第7話鋼の街、その名はカルカソ
4
クラウディアの紹介もあり、城門の中には易々と入ることが出来た。
私は報告に向かう、それだけを残し、クラウディアはどこかに行ってしまった。
「ここが鉄鋼の街……」
「カルカソと言うらしい」
周囲から引っ切り無しに蒸気と機械音が鳴り響いている。
そう、機械の音がするのだ。
歯車の回る音。
蒸気の流れる音。
機関(エンジン)の排気音。
あちこちの四角い家々には機械の補助を受けた人々が顔を覗かせているのがわかる。
「へぇ……ここならバイク、隠さなくてもいいかもね」
「ああ、燃料も、手入れの道具も手に入る。もう随分長いこと取り替えてないからな。貴重なこった」
「そだね。お兄! じゃあご飯食べに行こうよ!」
「おい」
その後に続く言葉は何時もの言葉。
「俺は食べられないんだから――」
「だから私がお兄の分も食べるんだよ!」
にっこりとアディは笑った。
仕方がないな、とディーンは手のひらを返した。
ぶらりと、当てもない街の探索に乗り出すのだった。
「……あ」
宙を仰いで、ディーンは額に掌を当てる。決して太陽が眩しかったからではない。
「どしたのお兄?」
不思議そうにアディが覗き込むと、搾り出すような声を漏らした。
「クラウディアに荷物届けるの忘れてた……」
「お兄、時々抜けてるよね」
くすりとアディは笑った。そこにある人間的な部分を喜ぶように。
まだ人間だと確信できるのが嬉しいと。
「うるさいな」
不貞腐れたようにディーンは唇と尖らせた。
ざわついた店内。
ノイズ交じりにラジオが音を立てる。
「……むぅ……これも中々……」
小さな酒場でアディはお皿に盛られた料理に舌鼓を打つ。
久しぶりに機械で作られたご飯を食べる。
コンロやレンジ、水道だってある。
生活を豊かにする為に作られた道具たちが、その役目を正しく果たしているのだ。
「おい。あんま美味しそうに食べるな羨ましくなるだろ」
「いいの。お兄は私を見て美味しそうだって思ってくれれば」
「自分で食うのとそりゃ違うだろ」
「私がお兄の代わりに食べてあげるからさ」
その通りだと思うが、自分は食べることが出来ないのだから仕方がない。
「あんた、いい食べっぷりだね。おばさん嬉しいわ」
と、何時の間にか近くに来ていたのか、酒場のおばさんが話しかけてきた。
コトン、と何かの肉料理の乗ったトレイをテーブルに置く。
腕捲りをしていた彼女は、よく見るまでもなく、その腕は鋼鉄で出来ていた。
機械人だ。
アディは思わず目を丸くした。
機械人となった人間が普通に生活を営んでいる姿を見るのは初めてだったのだ。
「それ……」
震える指先で、行儀が悪いと思いつつも指差してしまう。
「ああ、これかい?」
と、彼女は両腕を身体の前でぷらぷらと振るう。
まるで、そこに何の重みも感じていないかのように。
「どうして……?」
「お譲ちゃん、不思議かい? でもね、ここでは当たり前なんだよ。ほら、周りを見てみなよ」
言われ、周囲のテーブルを見渡すと、今まで意識していなかったが、そこかしこに身体の一部を機械で覆った人間がいる。
足が鋼鉄なのも、
顔面の半分が鋼鉄なのも、
両手が鋼鉄なのも、
珍しくないくらいに、いる。
そこに悲壮感は欠片もない。普通に生きている人間と同じく、笑って飲食を行っている。
「ここじゃ、当たり前なんだよ。なんてったって鉄鋼のお膝元なんだから。あの人たちはすごいさ。何てったって機械を自分たちで制御出来てるんだからさ」
そこに住んでいる自分を誇るように。
ここに住んでいると胸を張るように。
おばさんは力強い声で言った。
「そこの兄さんも、私らと一緒なんだろう? 臭いでわかるさ。ここならそんな包帯やコートで身体を隠さなくっても生きていけるんだよ」
言って、にかりと笑った。
「でも、怖くないの?」
自分の身体が少しずつ機械に置き換わっていく現象。
それが彼女たちは怖くないのだろうか?
