第2話荒野の街






「ん~! お兄! これおいしいよ!」


 歩きながらアディリア――アディは手に持った串を齧りながら、幸せそうに笑った。砂モグラの串焼き。先ほどこの町の屋台で買ったものだ。


「はいはい。どうせ俺は食えないからな……嫌味かお前」


 少々不貞腐れたように、ディーンは返した。


「ううん。素」

「なお悪いわ」


 頭に置いたゴーグルそのままに、二人は街中を歩いている。

 ざくざくと砂と岩の混じった街道を踏みながら、ぶらりと探索をしていた。

 まるで廃墟のような町だった。

 テントが立ち並ぶ住宅街。少し抜ければ崩れたビル群。人々は、すっぽりフードを被って暮らしている。

 どこか暗い雰囲気はあるものの、しかししっかりと足をつけて生きている。

 街中をじっと観察すると、やはりここもか、とディーンは思う。

 行きかう人々も料理をする屋台も。町の中に機械はなかった。駆動音も、何も聞こえてこない。

 あるのは賑やかな喧騒の声だけだ。

 それは当然なのだ。

 人は機械を恐れる。機械が、怖い。それが、今となっては当然のことなのだ。


「それにしても、この中から目的のお婆ちゃん探すの、ちょっと手間じゃない?」

「いつものことだろうが」


 ディーンは軍用コートのポケットに手を突っ込み、小さな小包を取り出した。中に何が入っているのか詮索は無用。

 運び屋は、ものを運ぶだけだ。


「『トゥルデの五番街 カルシア・カーネット宛』か……」


 勿論、ここがその町なのかの保障はない。さらに言えば五番街がどこなのかもわからない。けどそれはいつも通りだ。いつものように、見知らぬ町の見知らぬ誰かの荷物を渡す。それが二人のやっている運び屋だ。


