第12話君は機械人間
1
果てしなく広がる砂塵の最中。砂埃を上げて疾駆する巨体を見る。まだ、誰かが応戦しているのだろう。時折、銃撃の火が見える。雄たけびを上げる銃撃音がここまで、微かに聞こえる。ディーンの聴覚は、人間のそれを超越している。その耳に聞こえる。
まだ、誰かは戦っている。
ここを守る為に。
ディーンは背にした壁に視線をやる。半壊し、もはや城塞としての役割は期待出来ないであろうそれは、しかし、未だ崩れていない。脆くはなっているが、まだ立っている。彼もきっと一緒だ。遠すぎて見えない、彼らも、一緒。傷だらけで、死にそうになって、それでもまだ立っている。
彼らは城塞と同じだ。
そして、同じように行動し、そして死んでいったもの達を、ディーンは腐るほど知っている。
知っているからこそ。
「見なくてもわかるだろう? 苦戦も苦戦。半壊だよ」
唇を噛みながら、クラウディアは答える。その身に纏った鎧はボロボロで、綺麗だった金髪はくすんでいる。
けれどもその瞳だけは、未だ闘志を宿したままだ。
まだクラウディアは諦めていない。
「お前だってわかるだろう? 悔しいんだよ」
「ああ、わかる。わからない訳がない」
無表情のままで、ディーンは答える。言い訳をするように。
事実、ディーンは、その気持ちを理解することは出来ない。けれど知っているのだ。守れずに死んでいった人間の気持ちを。ディーンは見てきた。だから知っている。
けれど、やはり理解できる訳じゃない。
「知ってるよ。殺された人の気持ちは」
「だったら!」
クラウディアは立つ。
立ち上がる。
ボロボロの屑鉄のような剣を支えにして、ボロボロの、もはや着ている意味さえない鎧を纏いながら。遠くに明滅する銃撃を見つめ、今行くぞと唇を動かす。
鮮血が砂に落ちて、瞬く間に吸収され、染みが残る。
染みになる。
死ねば、染みと一緒だ。
助けれらるのならば、そんな様にはしてやりたくない。
知っている。何時死ぬのかさえわからないこの世界だ。そう出来るとは思っていない。
けれど、それでも、思考と感情は違うのだから。
「悠長に会話している暇があったら! 今すぐにでも!! 私はあそこで戦う!! それが!! 私たちだッ!!」
自分を鼓舞するように。
血を吐くように、叫ぶ。
「だけど……どうしようもないってこはあるよ……なぁ、ディーン。お前はどうやったのか知らないけど、お前は倒せるんだろう? 機械の獣をさ。だったら救ってよ……」
その言葉は、弱かった。
先ほどの言葉と比べて、明らかに弱かった。
ディーンは知っている。己を覆う殻を、そしてその向こうの弱さを隠すのだ。鼓舞するのは、そんな弱さを隠すため。
けれど、弱さを見せてさえ、救って欲しいのだ。
故に、ディーンの取る行動はたった一つ。
何時だってそれだけを選択してきた。故に、出る言葉もただ一つ。
「承知」
無表情のままに、ディーンは答えた。
2
「アクセス」
言葉は鍵だ。
ディーンの言葉に答えるように、彼の隣に並ぶバイクが口を開ける。バイクのメーター部分がぱかりと開き、まるで迎え入れるかのように、そこに穴が開く。緑色の光が明滅する。昔の機械のようで、今一つ、クラウディアにはわからない。
そこに、ディーンは腕を突っ込んだ。
穴の中で、腕に何かが差し込まれ、固定される。
そして。
「機鋼変更・砲撃」
呟く言葉に呼応して、バイクが形を変える。ホイールは固定され、側面に。サイドカーは折り畳まれ、正面に直結される。
サイドカーはされに形を変える。正面が開き、現れるのは、明らかに砲口である。バイクの後部からアンカーは伸び、地面を突き刺す。
そこにあったのは砲台だ。
巨大な砲台が、完成していた。
まるで部品のように、ディーンは組み込まれている。
ディーンの目の前に降りてくるスコープ。
覗き込んだ向こう。
男の手が、四足獣に噛み千切られる瞬間で。
その瞬間、確かに獣の足が止まった。
「撃て」
――大地を揺るがす音がした。
3
ずずん、と大地を揺るがす音がした。
シェルターの暗闇で、アディは確かに聞いたのだ。
おそらくそれは、破られた音。
巨大な質量が激突して、巨大な何かが破られた音。おそらくそうであると推測する。
けれどアディは落胆しない。悲嘆にくれない。
何故ならば、彼女の兄が行ったから。確かに、そうしたから。だから彼女は心配をしない。決して心配したりしない。だってどっかの誰かが言ってたもの。
いい女は、男の帰りを信じて待つのだと。
だから自分もそうしようと思った。信じているのだから不安などありはしない。
だからまぁ、さしあたっては。
「ほらほら、大丈夫だから」
