第11話獣と機械と
6
流れ出す無機質な言葉は、あちこちから反響して聞こえてくる。
『機械獣の出現をお知らせします。機械獣の出現をお知らせします。現在、カルカソ北西に出現し、こちらに進行中。その数二体。一直線に向かってきています。皆さま、どうかご自分の身の安全の確保をお願いします。しかしご安心下さい。ここには我ら鉄鋼の騎士がいます。どうぞ恐れることなく、しかしご自身の安全の確保にご尽力下さい』
言葉だけを流して、放送は止まった。
ざわめく声が聞こえる。
街が動くのではないかと思える程の地響きが外から響いてくる。
同時に、ベゼルは動き出す。
ため息を吐いて、呆れたように、もしくは面倒くさいとでも言うように。
「やれやれ、どうにも間が悪い。僕は避難させてもらうよ。ここ、地下にすごく堅いシェルターがあるんだ。今まで何事もなかったけど、万が一ってこともあるし、君たちもどうだい?」
背を向けて、もうどうでもいいとでも言いたげに準備をまとめていく。
あれこれと、そこかしこから取り出して、バッグの中に詰めていく。
こちらを振り向かずに、細々とした荷物、食料、お金を手早く纏め、カウンターの向こうにある扉へ向かっていくベゼル。
もはや用はないと言わんばかりに。
「いいよ。俺は行く場所がある」
ディーンの瞳に感情はない。
けれど、ディーンは一点を見つめていた。
街の外。
彼の脳裏には、外から迫る機械獣の様子がはっきりと映し出されている。
「そうか。それは残念。地下でなら、君たちのことが聞けたんだけど、まぁしょうがない。命あっての物種だ」
「結局それが目的かよ。ま、俺たちは運び屋だ。何か遠くの人に渡したいものがあれば、お気軽にどーぞ」
肩をすくめて言うと、彼も背を向けたまま嘆息した。
「その時は利用させてもらうよ。で、君は?」
言って、アディに視線を向ける。
「私も行かない。大丈夫だよ。お兄がいるから」
そのアディの言葉に、どこか興味をひかれるようにモノクルを輝かせ。
しかしそれで、足を止める理由にはならないのだろう。
「そう」
小さく言葉を返して、後のことに興味はないと言わんばかりに、扉は閉められた。
扉の向こうにちらと見えたのは、暗い通路。
壁面は堅牢に石で囲われている。
もはや音を立てない扉を見つめながら、ディーンは言葉を発した。
「行ってもよかったんだぞ?」
アディは小さく首を振った。
「ん、いいかな。だってお兄、何時も通り行くでしょ?」
「……ああ」
少ない言葉の返事に、アディは安心したように笑う。
「それなら安心だから。行って」
「整備と修理。待っててくれ」
「壊されても困るんだけどなぁ」
困ったように笑う。
外からだんだんと音が聞こえる距離にまで奴らが近づいているのがわかる。
「大丈夫だから」
ディーンはアディの頭をぽんと叩き、店の外へ出る。駆け出す。まるで砲弾が直撃したような音。
凹んだ地面が煙を立てる。
その先にあるものを、アディは知らない。
どんな存在がそこにあるのか、アディにはわからない。
ディーンは知っている。
知っているのに、そこに行くのだ。
だから、アディに出来ることはただ一つだけなのだ。
「どうか死なないで」
祈るように握る。
呟いた瞳は先ほどと違い、不安に揺れている。
7
遠くに明滅が見えた。
爆音と剣戟。
遠く、城塞の向こう側に、それが見える。
砂塵が運ぶ風から、戦闘の匂い。様子から、苦戦中だとわかる。それはおかしい、とこの間のクラウディアを思い出す。
あれほどの腕なら、何体いたって倒すことができる。
救ってやれる。だがしかし、目の前に見えるのはなんだろうか。苦戦である。
嫌な予感が人工の頭脳をかき立てる。
急ぐため、ディーンはバイクの速度をさらに上げる。
サイドカーには誰も乗っていない。
こういう時は何時ものことだ。
断続的に響く爆音。
衝撃。
煙を立てる鋼の装甲。
回転する砲身が煙を立てる。
しかしその一切合切が目の前の威容には通じない。
山のような巨大な獣には、銃弾の一片たりとも入りはしない。
「う、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
そして、一人食われた。
四足歩行の、まるで獣のような機械獣。
それはまるで大昔の獅子のように見えた。
顔の周りを覆う無数の鬣はケーブルを幾本も束ねたものだ。
ずんぐりとした体型とは裏腹に、獣は、素早く鎧に牙を突き立てた。
「あぎッ!? い、いやだ! 死にたく――こ、こんな死に方――ッ!」
がりっ、めぎっ。牙が、爪が耳障りな音を立てる。
鎧が圧迫され、中身が圧殺される。
機械を食べるため、鎧を食べる。
その機械部品を取り込む度に、圧潰する。
ばらばらと散らばる歯車とオイル。
鎧の隙間から、中身が零れる。
抑えきれなくなった、血液が地面を汚す。
色のない荒野。
びしゃりと赤黒く染まる。
「くっそ!」
銃撃音。
青年の持つ機械銃が、火を噴く。
狙いすましたその一閃は、獣の喉笛を食い千切る。
ばらばらと機械部品が宙を舞う。