ここにいる人たちは笑っているけれど、何時か完全な機械になる。
そして、機械を食べて大きくなって、壊れるのだ。
怖くないのだろうか?
「怖くなんてないよ。言っただろう? ここは鉄鋼のお膝元なんだ。機械を御しているあの人たちは、私たちのことを保証してくれるんだ。機械になったって、助けられるだけの技術があるのさ。だから私たちは笑っていられるんだよ。それに、これも慣れれば悪くないもんだよ。力仕事なんかの時は特にさ」
笑って、おばさんは手を振って酒場の奥へと消えていった。
新たに追加した料理に箸を伸ばしながら、アディはディーンを見やる。
おばさんが来るまでと、表情は変わらない。
先ほどの話を聞いていたのにも関わらず、コートや包帯を外してもいない。
「いいとこだね」
「そうか?」
疑問符を付けるように、ディーンは首を傾げた。
本当にそうなんだろうか、と心中思う。
本当に、機械化した人間を助けられるのだろうか?
と思う。
それが本当なら、どうして放っているんだろうとも思う。
さっき聞いたように、力仕事なんかに便利だからだろうか?
どっちにしろ。
「俺には関係ないな」
「そだね」
5
白い部屋。
調度品も、ソファも、ベッドも、何もかもが白く、精練されている。
それに似つかわしくない、がちゃがちゃとした異音。
歯車のかみ合う音がする。がちゃ、と一際大きな音が鳴ったとき、時計から、かつて鳩と呼ばれた生物が飛び出した。
クラウディアはその異質なフォルムに身震いする。
この時計と言ったら、何時もこれだ。
無機質に「ぽっぽー」と言う音を響かせる。
見たことがない生物の模型が、聞いたこともない音声を流す。
そしてまた一時間後に同じように。
どうしてこんな気味の悪いものを飾っているのか、クラウディアには理解出来なかった。
「それで?」
「あ、はい」
鳩時計に気を取られていたクラウディアは、改めて目の前の――白いデスクに腰掛ける――男に目を向けた。
金の髪を丁寧に撫で付けた、片眼鏡をかけた、神経質そうな男だ。
その身体には白と金の美麗な法衣を纏っていることをクラウディアは知っているが、ここからでは精々、胸から上しか見ることが出来ない。
その男に対し、姿勢を正すと、クラウディアは報告に入る。
「先ほど、と言っても小一時間ほど前ですが、討伐に向かった際『墓地』にて奇妙な人物を発見。目的の機械獣に追われているところ、これを保護しました。二人組みの兄妹で、兄は機械人。妹の方には見る限り異常なく、普通の人間のようでした」
「ほう……ただの人間と機械人が、あんな所で」
男はため息混じりに、両手を顔の前で組み直した。
たら、と汗が頬を撫でるのをクラウディアは感じていた。
「それが妙なことに、彼らは駆動機械を所持していました」
「駆動機械。それは確かに妙だな」
駆動機械のほとんどは機械獣に食べられてしまった。
現存するのは僅かである、と言うのが現状だ。
その僅かも、この鉄鋼の内にある。確かに世界中に目を向けていたとは言い難いが、それでも終ぞ見つけられなかったそれを駆る兄妹は、確かに奇妙だと言えるだろう。
「現在はこの街に」
「それは確実か?」
ええ、と頷いて、クラウディアはポケットから小さな四角い機械――発信機と言われているもの――を取り出した。
小型のものと対になっているそれは、小さなモニターに今も小さな点を落としている。
ぴ、ぴ、と小さく鳴るのは、電波が滞りなく送られている証拠。
位置――宿屋。変化なし。
「この通り」
「確かに、引き続き監視は継続する方向で頼む」
「了解」
言って、小さく一礼。
クラウディアは踵を返すと部屋から出て行く。どうして監視をしなくてはならないのか、その理由はわからない。
しかしそれでも、クラウディアは従うだけなのだ。
そういう道を自分で選んだから。
その後姿を見送って、男は小さくため息を漏らした。
「駆動機械を駆る兄妹か……まさか、な」
まさか、と男は言うが、彼はその正体を知っている。
そして、彼を破壊するか、取り込むか、どちらかを選ばねばならないことも、だ。
――――彼は危険なのだということ。
そのことを、彼はよく知っている。
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