小さな魔法使いと煌めく宝石
東川善通
序.生きた宝玉
元々、一人の力ある魔女が寂しさのあまり色々な宝石を集め作ったのが宝玉龍の始まりとされる黒の宝玉「ネーロ」である。そのネーロからグラナートやアックアマリーナ、ジャーダなど色とりどりの宝玉龍が生まれ落ちた。彼らは機械的ではなく、生命体として人間や他の動物たちと同じように交配し、子を成し、それを慈しみ育てていた。何度もそれを繰り返し、彼らは増えていった。まだ、宝石が地下から採掘されていたこともあり、彼らが注目されることはなかった。
だが、宝石というものは有限であり、その宝石が採掘されなくなると、騒ぎ出したのは指に首に頭にと様々なところを宝石で飾り付けていた貴族たちである。金を持っているという権力の証でもある宝石が手に入らないとなると何とかしろと各々が抱えている魔法使いたちに命令を下した。そうして、利用されたのが涙や血を流せばそれがその名を示す宝玉を生み、死すればその体が宝石そのものとなる宝玉龍の存在だった。
「どのような方法でも良い、宝石を取ってまいれ。金はいくらでも出そう」
その貴族たちの言葉は人々を宝玉龍狩りへと駆り立てた。殆ど棲家を変えず、人々に邪魔されることなく過ごしていた宝玉龍たちを欲に目が眩んだ人々が容赦なく襲った。宝玉龍たちもただではやられるわけでもなく、抵抗をする。ただ、それを見越し魔法使いを雇っている人々。元々、魔法使いに作られたこともあり、魔力も保有している宝玉龍だったが、魔力を封じられたり、子を取られたりなどし、多くの宝玉龍たちは狩られ、貴族たちの私腹を肥やしていった。そして、宝玉龍たちは一か所に留まることなくなった。ただ、それでも乱獲により、宝玉龍の数は減少傾向にあった。そのため、世界が動き、彼らを特別指定保護動物とした。
そうして、保護動物に指定されたものの卵や子が連れ去られることも少なくはない。それでも、捕った宝玉龍を公では金に換えることができないことから裏で売るという密売が増加した。ただ国も保護だけではなく、宝玉龍に代わるものの開発に力を入れ、かつての魔女のように宝玉龍ではないものを作り出そうとするものの力及ばず作ることができなかった。しかし、複数の魔法使いが協力し合い、水晶に金などを付着させた水晶を使い、ファルシータと呼ばれる宝玉龍と似た存在を生みだした。ファルシータは人工的に管理され、宝石として貴族たちに卸される。しかし、本来の宝石とは輝きが異なるため、ファルシータを買い求めるのは庶民貴族たちが多かった。
「憐れなものだな。いや、我々とて、似たようなものか」
ファルシータの牧場を遠くから眺めていた男はそういうとその姿を宝玉龍へと姿を変え、空へと飛びたつ。男のように宝玉龍は人の言葉を話し、人の姿へもなれた。そのため、宝玉龍は人々の動きや情報を得るために人の姿を取り、人々の中へと混ざっていった。しかし、人の姿となったとしても、彼らはあまり人と馴れ合うことなどほとほとなかった。正体を知られれば、狩られるという意識が強く根付いてしまっているためだ。彼らにとって、人は天敵以外の何物でもない。彼らが穏やかに過ごせる場所など、
* * *
とある国境近くの山岳にけたたましい咆哮が響き渡る。
「早くしろ、追いつかれるぞ」
「わかってる。そう急かすな」
「奴らに捕まったら終わりだ。殺されちまう」
「あぁ、そうだな。ただ、逃げ切ればいいだけの話だ。それに危険を冒してまで手に入れたグラナートの卵だ。しっかり金に変えるさ」
咆哮が聞こえてきたほうから、走り去る二人の男。坊主頭の男が抱えているのは赤ん坊の大きさほどもある大きな紅い卵。どうやら、男たちはその卵を取るために咆哮の持ち主である宝玉龍の仮住まいに忍び込んだようだ。そして、それを金に変えようとするのは明白なことである。必死で走る男たちの後ろではバキバキと木が倒れる音が聞こえてくる。
「木をなぎ倒してるのか!?」
「グラナートは巣の移動の時以外は飛ばないという噂は本当だったんだな」
「だ、だとしたら、あと一個くらいいけたかもな」
ただ、これほど大きいとは思わなかったがなという卵を抱えた男の腰にはグラナートの卵の半分くらいの大きさの袋がぶら下がっていた。どうやら、本来は卵を袋に入れて運ぶつもりだったようだが、予想外にもその大きさは大きく手で抱えるしかなかった。
