第10話機械の獣
3
そしてまた、どこかで産声が上がる。
カルカソからそう遠くない、崩壊した街から巨大な手が伸び上がる。
崩れた民家から、ずるりと、まるで何かを求めるように空に向かって手を伸ばす。
がらがらと崩れていく。
何もかもが、そこにあった全てが崩れ落ちる。そこに何か、感情のようなものは感じられない。
かろうじて残っていたものも、何の感慨もなく無機質になくなっていく。
瓦礫の山の上で、クラウディアはそれを眺めていた。
白銀の鎧に身を包み、機械の剣を携えて、まるで物語に出てくる英雄のような佇まいで。
だが、この世界に英雄はいない。
もはや滅びるだけが運命である。
だからこそ、生き足掻くのだ。
「行くぞ」
誰にともなく呟く。
呼応するように、手に持つ機械剣がきらりと光る。
機械にアシストされた脚力で、瓦礫の山を蹴った。機械を持って機械を制する。鉄鋼の騎士の戦い方だ。
耳を劈くような音が鳴り響く。
生まれ始めた機械獣に突進した。
機械人が死んでも、機械獣は死なない。
例えその心臓が止まっても、機械の心臓(エンジン)は止まらない。
機械人が死んだ後も、機械の心臓は動きを止めない。
そこかしこにある沢山のものを食って、食って食って、まるで貪るように捕食を繰り返して、巨大な獣ができあがる。
そこにどんな法則があるのかさっぱりわからない。
だが、機械獣が機械を求めているのははっきりとわかっている。
例えその進路上に何があろうとも、轢殺して進むだけだ。
だからこそ、目の前の人間を殺し、その身に纏う機械の塊を自らの肉にする為に、機械の獣は動き出す。
がらがらと廃墟を突き崩し、その巨体が姿を現した。
それは巨大な人型を、瓦礫、機械でモザイクのように覆った人型だった。
その目前、目と鼻の先。
そこにクラウディアはいた。
手に持つ機械剣を振りかざし、力いっぱいに振りかぶる。
白銀の鎧のパワーアシストによって、その力は一般的な女性のものではない。
駆動音が鳴り響く。
爆発音が鳴り響く。
その一撃で、産まれたばかりの機械獣の頭が吹き飛んだ。
ばらばらと部品が辺りに散らばる。
しかし、それだけでは機械獣は動きを止めない。首に当たる部分から血管のようなケーブルが紫電を散らしながら、クラウディアに迫る。
「ッ!!」
落下しながら、まるで木の葉が舞い散るように、鎧の背部に取り付けられた噴射装置(ブースター)を巧みに操る。
ケーブルが紙一重で背後に流れていく。
回転の流れを乗せて、クラウディアは再度、機械剣を叩きつける。
刃が触れた瞬間、ケーブルが寸断され、地面に落下し、地響きを立てる。
瓦礫に降り立ったクラウディアは、足に力を込める。
足場を吹き飛ばしながら、その巨体の遥か上方に飛び上がる。
斬撃一閃。
落下速度に、噴射装置の加速を乗せて、クラウディアの機械剣は巨人を真っ二つに叩き割る。
まるで人の内臓のように、洗練された内部が見える。
整然と並んだ機械部品が、かたかたと駆動音を立てる。
「あれか――ッ!?」
その向こう、まるで肋骨のように配置された瓦礫と家電の隙間。
そこに青い歯車が見える。
ぎゃりぎゃりと耳障りな音を響かせながら、それは回っている。
かつて、動きを止めた歯車は、機械の獣になることによって活性化するのだ。
しかし、それならば止めてしまえばいい。
それだけで、機械の獣は動きを止める。
それでようやく死ぬのだ。
残った表皮がうぞうぞと真っ二つに断たれた傷跡を修復する為に動き出す。
「――その前にッ!」
クラウディアの足が再度地面に触れる。
爆音。
巨体の股を縫って、背後に。
その足を蹴り上げる。巨体の足が、爆発をしたかのように吹き飛んだ。
膝を突く巨人。
腰、背中、肩を、それぞれ蹴って、さらに上昇。
その度に爆音が響き、それぞれの箇所が吹き飛んでいく。
すでに彼に移動手段はない。
故に――
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
裂帛の気合と共に、クラウディアは心臓の正面に降り立つ。
がっ、と、肋骨に足を突き立てる。
そのまま、両手で剣を振りかぶると、真正面から心臓に突き立てた。
それでも回ろうとする歯車を、力で押さえつけるようにして、無理やり止める。
まるで苦しんでいるかのように、歯車は回ろうと必死に足掻く。
ぎゃりぎゃりと不快な音が辺りを包み。
そして、歯車にヒビが入る。
ぱき、と小さな音が響き、びくんと痙攣したかと思うと、光を消した。
もう巨体は動くことはない。
そこにあるのは、死体と同じ。
がらがらと崩れる瓦礫と同じ。
「終わった、か……」
クラウディアは額に浮いた汗を拭うと、立ち上がる。
その足元に、先ほど殺した機械獣がいる。すでに動く気配はない。
「しかし」
と、クラウディアは顎に手を当てる。
「ここ最近、妙に機械獣の発生が多い」
少し前から感じていた違和感だ。
たった数日の内に二体もの機械獣と相対することなど、これまであったことがない。あったとしても、一月に一回程度だ。
しかし、現実にこれは起きているのである。
「いったいどうしたんだろう」
少し前は、機械獣一体に対し、五人以上で戦えるのが普通だった。
けれど、今ではそれは不可能に近い。
この大量発生の所為だ。
大量発生と言っても、機械獣は、もとは人間である。
それなら数にだって限りがある筈なのだ。だと言うのにこれだ。
何かがおかしくなっている。
これまでも、今までも、今まで以上に人間は滅びに進んでいる。