「うん。町の名前はあってるみたいよ?」


 と、アディが言う。


「よくわかったな」

「これ買ったとこのおっちゃんが言ってたのよ。『砂モグラの串焼きと言やぁ、トゥルデの名物だ!』ってね」


 そのおっさんの真似だろうか。アディはコートに包まれた両手を振り回して、串を突き出す。

 すでにそこには砂モグラの肉はない。


「でも五番街ってのはわからないんだよねぇ」

「それはいつも通りのことだ。むしろ送り先を間違えなかっただけ幸先がいいと言えるよ」


 肩を竦めてディーンは思い出す。


「懐かしいなぁ。二人で運び屋を始めた頃は、迷った挙句全然違う町について、結局送り届けるまで一ヶ月もかかったっけ」


 その時のことはよく覚えている。

 荒野を彷徨って、ようやく辿り着いた町は、求めていたものとまったく違う場所で。

 さらに言えば目的地から随分と反れていたみたいで、燃料も食料もかかったし、何より疲れた。


「あんなの、もうごめんよ」


 ぶすっとした表情でアディは返した。












 五番街は案外すぐに見つかった。

 アディがさらに串焼きを求めて、そこの店主に聞いたのだ。自分でわからないなら人に聞く。それが一番だというのは仕事の中でわかっている。

 現地人の言葉は何よりも頼りになるのだ。

 しかし、そこの店主は妙におびえたような、影を帯びた表情で言った。


「五番街だァ? お前らなんでそんなとこに用があんだよ」

「仕事だよ」


 ディーンが答えると店主は苦笑いを浮かべる。


「あんな場所に仕事たァ、どうせ訳ありだろうよ」

「ん、届け物に行くの、私たち」


 アディが頷く。


「それも、どうせ碌なもんじゃねぇだろ?」

「それは俺たちにもわからない。勝手に荷物を開けるやつを信用できるかよ」

「ははっ、違いない」


 首を振って、店主は指を指した。

 遠くに見えた、崩れかけのビル群だ。


「あそこだよ」

「なるほど」

「いいか、言っておくぞ。おれぁもうあそこに関わらない。なんて言われるかわかったもんじゃないからな」

「いいよ。それだけで十分だ」


 背を向けて、アディと二人で歩き出す。少し振り返れば、彼は粗野な言葉遣いで、しかし丁寧に接客をし、順調に売り上げを伸ばしていた。


「お兄」

「なんだよ」


 かけられた言葉に視線を降ろすと、アディが見上げていた。


「さっきの人、機械人だったよ」

「知ってるよ。かなり小さいけど、駆動音がしてたから」

「人工皮膚(スキン)……お兄も、そろそろ変え時じゃない?」

「かもな」


 と、頬をかいて言ったのだ。


「ここの先ね」


 とん、とブーツの先で地面を叩いてアディが言った。

 目の前には、人が住んでいるようにはまったく見えない廃墟の群れ。

 言葉を信じるならば、ここがその五番街なのだ。


「やっぱりここも、なのね」


 襷がけのカバンから水を舐めるように飲みながら、アディは影を落とす。

 やっぱりバイクは隠してきて正解だった。


「だろうな」


 今まで何度もあったことだ。

 だからここに住んでいる人たちにも心当たりがある。

 どこへ行っても同じで、どこへ行ってもそうでない場所はなかった。

 端的に言って、ここは廃墟であると同時に『隔離区』だった。


「行こう」


 一歩踏み出した瞬間。

 こつん、と小さな石ころが足元に転がってきた。

 不意に視線を下げた。



「てぇりゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 背後から気勢と共に鉄パイプが、無防備な後頭部に向かって振り下ろされた。

 しかしディーンはうろたえない。

 何故なら最初から『視えていた』からだ。


 僅かな駆動音を立てて、右腕を後ろに回す。

 がきぃん、とまるで金属同士がぶつかり合ったような鈍い音が響く。


「お兄っ!?」


 うろたえたアディに対して、ディーンは大丈夫だ、とでも言いたげにもう片手を振ってやる。

 目を白黒させる背後の存在をそのままに、まるで手品のように鉄パイプを抜き取ると、放り投げた。


「なんの用だよ、あんたら……!?」


 呆然と自らの手を眺めているのは、未だ幼い少年だった。

 だが、普通の少年ではなかった。その両手は機械に覆われ、小さく駆動音を立てていた。


 義手などでは断じてない精巧さを持ったそれは、紛れもなく少年の腕であっ

た。


 だからこそ、少年は信じられない。

 機械の腕は通常の腕と違って、馬力が違う。無茶も効く。

 人間以上の力を出せるのだ。そして、それは人間に対する恐怖の象徴でもある。


 機械病(マシン・シンドローム)。

 それは突如として世界に蔓延した病気である。人の身体が機械に置き換わる。それがどんな原理でそうなるのか誰もわからなかったけれど、それが恐ろしいことは誰もが理解していた。

 自分の身体が、徐々に機械になっていく。螺子が締められ、皮膚は硬質化していき、内臓はいつの間にか食料を必要としなくなっていく。自分が機械に置き換わっていく恐怖は尋常ではない。

 だから人は恐れた。

 機械病の患者を指して人は、機械人(マンマシン)と呼ぶ。

 ディーンが予想した通り、ここは機械病の隔離区なのだ。

 感染性はないにも関わらず、人はその運命を見たくないがために。


「おれたちを殺しにきたのかよ。ほっといたってくたばるんだ。とっとと帰れよ」


 吐き捨てるように言った言葉は、およそ幼い子供の言葉ではない。

 機械病患者は、その身体の全てを器械に置き換えられたとき、生命活動を停止する。それはすでに、機械であって人ではないのだから。

 そして完全に機械になった人は――――獣になる。


「大丈夫、殺しになんて来てないよ」

「じゃ、なんなんだよ」

「人を探しにきた」

「こんな所にかよ」


 吐き捨てるように少年は答える。

 アディが腰を屈めて、視線を合わせると、少しだけ落ち着いたように見える。

 やはり子供の相手は妹(アディ)に任せるに限る、とディーンは思った。

 自分は少々、無頼漢が過ぎる。


「カルシアって人、知ってる?」

「……カルばぁになんの用だよ」


 落ち着いているが、警戒は解かずに少年は言った。


「そんな警戒しないでよ。私たちはただ、荷物を届けに来ただけなんだから」

「……荷物? あんたら……いったいなんなんだよ?」


 ディーンはポケットから小さな小包を引っ張り出す。その宛名に、少年は確かに見覚えがあった。


「俺たちは運び屋だ」

「そ、人と人の想いを繋ぐお仕事だよ」


 にっこりと、アディは普段から想像もできないような笑みを浮かべた。

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