……。

彼女はきっと普通の進路を取るだろう。

私にアルファー能力があれば……。

――

『チャリン』

うん?少し寝てしまったかな?

メールの着信か。

なぎさからだ。

『やった!久しぶりに、本を浮かべられたよ!』

ふ~~なぎさらしいな。

私は何を迷っていたのだろ、彼女は『親友』だ。

たとえ、距離が遠くなっても。


なぎさの部屋

私は今日、今頃になって朱次からのクリスマスプレゼントの感謝を込めて、手紙を書いている。

こんなに遅くなったのは、あのウサギのぬいぐるみが朱次からのプレゼントなのか確信が無いからだ。

うーん、なんて書こう。

『拝啓……』

堅いな。何かこう。

『Re……』

なんか違うな。手紙って難しいな。

やっぱメールにしようかな、あぁぁぁぁぁぁ。ゆきから手紙の方が良いって言われたっけ。

ゆきにもう一度相談してみよう。

――

うん、返事が来た。

『例文を送るから参考にして』か、どれどれ。

げ、英文だ。要するに自分で考えろと。

よし、『天文学的な数字の確率で私達は出会いました、これは高校という特別な時間軸で……』よし、書けた。

朱次の机の中に入れておこう。

数日後

わああああ、朱次からメールが来た。

『名前の無い怪文書が机の中に入っていたのですけど、どうしたら良いですか?』

さて、今日は早く寝るかな。


今日は少しし眠れなかった。

夜中に朱次にメールしてみた。

返事は『忙しい』だけだった。

私はアルファー能力の訓練を始めた。

ウサギのぬいぐるみは動かない……。

何度、念じても動かない……。

私はスマホを見つめた。

声が聞きたい、朱次の声が聞きたい。

こんなんじゃダメだ。

私は、

私は、

でも、涙が出て来た。

いつの間にか電話は繋がっていた。

『ゴメン、夜中に』

しばらくの沈黙の時間が流れた。

「今、僕の漫画でヒロインが主人公に告白するシーンを考えていてね」

朱次の漫画はバトル物でヒロインは出てこないはず。

言いたかった。

『あいしてる』と

私は今日の夕ご飯の話をし始めた。

そして、私は電話を切り。

訓練を続けた。

ウサギのぬいぐるみは動かなかった。

気がつくと朝で

涙でグショグショになっていていた。

私は朱次に『あいしてる』とメールを送った。

ただ、そうしたかった。

――

返事が来た。

『ありがとう』

これだけだった。

私は弱くて

――弱くて……。

私も『ありがとう』と送った。

返事は『その気持ちはきっと僕の漫画の中で』

文書は途中で終わっていた。

試しにウサギのぬいぐるみは少し動いた。

私は自分の弱さに向き合えた。

今はこれが精一杯なのかな。

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