気を紛らわせるためにもくだらないことを話し、後ろから聞こえる木をなぎ倒す音が気のせいだと自分たちに言い聞かせる。ただ、それも街の近くになるとその音も聞こえなくなった。
「諦めたのか?」
「宝玉龍どもは人間が嫌いだそうだから、あまり街には近づかないって誰かが言ってたな」
「そうか、じゃあ、助かったな」
「そうだな。とりあえず、もう少し街の近くまで行こうぜ」
ここで留まって、襲い掛かってこられても男たちは困る。安全確保のために街の近くまで移動した。街の近くに来るものの男たちは街へとは踏み込んではいかなかった。
「おい、これどうするよ」
「近くに隠して、街でこれを隠せるくらいのバックか箱かそこらへんを購入すりゃいいだろ」
「お、それもそうか。見つかりにくいところに隠さねぇとな」
「だな。横取りされたら、今までの苦労が水の泡だからな」
保護動物に指定されている宝玉龍の卵を持って街に入れば、否が応にも人の目につく。ただ、彼らがいる所はデジデーリョと呼ばれる欲望の国。王族すらも宝玉龍狩りをしているとも言われ、欲しいものは保護動物であろうが手を出すという風潮の強い国である。そのため、持って入ったところで通報されることはないものの、金欲しさに襲ってくるものがいないとは限らない。むしろ、通報されたとしても、やって来た憲兵に捕まえられるというよりも卵を奪われる可能性の方が大きい。そう、この国では憲兵団は殆ど機能していないといっても過言でないのだ。そのため、信頼できるのは己自身という何とも過酷な国である。だが、それゆえに金のために好きなことができる、密売などもほぼ、認められているようなものだった。ただ、それができるのも今の国王がそういう方針を取っているからであるし、国王に目をつけられれば、タダではいられないのも当然のこと。故に男たちは近くの茂みの中に卵が転がっていかないように穴を掘り、そこに卵を埋めた。
「上に千切った草でも被せておけば、カムフラージュになるだろ」
「買い物ついでに食事もしようぜ。走り回って、腹が減って腹が減って」
「それもそうだな」
腹が減ったと腹を擦るまるで骸骨のような顔つきな上、痩せ気味の男に卵を隠していた坊主頭の男は頷き、街へと向かった。そして、程なくすると街全体を地震が襲った。男たちは勿論、町の住民たちも急なその揺れに驚く。地震が起こるという予兆も予言もなにもなかったのに急に起こったそれは何か嫌な予感を孕んでいた。
「地震たぁ、吃驚したな」
「あぁ、俺も流石に驚いたな」
腹も膨れたし、卵を入れるための箱も購入した男たちは意気揚々と先の地震について語りながら街から出てきた。そして、卵のもとへと行く。
「さて、可愛い卵ちゃ……」
「おい、どうしたんだ」
「卵がねぇ」
「なんだと!?」
カムフラージュとして被せていた草のところを見ると膨らんでいたはずのところはぺこりと凹んでしまっていた。凹んでいたというよりも周りに草が散らばっていた。
「どういうことだよ」
「地下水道だ」
くそっと地面を叩く坊主に痩せ男は意味が分からないと卵があった場所を覗く。そこにはぽっかりと穴が開いており、穴からはさらさらと水が流れる音が聞こえた。
「まさか、自然な地下水道が通ってるとはな」
「卵が流されたってことか」
「あぁ。多分、さっきの地震のせいで地盤が沈下したんだろ。最悪だ」
「お、おい、カスト、どうするんだ」
「どうもねぇよ。地下水道を辿る。また取りに行くなんてできねぇからな」
カストと呼ばれた坊主頭の男は二度奪えるほど、宝玉龍は馬鹿じゃねぇだろと言い、痩せ男に地下水道を下ることを伝える。痩せ男は眉を顰め、どうするか悩んでいるようだ。
「無理しなくてもいいぞ、バルナバ。俺一人でも探す」
「そういって、独り占めはさせねぇ。カスト、てめぇはいつもそうだ。俺を遠ざけて、金をせしめる。今度ばかりはそんなことさせねぇ」
簡単にそういったカストに痩せ男――バルナバはギョロッとした目でカストを睨み付けながらそう口にする。その言葉に満足したのかカストはじゃあ行くぞと足を進めだした。どうにもカストとバルナバは何度も手を組んでいる間柄のようだ。ただ、いつもバルナバはカストに金を掠めとられているらしい。だが、組んでいるということは何らかの信頼関係があるのもまた間違いないことなのだろう。ただ単に組む相手がいないこともあるかもしれないが。
