第5話旅立ちは騒がしく




 機械の心臓(エンジン)ががなり立てるように吼えた。


「きゃっ――あ、あああああああああああああああああああああああああッ!?」


 道行くもののない荒野に、甲高い叫び声が木霊する。

 バイクの音と折り重なったそれと、破砕音。

 砂と岩を砕くように進んでくる巨大な人型――機械獣。

 機械の獣にして人間の成れの果て。

 まるで世界に存在する様々な機械を出鱈目に組み合わせて、無理やり人型に嵌められたそれは、巨大で、速かった。

 キャタピラの足を駆使して、ただひたすらに、目の前の機械を追っている。

 そしてその機械に乗っているのがディーンとアディの二人である。


「ちょっとちょっと! お兄!! あれッ! なんとかならないの!?」

「うるさい黙れ舌を噛む」


 苦虫を噛み潰したように顔をしかめて、ディーンは運転に集中する。

 凸凹した道には、流砂も岩石も存在するのだ。


「そんなこと言ったって――ひゃあっ!?」


 あんまりな物言いに反論しようとした瞬間、地面の岩礁に乗り上げ、バイクは大きく跳ね上がる。

 巨人の腕が大きく振るわれ、アディの髪を掠って過ぎていく。

 重力に身を任せ落下、着地、小さくバウンドして持ちこたえる。

 再度加速。


「い、や! だ、ってお兄、あれ、なんとか出来るじゃないのっ!?」


 縋るような目をディーンに向ける。

 ぎしりと、機械の心臓(エンジン)が軋みを立てる。

 まるでそれをしろと命じるように、バイクが唸るのだ。


「出来るだろうがっ――したくない」


 それをするとなると、確実にアディは落ちる。

 何百キロで進むバイクから振り落とされたとなれば、ただではすまない。


「知ってるけども!!」

「なら言うな」


 二度三度、巨大な手が振り下ろされる。

 ばらばらと飛び散る、かつて電化製品と呼ばれていたものたち。

 ジグザグにバイクを走らせながら、目的地までの道を考える。

 カルシアから新たに受けた依頼から思うに、あと半日も飛ばせば着くだろう。

 だが、そんな長時間追いかけっこを繰り広げるような真似はしたくない。

 燃料は有限だし、そのまま街に駆け込めば大事だ。


「じゃあどうするのよ――――!!」


 瞬間、目の前に現れた岩石。

 慌てて回避した。

 すれ違いざま、ディーンはそこに人間がいたのを確かに見ていた。


「――――ッ!?」


 見間違える筈がない。

 それは確かに人だった。

 長い金髪が荒野の風に揺れる。

 岩石を蹴る、小さな音が、この騒音の中、やけに大きく聞こえた気がした。


「きゃっ!?」


 バイクが横滑りして粉塵を巻いて止まる。


 捲れあがる眼帯。


 即座に、その機械化された視力が人影を捕らえた。


 小さなそれが、自分の何倍もある巨人に向かって、低く、低く駆け抜ける。

 尾を引くように機械の剣を振りかざし、白銀の鎧を纏った――少女が駆ける。

 巨人の腕が薙ぐ。

 飛び散る雨のような機械の山。


 駆ける。


 当たりはしない。

 一切合切を振り切って、少女の速度は止まらない。

 ただただ真っ直ぐに駆け抜けて、その剣を翳す。機能美を追求した流線。飛び上がる。


 人間ではないような脚力。


 勢いのままに加速する。近接。巨人の身体から電化製品を撒き散らし、コードが伸びる。

 一線のままに切り伏せ、散らばったコードを足場に駆け上る。

 見たまま、狙いは明白。

 その一刀はまるで流星。

 流れるがまま、巨人の胸を割った。

 かたかたと揺れる歯車。しかし、躊躇いはない。返す剣で、断ち切った。

 巨人の瞳が光を失うと同時、崩壊する。


 ぼとぼとと流れ落ちる機械の中で、その少女だけが輝いて見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る