第6話城塞都市
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鉄鋼の騎士団。
何時からか各地で囁かれるようになったその名前。
機械を恐れず、機械を使い、機械の獣を打倒する集団。
ディーンも噂程度なら聞いたことがある。
彼らは機械を恐れない。彼らは機械を乗りこなし、機械を使いこなす。そして、希望でもあると。
人間は機械を恐れる。
それは仕方がないのだ。
機械を持っていれば、機械の獣はそれを目指してやってくる。
人間の成れの果てが、自分たちを押し潰しにやってくるのだ。
それは耐え難い恐怖である。
しかし、それを打倒する。
何時か機械病が消えることを。
そして被害を出さないよう活動し、実際に成し遂げているのだ。
まるでヒーローのようだ、とディーンは話に聞いて思ったのだ。
「無事だったか?」
先ほどまでの戦闘などなかったかのように、少女はディーンに視線を向ける。改めて見ると綺麗な人だと思った。
先の所業が、まるで嘘だったかのように思える。
その手に持つ剣が、身に纏う鎧が、それを事実だったと投げ掛けてくるが。
「……ああ。助かったよ」
「ふむ。無事ならいい。そっちの少女は……」
アディに視線を向けると、ぐるぐると目を回して気絶していた。
その身体に、土埃を被っているものの、目に見える傷は欠片も存在しなかった。
「無事、のようだな。ならよかった……」
ぱちくりと目を瞬かせながら、ほっとしたように息を吐く。
「私は鉄鋼の騎士、クラウディアと言う。お前たちは」
逡巡するように、奇妙なものを見るかのように、ディーンの跨るバイクに目を移す。
機械であるバイクを使うものなど、この世界にはもう――誰もいないと言ってもいいくらいには――いないだろう。
「――ただの旅人、と言う訳ではなさそうだな。答えて欲しい。お前たち、何故このような場所にいる?」
「このような場所……?」
呟き、ディーンは周囲を見渡した。
寂寥とした風が吹くのは相変わらず、どこへ行っても変わらない。
しかし、ディーンの嗅覚は明瞭にその臭いを捕らえていた。
錆びの臭いだ。
それも、鉄の錆びた臭い。
決して人間の血液なんかの臭いじゃない。
よく目を凝らして見れば、岩石だと思っていたものは鉄の塊だ。モニターやケーブル、剥き出しのエンジンや小さな箱、幾つものそれが突き出し、横たわっている。
「ここは、墓場みたいなものだ。だから、よく奴らがやってくる。もはやそれは止めようがないのだ」
だから私のようなものがいる、とクラウディアは言う。
「確かに、この量はちょっと動かせそうにないな」
辺り一面にどれだけの機械が存在するかわからない。
これをどうにかするならば、この周辺一帯を吹き飛ばすしかないだろう。
そのようなことができるはずもない。
周囲を見渡した後、ディーンはクラウディアに視線を戻した。
「……なぁ、あんた」
小さく呟くような声だった。
しかし、そこにあるのは疑問と納得。
聞くまでもないことを、今、聞こうとしているのだ。
「どうして、あんなに簡単に、あいつを倒せたんだ?」
言外に、あれは元々人間だっただろうに、と語っている。
だが、それは、もはや人間ではないことを認めているのだ。
「あれを放っておけと言いたいのか、お前は?」
「そうじゃない」
「まぁ、わかっているさ。あれはすでに人間だったものだ。だが、今は生きているものに危害を加える無機物に他ならない」
嘆息。
クラウディアは言葉を切る。その中には、はっきりとした決意を見ることが出来た。彼女は、彼女なりに頑張っているのだと理解出来た。
だからディーンも言葉を切った。この話題はもうお終い。
「さっき、どうしてこんな場所にいるのかって聞いてたよな?」
「ああ」
「あんたは、鉄鋼の騎士団、クラウディアで間違いないな」
「その通りだ。それに、私は嘘は嫌いだ」
「そりゃよかったよ」
安堵して、ディーンはポケットに手を突っ込む。そこにあるのは宛名の書かれた紙だ。
「俺は運び屋のディーン。鉄鋼の騎士クラウディアに荷物を届けにきたんだよ」
言って、ぽん、とバイクの後部に存在する荷物入れを叩いた。
3
「あれが……」
呆然と呟いた声に、手を腰に回したクラウディアが答える。
「そうだ。あれこそが我らが誇る城砦。鋼鉄都市、カルカソだ」
荒野の向こうに、突如として現れたのは巨大な城壁だった。
口振りからその中に都市があるのだろうが、この場所からでは城門以外には何も見えない。
堅牢な城は、たとえ機械獣と言えど壊すのは容易ではないことを如実に知らしめている。
「――っ!? お兄っ!?」
「気が付いたか?」
そこでようやく妹は目を覚ました。
ディーンは一先ず安堵する。
目を白黒させて状況の把握に手一杯の様子だ。
きょろきょろと辺りを見回して、機械獣の脅威がなくなったことを理解して、アディは小さくため息を吐いた。
「よかったぁ……お兄、逃げ切れたんだね――」
「ああ、逃げ切れたと言うかなんと言うか」
歯切れ悪く言葉を濁すディーンを、アディは見て、そして目が点になった。
兄の後ろに、兄に密着する姿で、明らかに機械で出来た剣を腰に差した女がいる。
その女は、アディの記憶が正しければ会ったことはないのである。
そんな人物が、兄の後ろに乗っている。これは由々しき事態である。
「お、お兄!? え、だ、誰っ!? って言うかそこ! 私だって座ったことないのに――ッ!?」
指差し叫ぶアディに対しディーンは。
「うるさい」
と小さくため息と漏らした。
「……ふむ。お前は気絶していたな。では改めて自己紹介しようか。鉄鋼の騎士、クラウディアと言う。訳あって街から出ていたのだが……用事が片付いたのでな。道案内がてら同行させて貰っているのだ」
目を真ん丸にして驚くアディ。
「て、鉄鋼の! なんでまたそんなのがお兄と一緒にいるのよ……」
ジト目でディーンを見つめると、知らぬとばかりに首を振った。
「さっきの巨人、あれ倒してくれたんだよ。お礼がてら、な。それに何より届け人だ」
ほら、とアディに見えるように宛名書きを見せる。
確かに、クラウディアとそこに明記されているのが見えた。
膨れっ面をさらしたまま、それでも一応の納得をしたのか、アディはシートに深く倒れこんだ。
「なぁんだ……で、でもお兄! そこに乗せることないじゃん!」
「お前がそこにいただろうが。ここ以外なかったんだ」
「それはそうだけどさぁ……」
納得は出来るけど、納得出来ないと言った複雑な表情でアディはうな垂れた。
小さな笑い声が風の中聞こえた。
「ふふっ」
「何よぉ……」
ディーンに向けていたジト目をクラウディアに向ける。
「いや、失礼。随分と仲が良いのだと思ったのでな。気を悪くしたのなら謝ろう」
「とーぜん! だって私はずっとお兄と旅してきたんだから!」
それだけは確かに胸を張って言えることなのだ。
この砂塵の荒野で、ただそれは確かなことなのだ。
「ほら、もう間近だぞ」
ディーンが正面を指をさした。
巨大な城門と巨大な城砦が大きく広がっている。
堅牢な城のように、周囲をぐるりと囲む様は圧巻だ。
あまりにも巨大過ぎるそれ。まるで壁のようにさえ見える。
もう目と鼻の先だ。アディはぽかんと大きな口を開けて、停止した。
一時。
再起動。
「で、でっかぁ――い!」
荒野に大きな声は木霊する。
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