泣いている子供の頭に手を当てる。
さっきから、親を探して泣いていた男の子。
誰かの涙を止めることくらい、自分にだってできるはずだから。
「うぐ……ひぐぅ……」
「大丈夫、お父さんだって、きっとすぐ見つかるよ」
「ほん……と?」
「ほんとほんと、大丈夫だって、ね、男の子でしょ? 泣いてたらかっこ悪いぞ」
「かっこ悪い?」
「うん。かっこ悪い。だって怖くて震えて泣いちゃって、お父さん探してるんでしょ?」
「……うん」
「ほら、もうかっこ悪い。ね、君のこと、私は何にも知らないけどさ、君のお父さんはこんなとき、泣いたりする?」
「ううん」
「しないよね? うん。男の子はね、きっといつか、誰かを守る時が来るの。そんな時さ、泣いてたら不安になっちゃうよね? だからね、泣いちゃダメなの。泣くのは――そうだなぁ、うれしい時や悲しい時に泣けばいいよ。でも怖い時は泣いちゃダメだよ」
「うん」
もう涙は止まっていた。
ぐしぐしと男の子は目元を乱暴に拭う。
怖いけど立つために。
ね、私だって何か出来るんだ。
だからさ、お兄。
待ってるから、帰って来て。
そして整備させてね。
「ん、なんだ、君か」
声。
知っている声。少年のような声だった。けれど、どこか老いているような特徴的な声は時計屋、ベゼルのものだった。
「ベゼル君」
「だから君付けで言うなと言うのに。まあいいや、どうせ無駄だろ?」
「ここにいたんだ」
「そりゃそうさ、避難する場所が一緒なんだからさ」
「確かにそだね。何か用かな?」
「用、用、ね。確かに用はあるよ。あ、君のお兄さんは一緒じゃないんだね」
「うん。お兄は頑張りにいったよ」
「そうか」
「うん」
「なぁ君ら、運び屋なんだろ? だったら一つ、頼まれてくれないか?」
「うん? 別にいいけど……」
4
大音声が響く。
銅鑼の鳴るような快音だ。それは確かに、男の背後からした。男は背を見やる。先ほどまで追いかけていた機械の獣の姿。四足獣の頭部は確かに陥没しており、なんらかの攻撃を受けたことは明白である。だがしかし、その姿に意気の衰えはない。むしろ、どこか興奮するかのように、脚を止めて、頭上に咆哮を奏でる。パーツが飛び散り、男に向かう。
咄嗟、男は機械銃を正面に構え、その質量を持って防御の構えを取る。
当然、そのパーツ一つひとつの質量は膨大であり、機械の力を用いたとしても到底、防ぎきれるものではない。
衝撃、男の眼前で、パーツが爆発を起こす。思わず目を閉じそうになるのを半眼で堪える。
勿論、男が何かをした訳ではない。
何かをしたのは、先ほどの攻撃の主に他ならない。
「いったい誰が……?」
思考は一瞬、男は関係ないとばかりに頭を振った。
今、集中すべきは目の前の獣で、自分はその獣から人を守る騎士であるのだ。
獣がたとえ、かつて人であったとしても、それが人に害を為すというのであれば、それはもはや人ではないのだ。
「誰だか知らんが感謝する!」
大音声で叫ぶ。
もう一度、攻撃の構えに戻る。
銃は正面、獣を捉えるように。獣は既に威嚇を終え、その身に力を取り戻していた。
否、それは先ほどまでよりも強暴さを増している。手負いの獣、その怒りに身を任せた獣ほど厄介なものはない。
それでも、それはやらない理由にはならないから。
機械の力を持って、脚を強化し、突撃を開始した。
獣が走る。
その牙を剥き出して、その頭部から部品を撒き散らして。ただ目の前に存在する機械を食らいたいが為に。
そこに、砂塵を割って駆動音が響く。
砂嵐を割って、姿を見せる。
男。
ディーンは、その身に砲台を取り付けたバイクに乗っていた。
「移動砲台だ。威力は落ちるけど、まぁ、大丈夫だろう」
その砲撃は精確に。
三音。
抜けるように快音が機械獣の身体を穿つ。目、心臓、四足の一本を穿った。弾道は精確。不意を突いての三発は、命中。
機械獣は咆哮を上げ、部品を撒き散らす。
まるで血液のように、四方八方に飛び散るそれを。
しかし男は縫うように駆けた。
男の視線は射抜く。
「見えた――!」
心臓の位置。
その部品の隙間に見えるのは、
青。
青の歯車。獣の心臓だ。飛び込み、構える。狙いは正面。形態は連射用。既に目を潰された。獣はその身を左右に捩り、怒り、吠え猛る。けれどそれは、騎士である男には大きな隙である。
不規則に捩る身体はしかし、自分の状態さえ判別できないということ。
自分さえもわからない獣に、この銃撃が外れるものかと叩き込む。
銃声。
複数。
連射。
乱射。
そして――
獣の身体が崩壊した。
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