第8話君への届け物
6
翌朝。
早朝の宿屋前で、クラウディアに再開した。
騎士甲冑のような白銀の鎧も、機械剣も所持していなかった。
まったくの私服姿で、まるで待ち伏せでもしていたかのようなタイミングで、彼女は角から現れたのだ。
「おはよう」
「……おはよう。昨日振りだな」
朝早いんだな、と訝るような視線を向ける。
それを気にする素振りもなく、クラウディアは鷹揚に頷く。
「ああ、よく眠れたか?」
「悪くは、なかったな」
「それはよかった」
自分のことを褒められたかのように、クラウディアは小さく微笑んだ。
「……どうしてここだと思ったんだ?」
「私がどこに住んでいると思っているのだ。ここは私の住処であり、守るべき場所なのだ。知らない所も、詳しくない所もあんまりないさ。この都市の中なら、私は目を瞑っていたって歩けるぞ」
それは言い過ぎだろうとディーンは思う。
ふふん、と自慢げに胸を張って言うクラウディアに、ディーンは小さく、そうか、と返す。
「つまり外部の人間がどこに泊まりやすいかなんてのは、簡単にわかると言うことさ」
「……まぁ、それはいい。いったい何の用だよ?」
コキコキと肩を鳴らして伸びをしながら視線を向ければ、クラウディアは小さく笑みを浮かべていた。
まるで楽しいことでも見つけた子供のようだ。
「何を言う。忘れたのか? お前は昨日、私に届け物があると言っていたではないか。それを受け取りに来たのだ」
「……なるほど。それはわかった。ああ、確かに言ったのも俺だ。だけどな、こんな早朝から来る必要がどこにあるよ」
街は未だ、朝の眠りから醒めていない。
小さな静寂に満ちている中、二人の声がやたらと大きく響く。
ぎしぎしと歯車は回り、小さく蒸気が噴出す音が聞こえる。
きこきこと機械は回り、朝を告げる鐘を鳴らした。
「この時間が、一番仕事も入らないし丁度いいんだ」
暗に、お前らのように暇じゃないとでも言っているのだろうか。
別にそれは否定しない。自分が暇な人間であることは、ディーンが一番よくわかっているのだ。
「そうか。ちょっと待っててくれ。荷物を取ってくる」
「ああ頼む。ところで、それはいったい誰からの荷物なのだ?」
背を向けたディーンに、クラウディアは声をかけた。
「あんたの知らないお婆さんからだよ」
宿屋のドアを開けるディーンの背中を見詰めながら、クラウディアはただただ首を捻るだけだった。
「ほら、これだ」
未だ寝ていたアディを起こさないように手紙を持ち出した。
まだ目を瞬かせていたクラウディアに向けて、それを差し出す。
小さなそれには、確かにクラウディアの名前が書かれているのが、すぐに見て取れた。
「確かに私の名前だ。これを、どこで?」
「トゥルデって町を知ってるか?」
尋ねた町名に、クラウディアは首を振った。
「いいや、知らない」
「ならいい」
しばし首を捻るようにしていたクラウディアだったが、やがて考えても無駄と思ったのか。
「……まぁいいか。これは貰っておく。報酬なんか、払った方がいいのか?」
お前は昨日、運び屋と行っていただろうと、目を向ける。
しかしディーンは首を振る。
「いいや。それは依頼主から貰ってるよ。俺がしてるのは、その想いを誰かに届けることだけだよ」
「そう……そうか。うん、ありがとう」
と、言って、クラウディアは微笑んだ。
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