帰ってきたクムロ

@yuremarchan

第1話

クムロは甲斐犬だ。やせ気味の茶色と黒のまだら模様。目は真っ黒で耳が大きく足が細くて長い。飼い主のお母さんにはなぜかなつかない。お父さんがいつも散歩をしているからだ。お母さんはクムロは怖いと思っている。興奮するとかみつく癖があったのだ。


クムロは表現下手だった。クムロが捨て犬で少し大きくなってから家に来たからということもある。クムロを飼おうと言ったのはお父さんだった。お母さんは犬は嫌いでもないが好きでもなかった。


お母さんはクムロに毎日えさを作ってくれる。お母さんは毎日忙しいので、えさを片手にほうきで庭を掃きながらついでという感じでクムロにえさを置いていく。その間のクムロはギャン泣きの連続だった。


ある日お母さんは少し余裕ができ、えさを持ったまま、興奮しているクムロの頭を撫でようとしたその時だった。クムロは突然お母さんにかみついてしまった。お母さんにたたかれるのではないかと思ってしまったのだった。「お父さん、クムロが、クムロが!」お母さんはお父さんを大声で呼んだ。お母さんはかすり傷ひとつなかった。クムロが甘噛みだったこと、寒い日だったのでお母さんが分厚い手袋をし、コートの上にダウンコートを着ていたのが幸いだった。臆病なクムロ。


ある日、クムロはKトラックの後ろに乗せられた。お父さんとお母さんは街へ買い物に出かけるからだ。街までは車で15分ほどだ。Kトラックの柵の高さはクムロが普通に歩いていると、そこから20センチは高かった。立ち上がってなんとか手が置けるくらいだ。「大丈夫だろう。」お父さんはクムロが気持ちいい風を受けながら自由にウロウロするのが楽しいだろうと思ったのだった。クムロは鎖につながれることなく車は発車した。買い物を終えて、家に着いたその時だった。


クムロがいない!


クムロは車からいなくなっていたのだった。お父さんとお母さんは車で行った道を歩いて探した。いつクムロは車からいなくなってしまったのだろう。犬の散歩仲間たちもみんな心配した。クムロちゃんがいなくなったんだって。みんな散歩のときはクムロを探すようになった。街までは急カーブの続く山の細い道がいくつもあり、街にでてからも信号は3つほどあった。一体どこで車からいなくなってしまったのだろう。みんなクムロは迷子になって二度と帰ってこないと思っていた。5日目のある日のことだった。「クムロは最初から家出をするつもりだったんじゃないかしら。」途方に暮れたお母さんはお父さんにそんなことを言いだした。


一週間ほどしたころだろうか。家の門をお母さんが開けたとき、クムロがしっぽをたらしてうなだれていた。クムロが戻ってきたのだ!お母さんはクムロを抱きしめた。このときばかりはお母さんは自分がクムロに噛まれるかもしれないということは忘れていたようだ。


クムロはペロリと舌をだしている。口角はあがりまるで笑っている、いや笑っていた。優しくしっぽをふりだした。お父さんにはよれよれで顔だけが大きく見えるやせ細ったクムロが一瞬いたずらっ子のようにさえ思えた。


クムロがどうやってどこから戻ってきたのかは誰もわからない。落ち着いたと思ったら、お父さんとお母さん、ほっとしたら、またまた大泣きした。暖かい牛乳をあげた。お母さんが牛乳を運んでいる間、クムロはかすれたギャン泣きだった。美味しそうにゆっくりと牛乳を飲んだ。


(お母さんとクムロ、コーヒーカップに乗る。コーヒーカップは他のコーヒーカップよりも回転が速くなっていく。クムロはお母さんと等身大になっており、蝶ネクタイでダンディーになっている。2人は見つめ合いながらハンドルをにぎっている。音楽;ハチャトゥリアンの仮面舞踏会)


クムロが家に帰ってきたよ。


結局、嗅覚で家をみつけられたんだろうということになった。お父さんはクムロは神犬かも知れないと思った。クムロは今は元気になって、いつものように快活に散歩に出かける。


そんなことがあったからかどうかはわからないが、「お母さんのいうこと聞けないの?」などクムロはいつのまにかまるで2人の子供のようになっているのだった。

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