第8話君への届け物






 翌朝。


 早朝の宿屋前で、クラウディアに再開した。

 騎士甲冑のような白銀の鎧も、機械剣も所持していなかった。

まったくの私服姿で、まるで待ち伏せでもしていたかのようなタイミングで、彼女は角から現れたのだ。


「おはよう」

「……おはよう。昨日振りだな」


 朝早いんだな、と訝るような視線を向ける。

 それを気にする素振りもなく、クラウディアは鷹揚に頷く。


「ああ、よく眠れたか?」

「悪くは、なかったな」

「それはよかった」


 自分のことを褒められたかのように、クラウディアは小さく微笑んだ。


「……どうしてここだと思ったんだ?」

「私がどこに住んでいると思っているのだ。ここは私の住処であり、守るべき場所なのだ。知らない所も、詳しくない所もあんまりないさ。この都市の中なら、私は目を瞑っていたって歩けるぞ」


 それは言い過ぎだろうとディーンは思う。

 ふふん、と自慢げに胸を張って言うクラウディアに、ディーンは小さく、そうか、と返す。


「つまり外部の人間がどこに泊まりやすいかなんてのは、簡単にわかると言うことさ」

「……まぁ、それはいい。いったい何の用だよ?」


 コキコキと肩を鳴らして伸びをしながら視線を向ければ、クラウディアは小さく笑みを浮かべていた。

 まるで楽しいことでも見つけた子供のようだ。


「何を言う。忘れたのか? お前は昨日、私に届け物があると言っていたではないか。それを受け取りに来たのだ」

「……なるほど。それはわかった。ああ、確かに言ったのも俺だ。だけどな、こんな早朝から来る必要がどこにあるよ」


 街は未だ、朝の眠りから醒めていない。

 小さな静寂に満ちている中、二人の声がやたらと大きく響く。

 ぎしぎしと歯車は回り、小さく蒸気が噴出す音が聞こえる。

 きこきこと機械は回り、朝を告げる鐘を鳴らした。


「この時間が、一番仕事も入らないし丁度いいんだ」


 暗に、お前らのように暇じゃないとでも言っているのだろうか。

 別にそれは否定しない。自分が暇な人間であることは、ディーンが一番よくわかっているのだ。


「そうか。ちょっと待っててくれ。荷物を取ってくる」

「ああ頼む。ところで、それはいったい誰からの荷物なのだ?」


 背を向けたディーンに、クラウディアは声をかけた。


「あんたの知らないお婆さんからだよ」


 宿屋のドアを開けるディーンの背中を見詰めながら、クラウディアはただただ首を捻るだけだった。







「ほら、これだ」


 未だ寝ていたアディを起こさないように手紙を持ち出した。

 まだ目を瞬かせていたクラウディアに向けて、それを差し出す。

 小さなそれには、確かにクラウディアの名前が書かれているのが、すぐに見て取れた。


「確かに私の名前だ。これを、どこで?」

「トゥルデって町を知ってるか?」


 尋ねた町名に、クラウディアは首を振った。


「いいや、知らない」

「ならいい」


 しばし首を捻るようにしていたクラウディアだったが、やがて考えても無駄と思ったのか。


「……まぁいいか。これは貰っておく。報酬なんか、払った方がいいのか?」


 お前は昨日、運び屋と行っていただろうと、目を向ける。

 しかしディーンは首を振る。


「いいや。それは依頼主から貰ってるよ。俺がしてるのは、その想いを誰かに届けることだけだよ」

「そう……そうか。うん、ありがとう」


 と、言って、クラウディアは微笑んだ。






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