「やばいな」
「そうだな、水道、国境を超えるぞ」
「それだけじゃない。よりによって、イニーツィオに続いてやがる」
カストが苦々しく口にしたのはイニーツィオという国は宝玉龍の保護に力を入れている代表的な国だった。しかも、国王は弱冠15歳という若さながら、宝玉龍と交流をしているという話まである。故に宝玉龍の卵を盗んだことがバレれば、間違いなく罪に問われるだろう。
「い、行くよな」
「あぁ、当然だ。見つからなければいい、それだけだ」
「おう、さっさと見つけようぜ」
あまり時事について興味のないバルナバはカルトからイニーツィオについて簡単に説明を受けると若干怯みが生ずる。しかし、今更やめられるかという覚悟を持ったカルトにバルナバはコクコクと頷き、カルトの後を追いかける。ただ、カルトは先によるところがあるといって、国境近くの街に立ち寄った。
「なんかあるのか?」
「イニーツィオは俺らみたいなのは行動しにくいからな。それにいつグラナートが来るかわからねぇし、目くらまし的なものが欲しい」
そうなると魔法のほうが都合がいいというカルトはどうやら、魔法使いを探しているようだった。街に入ると、情報量を少し祓いながらも魔法使いを探し、吟味する。事情はあまり話さないもののどの魔法使いもニヤニヤしつつカストたちを眺める。鈍いバルナバでも何となく魔法で事情を覗き見られているんだなと予想が付いた。そうして、何人か魔法使いを見たのち、漸くお目当ての人間を見つけ出すことができた。
「グラナートの卵を取るだなんて、すごいねぇ」
飲み屋だというその店に行くと中にカストたちが入ると同時にそう女性のようだがやや低い声が聞こえてきた。カウンターを見るとローブを被った影。影の大きさから言えば、女性ではなく、その魔法使いは男性のようではある。そして、その隙間から零れ落ちる髪は白く、他の魔法使いに呪われているとさえ噂されていた。だが、実力はあるということなので、カストはこの男しかいないと感じていた。
「アンタらが街に入ってきたところから見させてもらってたよ。で、俺にどんな用かな?まぁ、何となく予想はつくが」
「おそらくアンタの予想通りなど思うが、イニーツィオで俺たちの存在を不確定なものにしてもらいたい。ようは目くらましだな」
「報酬は?デジデーリョと違ってイニーツィオは宝玉龍に手を出すだけでも危険性がある。勿論、関連すればただじゃすまされないことわかってるだろ。となるとだ、こっちだって、危険を冒すわけだ。それなりの報酬じゃなきゃ、やらないよ」
わかってるだろと続ける魔法使いにカストはバルナバに報酬の支払いについて告げる。バルナバとしては自分たちに金が沢山はいる方がいいと主張したいところだが、あまり危険なことをしなくないのもまた確かなことだ。
「あの卵のグラナートがどんな感じかわからねぇが、安くはならねぇだろ」
「まぁ、安価で手に入るとされた古くの時代に比べたらガーネットも高騰してるからなぁ。まぁ、希少価値が高いことに越したことはないのだが」
「……俺たち三人で山分けってことでどうだ?」
「うーん、まぁ妥当かな。四分の一とかいわれたら、ウケる気がしないといってアンタらを帰したところだが。とりあえず、卵がいい値段になるのを願ってるよ」
「それはこっちだってそうだ」
魔法使いは契約書を作りだすと互いにそこに名を書き、血判を押した。これでどんなことがあっても両者は契約を反故にすることはできない。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺の名前はモストロだ。短い間だが仲良くしようじゃないか」
差し出された手には髑髏の彫刻が施された指はが幾つもついていた。彼の場合は指輪を媒介して魔法を扱うらしく、必要なものだよとカカと笑う。そうして、カストたちは自分たちの金になるグラナートの卵を探して、イニーツィオへと足を踏み込んでいった。
ただ、彼らは知らなった。いや、知る由もなかった。グラナートの卵を探した故に己たちの人生が大きく捻じ曲がってしまうなどとは……。
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