どさりと落ちた鎧がひしゃげ、今度こそ中身が潰れたことを表す。
「ざまぁみやがれ!!」
青年が中指を立てる。
だがどうだ、獣はまるでそれを意に介さない。
ゆっくりと頭を垂れると、鎧の元に鼻先を持っていき、その咢を開いた。
――――ごり。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
突貫するのはクラウディア。
その手に持つ機械剣。
およそ人類に出せる、人類の身体を壊すことなく運用できる最高速度。
それでも一向に縮まらない。
思わず舌打ちする。
距離が変わらない。
その巨体は、巨体であって尚、クラウディアと同等の速度で動いている。
そしてさらに言えば、クラウディアなど意に介さない。
真っ直ぐに、そのキャタピラの脚部を転がして、大量に機械がある場所に向かっている。
初めてではない。
だが、ここまで真っ直ぐに向かうことなどあっただろうか。
いや、思い返してみれば、自分たちは機械獣を圧倒していた。
恐怖を忘れさせるには十分な程に。
何度も何度も機械獣を斬って捨てた。
けれどけれどけれど、ここまでのものはない。
ここまで堅く、強固なものはいなかった。
地面を削る音。
クラウディアは追いつけない。
そして――――
「と、止まれ!」
誰かが掲げる機械槍。
止まらない。
巨体が、まるで轢き潰すように。
ぱきゃ、と軽い音で、その誰かが潰れて消えた。
次いで轟音。
何もかもを巻き込むように、転げるように、機械の獣は城塞に激突した。
8
「ッつぅ――」
砂埃の舞う中、クラウディアは目を覚ました。どうやら気絶していたらしい。降り積もった砂を払いながら、痛む身体を起こした。
「なにが」
あったのだろうか。
記憶が曖昧だ。
ふわりと舞うのは砂。目の前も何もかもを覆い尽くしてしまっているかのようだ。何も見えない。何があるのかはっきりしない。
痛む頭。
砂煙の向こうに、鈍色の輪郭が見えた。
それがなんであるか理解して、そうしてクラウディアは目を見開いた。
そこに横たわる機械獣。
まるで人間のように、人間から外れた長さの腕を投げ出して、そこに倒れていた。
まだ生きているのか。
わからない。
――そして、機械獣の前に。
そもそも何時からそこにいたのだろう。
クラウディアの前に、人影を見た。
その人影は、バイクに跨っていた。
黒い軍用コートを着用していた。その後ろ姿には見覚えがある。
「そうだ、あの時、あの瞬間、確かに」
痛む頭。
フラッシュバックする光景。
激突する瞬間。
もつれ込むように倒れ込む機械獣。砂を蹴って、岩を跳ね上げて、まるで地面さえも破壊し尽くすように。
そして同時にクラウディアを吹き飛ばした。
砕ける鎧。
砕ける剣。
まだ護ってもいないのに。自分が戦う力が消えていくのがわかった。宙を舞うその瞬間が何時までも引き伸ばされて、ああ、これが走馬灯かとさえ思った。
けれど。
爆音が響いた。
爆音が轟いた。
破砕音とはまた違う音。
腹の底に響く爆発的な音。
彼がいた。
彼がバイクに乗っていた。
崩れ落ちる壁。
瓦礫の山が落ちる。
しかし、彼は機械獣を足場にした。
彼は瓦礫をものともしなかった。
彼に躍りかかった瓦礫はすべてが瓦解した。
倒れる機械獣。
崩れ去る壁。
その腕を伝って、彼が飛んだ。
彼は手を伸ばす。
「掴まれ!!」
彼が叫んだ。
そして、私は確かに、彼の手を取ったのだ。
そこまで、覚えている。
「お、お前……」
痛む身体を引き起こして、彼の傍に近寄っていく。
「目が覚めたか?」
こちらを振り返って、ディーンは言った。
しかし、それでも、機械獣から意識を離していない。
油断だけはしないと、言外に語っているようだ。
「ああ、私はどれくらい気絶していた? というか、こいつは……死んだのか?」
「一気に聞くな煩わしい。ほんの二、三分だよ。そして、こいつは――たぶん、死んだよ。俺が壊した」
その言葉に目を見開き、クラウディアは機械獣に目を向ける。
横たわる巨体。
その胸の中央に穴が空いていた。
抉り取ったかのような、巨大な穴だ。
その奥にあるはずの心臓は、もうない。空洞だけが広がっていた。
「ど、どうやって!?」
機械剣も機械銃も、およそ武器の類を装備していないディーンを見て、クラウディアは食って掛かる。
先ほどまで倒れていた筈なのに、ディーンに掴みかかった。
「お、お前、ただの旅人じゃなかったのか!? お前は、なんなんだ!?」
「だから運び屋だって」
「それはもういい!」
「ああ言えばこう言う……まあいい。なぁ、あんた、これは苦戦中ってやつか?」
「ああ! 苦戦中も苦戦中!! 大ピンチだよッ!!」
「ふむ、そうか。なら、そこで見ているといい。俺が、あれを壊す」
視線の先に四足歩行の機械獣を認め、ディーンは表情を変えずに言った。
「ここから先、一歩だって進ませるものかよ」
背後でからんと瓦礫が落ちた。
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