第13話機械人間だからと言って

 




 パーツが落ち、散乱する中でディーンは掌を広げ鋼鉄の板を展開していた。勿論これはバイクの応用である。

 足元の騎士は既に気絶しており、先ほどの一撃が火事場の馬鹿力だと知れる。感情の高ぶりで普段以上の力を発揮する。けれどそれは自分には関係ないのだと知っている。


 ぱちぱちと小さな拍手が響く。


「そうか。お前だ。やっぱりそうだった。なぁ、お前。僕はお前を壊そう」


 声が背後から聞こえる。

 悲鳴が尾を引いて、バイクが装甲を落としたまま、機械獣が滅茶苦茶なパーツの山になって落下したまま、立ち尽くすディーンの背中にそれは投げられた。


「人は僕をカルマと言う。鉄鋼騎士団長、カルマだ。お前は何だ?」

「ディーン」


 振り返ることなく、ディーンは呟くように答えを返す。

 元より名前などさして重要ではない。


「ディーン……ディーン。そうか。覚えた」


 口の中で転がすように、業(カルマ)を名乗った男は呟く。


「ではディーンよ。僕はお前を危険な存在と認識した。だから死ね。安心しろ、お前の身体は僕たちが使おう。お前の身体で、悪魔を塵殺するのだから」


 ディーンの身体を、正体不明の悪寒が支配する。機械の身体に流れるその意味もわからず、ただ促されるままにバイクに飛び乗った。


 刹那。


 先ほどまで立っていた地面が、爆発したように抉られる。

 そして、ディーンはようやくカルマに視線をやった。

 丁寧に撫でつけられた金の髪。神経質そうな方眼鏡。豪奢な白い法衣に金の刺繍。その背後。白銀の鎧がいた。それも一人や二人ではない。何十人といる。一人ひとりがクラウディアを思い出すような鎧に、それぞれの武器を携えている。

 地面を抉ったのは矢、なのだろう。それも、貫通力、爆発力を高めた物騒な代物だ。

 視界の端で、こちらに向けた弓を降ろすのが見えた。


「うん。良い。実に、良い反応をする。お前のことは知っているぞ。お前は、アレだろう? あのどうしようもないキ印の作ったものだろう? なら、僕らは有効活用してやるよ」


 やはりそこには、激昂もない。あるのは凪いだ水面のような心。

 がん、と乱暴にバイクを起動する。吠え猛るような嘶きと共に急発進。

 しかしカルマは慌てない。小さく手を前に振り下ろす。


「行け」


 白銀の鎧が消えた。





「何故……」

「うん?」


 白銀の鎧が駆けていった荒野を見つめる背中に、彼女にしては珍しい、低い声で問いが投げかけられた。

 いつの間に、そこに来たのか、金の髪の騎士、クラウディアがいる。

 しゃがみ込み、騎士を快方しながら、しかし油断はせずに。


「何故、と問うたかい? クラウディア」


 億劫そうに首を振りながら、打って変わって砕けた口調でカルマは振り返った。視線の先には、憮然とした表情で佇む白銀の騎士。


「ええ、問いました」

「そうか。だがわかるだろう? 君は見たんだ。あの兵器を」

「兵器……」


 クラウディアは思い出す。

 圧倒的な力を。自分たちが苦戦に苦戦を重ねた相手を、容易く葬り去った一撃を思い出す。


「その通り。あれは兵器だ。どっかの誰かさんが、機械獣を殲滅する為、野に放った獣だ。あんなもの、度し難いだろう? 僕は許容出来ない……いや、したくないと言った方がいいのか?」


 困ったような顔でカルマは笑う。


「だけどあれは、あれの技術は、きっと僕たちを強化してくれるよ。まだ人類は終わってないのだと狼煙を挙げられるのさ」

「しかし――」

「意思がある、と言いたいのかい? ああ、あるだろう。僕たちが意識を持って行動しているのが電気信号であると言うならば、あれには間違いなく意思があるだろう」


 だがな、とカルマは続けた。


「あれは決定的に人間と違うのさ。だって身体、全部機械じゃないか」


 そんな当たり前の真実を、特に含みもなく、それが正しいのだと、何の憂いもなく言ってのける。

 立ち上がり、クラウディアはカルマに詰め寄る。


「……私は彼に助けられました」

「そうか、情が移ったか。それならそれでいい。どの道、僕のやりたいことには関係がないから」

「私は彼が、自分の仕事を持っていることを知っています」

「それがどうしたんだ?」

「私は、彼に妹がいることを知っています」

「所詮ままごと遊びだろう」


 打てども響かない。カルマとクラウディアでは、決定的に考えが違う。そのことが、クラウディアにはわかってしまう。けれどそれらのことを鼻で笑い飛ばせる程、クラウディアは大らかでもない。


