第14話そして求める道は




 壁の上に、ぽつんと小さな人影。


「逃したか」


 遥か遠くに巻き上がる土煙を見下ろして、カルマと呼ばれる男は呟いた。


「惜しいですか?」


 カルマに、背後から声がかかる。

 立っているのはクラウディアだ。

何時ものような鎧姿ではない。

 長い金髪を軽く結んで流した姿は、どこにでもいるような町娘の風情。しかしその背中にはバッグの他に巨大な機械剣が変わらずに背負われている。


「ああ、惜しい。惜しいさ。だってあれ程の兵器なんだぞ? あれを解剖……いや、分解か。して調べれば、きっと我々は勝利するぞ」

「それでもきっと私たちは何時か」


 そんなことは、きっと皆わかっているのから。


「それは言っちゃあいけないよ」


 言って、カルマは己の左手を見つめる。そこに、手を包む布はなく、剥き出しの機械の左手がある。

 機械病である。

 そっと手を撫でれば、返ってくるのは滑らかな人肌の感触ではなく、ひんやりとした機械の感触。


「それだけは、言っちゃあいけないんだ。僕はまだ死なない。機械になんてなって堪るもんか。僕は人間だから」


 ああ、惜しい惜しいと呟くカルマは、しかしどこか哀しそうで。


「で、君は出るのか?」

「ええ、行ってきます」

「ああ行ってきな。僕らは何時でも待ってるよ」

「そうですか。私も返ってきます」

「そうか」


 ああ、惜しいなぁ、とカルマは呟いた。

 荒野を渡る、死を孕んだ風が駆け抜ける。

 風が巻き上がって、砂埃が姿を隠し、晴れた時には既に誰もいなかった。

 喧噪が嘘のように静かだ。









 その少し前。


「あーあー、どんぱちやってるなぁ……避難勧告とかやったから被害はそんなでもないだろうけど。道路とか、穴ぼこだらけじゃないか」


 城壁の上から、カルマと呼ばれる男は、駆動機械を駆る二人組と、騎士たちの逃走劇を愉快そうに見つめていた。

 どうせ、捕まえることなど出来やしないことは、最初からわかっているのだ。しかしそれでも欲しくなると言うのは、人の性なのだろう。

 カルマは顎に手を当てると、独り言のように嘯いた。


「あれは、手に入らないだろうなぁ。性能差もあるし、奴は自分の出来ることをよく知ってる。大したもんだよ、あれ作ったのは」


 双眼鏡を見ずとも、その様子はしっかりと見ることが出来た。騎士たちの正確無比の弾雨の嵐を、掠り傷一つなく、彼の駆動機械は走り去っていく。

 それも、隣に乗せた女を守りながら、だ。


「あなたもそう思うだろ?」


 疑問符は後方に飛ばした。誰も返答を返さないはずの城壁の上。カルマの背後に、確かに誰かがいるのだ。

 まるで影から這い出るようにして、その男は姿を現した。

 老人である。しかし、ただヨボヨボの老人ではない。

 力強くなど、間違っても見ることが出来ないその身体からはどこか生命力に溢れているような気がした。

 年齢にそぐわないその瞳も、ぎらぎらと妖しい光を放っているのがよくわかる。


「かかっ、あなたなど呼ばれてたまるか」

「確かに、あなたにこれほど似合わない呼び方はないだろうね」


 それでも僕は、あなたをあなたと呼ぶのだけれど、とカルマはつけ加えた。

 それを無視して老人は、城壁から見下すように見下ろした。

 ずい、と身体を伸ばして、今にも落ちそうだと言うのに、老人は余裕綽々に笑みを浮かべた。


「おう、あれは随分と上手く逃げるのだな」

「あなたの作品でしょう――ベゼル氏」

「くかか、ああ知ってるとも。確かにあれは俺の作品だ」


 にやにやと、見るものを不快にさせるような、不可解な笑み。カルマは、このよくわからない存在の爺が、正直嫌いであった。


「相変わらず、あなたは妙なものを作る」

「ああ、だが機械を知るには機械を作るのが一番だろう?」


 くつくつと愉快気に、老人は顔を歪める


「なぁ、教えてくれないか。あなたは何を求めているんだ?」


 カルマは静かに、手袋を外し、自身の掌を曝け出す。

 そこにあるのは鉛だ。

 鋼色の、人類の天敵の象徴だ。

 鋼の手。

 これから徐々に自身へと成り変わる鋼の塊。

 機械の――腕。

 絶望への片道切符。

 それをやはり老人は愉快そうに眺めて、ただ一言、呟いた。





「機械の救済」

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