鋼鉄のディーン
鉛空 叶
第1話荒野を往け
暗い。
暗く、熱い部屋で、機械の唸る音がする。
モニターの明かりが唯一、部屋を照らしている。
それはまるで誕生のようで。
それはまるで、おぞましき所業のようで。
部屋の中央。暗がりのベッドの上に、男が横たわっている。
男はまだ幼く、少年と言って差し支えないだろう。全身に衣服はなく、素裸で仰向けに転がっている。
細く、嫋やかなその身体は瀕死と言っても過言ではない。
様々な器具で手術を受けている真っ最中だろうか。
――火花が散る。
――機械音。
――蒸気。
ベッドの脇に男がいた。
男は老人で、最早、死に掛けと言ってもいいくらいには、老いさらばえている。
しかし、しかし、そこにあるのは命を燃やす老人だ。
老人は目を血走らせながら周囲の機械を操作していく。キーボードを叩く手は素早く、淀みなく、しかし注意深く周囲のモニターに目を走らせる。失敗してはならないのだから。
どれだけ時間が過ぎただろうか老人は汗を拭った。
キーボードを叩く手は既に止まっており、後は少し手を動かすだけで終わる。
「もう少し」
しわがれた声で、しかし優しく、意識のない少年に語り掛ける。
「もう少しの辛抱だからな」
少年の髪を撫でる。老人は目を閉じた。
そして決心を固めたようにレバーを握り締める。これを押し込めば全てが終わる。
全部、ようやく。だから。
老人は目を見開いて、
「さぁ、目覚めるのだッ! この電撃で――ッ!!」
暗い部屋に光が舞った。
1
――砂塵を孕んだ風が吹く。
見渡す限りの荒野が広がっていた。
どこまでも続いているようで。果てが見えない。
煌々と照りつける太陽と死を予感させる風が吹きつける。
その風を引き裂くように、荒野の中心を一台の巨大なバイクが駆け抜けていた。
ごつごつとした機械のバイク。
近年、まったくと言っていいほど見る機会のなくなった機械である。
轟音を響かせながら、鉄馬は駆けていく。
その背には少年が一人と、サイドカーにも、肩口で切った短髪を靡かせる少女が乗っていた。二人ともがゴーグルをかけていてその双眸は伺えない。
「――熱い。熱い熱い……なぁ、本当にこっちであってるのか?」
「あってるわよ。依頼者が言ってたんでしょう? 信じましょうよ」
「ってもなぁ……」
少年はじっと片目で荒野の先を見つめる。
もう片方の目は、包帯に覆われていて見ることはかなわない。
しかし、そこには何も見えやしない。見渡す限りの岩と砂だ。
不思議なことに汗一つかいていないその顔を少女に向ける。
「なんもねぇぞ?」
「あるよ。なかったら死ぬだけだよ」
腕組みをしたまま、少女は鼻を鳴らして答えた。
確かに、と少年は納得する。こんな時代だからこそ、人を信じたいのだ。
「ドライだなお前」
「そうでもなきゃ運び屋なんてやってないよ。依頼主の言葉を信じられなかったら、何を信じろってのよ」
それもまた、確かなのだ。
「……と、言ったものの、確かにこう、砂ばっかりだと気が滅入るわ」
少女はゴーグルを外し、久しぶりにその瞳を外気に晒した。髪と同じ、黒い瞳。覆い被せるように傍らに置いた双眼鏡で隠す。
じっと見つめる先に、何かないのかと首を動かす。やがて、ある一点に少女の視線は絞られた。
「あ、お兄、見て!」
少年を兄と呼び、少女は指を向ける。その方向は、現在の進行方向からやや反れた方向だった。
キッとブレーキ音を鳴らしてバイクを止めると、少年は引っ手繰るように双眼鏡を手に取った。
「どれ……お」
片方の目に映ったのは、遠方に見えるビル群だった。
「ね、町よ、町! きっとあそこよ!」
久しぶりに見る町の姿に少女の機嫌がよくなる。
都合五日、自分たち以外の人間を見ていないのだ。
前の町からどれだけ進んだかわからない。けれど、ようやく見つけたのだ。
「たぶん、あそこかな?」
「そうよ、そうに決まってる。この方向には一つしか町はないって言ってたもの」
「おっけ、んじゃ行くとしますか」
そろそろうんざりしてきた旅に新たな刺激を求めて。
少年――ディーン・ラスタ。
少女――アディリア・ラスタ。
再びバイクを起動させると、町へ向かって一直線に駆け出した。
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