「……」
死ぬわけにはいかないのだ。
そっと、ポケットから小さな手紙を取り出す。
少しだけくしゃくしゃになってしまったけども、そこにあったのは自分を気遣う言葉ばかり。
きっと、優しい人なんだろうと思う。
自分の見たことのない、自分の祖母を名乗る人物からの手紙。
会ってみたいと、思う。
会いたいとも、思う。
だから負けてられないのだ。
4
「あったよあった。これこれ」
ぼやきながら、ベゼルはその手にのっぺりとした人工皮膚を持って現れた。
「……ベゼル君、何かちょっと色が違うみたいなんだけど」
確かに、ディーンの肌の色と比べると、似ているが少しだけ明るい。
「それはしょうがないだろう。こんなもの、どこへ入ったって品薄なんだ。似た色があっただけでもありがたいと思って欲しいよ」
もはやベゼル君と呼ばれることは諦めたのか、小さくため息を吐きながら面倒そうに返した。
「そら」
乱暴にその人工皮膚を投げ渡すと、アディに向けて手を差し出した。指を折り曲げて、ちょいちょいと揺らしている。
行動の意図を探るように、アディは首を傾げた。
「えっ、と?」
「……君の欲しいものはどれだよ。清算するから渡してくれ」
「う、うん」
がちゃがちゃざらざらと、工具類に整備用の油、機械部品、その他諸々がカウンターの上に積まれていく。
あっという間に、アディの目の前に山が出来上がる。
「お前、金……」
無表情のまま呆然とした雰囲気で、ディーンは懐事情を気にする。
「しょ、しょーがないでしょ! 買うもの買ったらこうなるんだから」
それはわかる。わかるのだが、こうして目の前に積まれていくと、圧巻でしかない。
しかもその金は、今まで稼いだ分から出るのだ。
とは言え、そうは高くならないだろうと思っている。
何故ならここは機械を扱うのが日常なのだ。
ならばこそ、それなりの値段でなければ売れないだろう。
稀に異様な値段を吹っかけられたことも、一度や二度ではない。
文明が消滅したに近い状況であっても、金の利便性はなくならない。
手軽で持ち運びやすいし、それでいて何でも物々交換できる。
金は偉大である。
「それなら、うん」
珍しい電子計算機のボタンをぱちぱちと押しながら、ベゼルは計算していく。
暗算、計算なんかよりもよっぽど早く答えが導き出される。
「これくらいかな」
ぱ、と計算機のモニタをこちらに突き出して、その金額を示す。
「じゅ、じゅうごまんコーム……」
確かに。
確かに、それならば安いだろう。
闇市や裏の市場で機械部品を買うとなれば、これの優に十倍はするであろう。
しかし、屋台の串焼きならば千五百本は買える。
つまり、それを買うとなると、生活が苦しくなるのは目に見えている。
ディーン自身、食べなくても平気な身体であるのだが、アディはそうはいかない。
彼女は、やっぱり、ただの人間なのだから。
「なぁ、やっぱ――」
そう告げかけた所で、アディの腕がディーンの唇を遮る。
「か、買います」
震える声で、言った。
見積もれば、未来を見れば、安いもの。
現在よりも明るい未来を夢見て。
と、いうか、そうしなければやっていけない。
「そう。毎度」
じゃらじゃらとカウンターに置かれていくお金。
軽くなっていく財布。
そこそこに食いしん坊を自覚しているアディは、少しばかり泣きそうになるのを堪えた。
5
「ところで、僕はずっと君のことが気になってたんだよ」
金額を数えながら、ベゼルはディーンに、顔を向けることなく言った。
「俺か?」
「ああ、君以外誰が……と、一人いたか。まぁいい。彼女は僕の興味の対象外だ。今は、君だ」
その言葉に、視界の隅でアディがほほをぷくーっと膨らませるのが見えた。
「君は、人間じゃないだろう?」
「今更言うことかよ……」
「ああ、違う、そうじゃないよ」
ぱちん、と、電子計算機にボタンを弾く。
お金を纏めて、じゃらじゃらと袋に詰め込んで、ようやくベゼルは顔を向けた。
そこににやけたような表情を乗せて。
「君、全部機械だろ?」
やっぱり気づいてたか、と思うディーンの傍らで、アディは顔を青く染めている。
機械人がどれほどいようが、それは、完全に機械ではないのだ。完全に機械になってしまえば、人は意思のない獣に成り下がる。
それが常識で、それが必然だ。
だからこそ、完全な機械であることは知られてはいけないことだとわかっていた。
それは人でなく、獣と道理だからだ。その理解もしていた。
「え、お兄……ぇ?」
「勘違いしないで欲しいな。僕は彼に、別に何かしようってわけじゃないんだ」
片眼鏡の奥の、ガラス球の瞳が、微かな駆動音を発して、二人の顔を見渡す。
「僕は興味があるだけだよ。そこのお兄さんは何者なのか、どうしてそんな身体なのか、少し興味があるのさ。機会があれば分解なんかもしてみたいけど、それはきっと許しちゃくれないだろう?」
膨れた頬を見せながら、アディは力強く頷いた。
「だろうね」
言って、ベゼルは嘆息した。
最初からその返答はわかっていたのだから。
「じゃあ、代わりに聞かせて欲しい。さっき断定しちゃったけど、確認してないから。君は、機械?」
「ああ」
と、ディーンは短く答えた。
その時であった。修理したてのラジオから、けたたましい警報音が鳴り響く。
おそらく、店の外からも。
流れ出す音声。
――――そして悲鳴。
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