「そう、ですか。では一つ、相談があります」

「うん。いいよ。言ってみな」






 煌めく銀の風。まるで幻想のように美しいそれは、しかし破壊をまき散らす鋼鉄の旋風だ。降り注ぐ矢と弾丸の雨の中を、一陣の風が駆け抜ける。嘶きを上げる風。鋼鉄の駿馬。


「止まれッ!!」


 怒号と共に撃ち込まれる銃弾。


「――――ッ!」


 車体を振って、がんっ、と跳ね上がる。暴れ馬でも従えるように、ディーンはバイクを繰る。しかしこうなればサイドカーは邪魔でしかない。

 だがディーンはそれを外そうとは思わない。これがなければ、アディと旅が出来ない。それだけは考えたくなかった。


「しつ――っこいなぁッ!!」


 疾駆する騎士たちは、ディーンのバイクに勝るとも劣らない速度で迫ってくる。跳躍する騎士。その落下地点はこのバイクの真上。

 車体を傾けて避ける。その先に降り注ぐ矢の雨。

 何本か避け損ねた矢が身体やバイクに刺さっていく。しかし痛みがないことは知っているので無視。どちらも移動に支障がないのであれば無視して構わない。

 視線を前に向けると、カルカソの砕けた城門が目に入る。

 あの向こうにアディがいる。だから、行かなくてはいけない。






 機械獣撃破の知らせを聞き、己の兄が生還したことを確信したアディは、道の真ん中で、壊れた城門を見つめていた。

 そこに影が見えると、アディは手を振った。

 自分が無事だと知らせるように。

 

「あっ! お兄こっちこっち、って、あれ!? ちょ、ま、ぶつかるって、お兄ィって…………お兄ィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」


 びゅおんっ、とまるで突風のようにそれは現れ、そしてアディを旋風のように巻き上げた。

 サイドカーに放り込まれたまま、きょときょとと目を瞬かせている。アディは意味がわからないと大仰に手を広げ、ディーンに言った。


「え! えぇッ!? お、お兄ぃ、これ、何事?」

「逃げるぞ」

「な、なんで……」

「俺がバレた」


 端的に答えたディーンの言葉に、アディは「そっか」と小さく返した。


「なら仕方ないよね」


 同じようなことなら、これまでも何度もあった。その度に、逃げるなりやり過ごすなりなんなりと生きてきたのだ。ならば今回もそれと同じこと。

 ディーンが己の掌に目を移す。

 自分が何となく危険な存在なのだと言うのはわかる。そこに宿る力は、正しく兵器なのだから。

 そして、自分の生みの親も、その程度には、恐ろしい存在なのだと、否が応でも思い知らされる。 

 だから、今回も同じことなのだ。


「……ね、お兄、今回、次の目的地とかある?」


 ごちゃごちゃとした街の道路を駆け抜ける風。通行人の不思議そうな顔。飛ばされる野次。ラジオ放送が注意を呼びかけ、蒸気が吹き上がる。


「いや、そんなの考えてない」


 何時もと変わらぬ無表情。平坦な声で、ディーンは答えた。しかしその手が小さく震えていることを、アディは知ってしまっている。

 はぁ、とため息を吐く。


「いっつもそうなんだから……そだ、ベゼル君から頼まれごとだよ。トゥルデの町のリコッタさん宛だってさ」


 高速で動くバイクに悪戦苦闘しながら、ごそごそとアディはポケットから預かった時計と手紙を取り出した。小さな懐中時計は、まぁいいとして、手紙の方は風に靡いて、今にも飛んで行ってしまいそうだ。


「アディ仕舞いなさい」


 短く言うと、アディはすごすごとポケットの中へと放り入れた。


「ちぇー、でもお仕事だよ、お・し・ご・とっ!」

「そうだなそりゃいいや、っとぉッ!!」

「わひゃぁあッ!?」


 凄まじい音とタイヤの焦げる匂い。

 運転しつつ見渡せば、屋根の上から弓を構えた鎧姿。家屋の中に銃を携えた鎧。家々の屋根を駆け抜ける鉄剣の騎士。はたまた自らの脚にて疾駆する鉄拳の鎧。彼らが攻撃してきたのだが、ディーンはしかし逃げるのだ。

 車体を傾けて、跳ね上げて、不可能とも思える旋転を行って、道を縦横無尽に駆け抜ける。既に避難は完了しているのか人通りは全くない。

 そのことに、ディーンは笑みを浮かべる。


「準備がいいこったな」

「?? 何のこと?」

「何でもねぇよッ!」


 正面から迎える鉄拳の嵐。急カーブにて、落下してくる剣戟を躱し、車体を跳ね上げて、パンクを狙う銃弾を避けて、自らを射抜く矢の数々を、自身の腕で受け止める。

 鋼鉄の腕には、一本たりとも矢は通らない。

 それは、サイドカーへ向けたものも合わせてだ。


「お兄ぃお兄ぃッ! 前ッ!! 前見て! 壁、壁だよ!? ど、どーすんの? どーするのッ!?」


 慌てるように、アディが目の前に迫る壁を指さす。城塞都市・カルカソの最南端。城門から最も離れた壁。高く、堅牢な壁はどんな存在も、一歩も中へ入れることを許さないだろう。


 ――それは出る人間にとっても同じことなのだ。


「そんなの決まってるだろ?」


 ――しかしここにいるのはただの人間ではないのだ。


 全身機械の機械人間。

 そして、その生みの親が作り出した駆動機械。壁に吸着する術がないなどと、誰が言っただろうか?

 何時ものように、何時もと同じ表情を浮かべて。

 しかしそれはアディの目には笑っているようにも見えて。

 ディーンは駆動機械を操る。握り締めたハンドルは、もはやその両手と一体化している。ディーンは思うままに駆動機械を操るのだ。

 その意に沿うまま、バイクは壁を駆け上る。

 脱出不可能だろうそれを。

 しかしディーンは駆け抜ける。

 銃弾や矢の風切り音を耳に感じながら、ディーンは壁を駆け抜けた。

 駆け抜けた先、空。

 高い壁を越えれば、後は落下するだけ。



「きゃ、きゃああああああああああッ!! お、ッ、お兄! ば、ばーかッ! ばーっかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 茶色の煤けた地面に向けて、バイクは風を切って落下する。



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