18・逃げ足の速いことで
「赤沢菜穂香。世界を二度救った、伝説の魔法少女の一人」
美桜が傍に来ていた。
「闇の世界にとっても、光の世界にとっても、彼女たちの存在は神のように敬られているわ」
「無事だったのか?」
「なんとかね」
俺と同じように高い所から落ちたはずだが、怪我一つしていなかった。
「伝説の魔法少女の一人ってことは、まだいるのか?」
「二人よ。フランジェルカは二人でひとつなの」
「誰だ?」
「あなたのよーく知っている人よ」
直ぐに浮かんできた。
姉と親しい人なんて、彼女しかいない。
中学時代からべったべたに一緒にいたけど、そういう訳だったのか。
「きさきさきさまが、フラ、フランジェルルカァァーですねぇぇぇ、よくも、やってくれましたねぇぇぇ、こてんぱぁぁぁんにしてあげますぅぅぅ」
イッヤーソンがのっそりと起き上がった。光線を発するべく、黒い光を吸収させていく。
姉が動いた。
速すぎて見えない。
ザッ!ザッ!
と、地面を踏む音だけがかすかに聞こえてくる。
イッヤーソンの前に来ると、空を飛んだ。両足を真っ直ぐに揃えて、クルクルと回転させていく。
体を逆さにすると、両手を重ねて、イッヤーソンの顔の前で叫んだ。
「ファイアーレイン……ええーと、なんだっけ忘れたビーム!」
同じタイミングでイッヤーソンが黒い光線を放つが、姉の眩しい光のほうがはるかに大きい。
「うぎやあああゃゃゃぁぁぁ…………」
光が消えると、イッヤーソンの姿は跡形もなくなっていた。
俺があれだけ苦労しても倒せなかった敵を、鼻くそをほじくるようにあっさりと倒してしまった。
「レベルが違いすぎて嫌になるぜ」
返事はなかった。
隣にいたはずの、美桜の姿がない。
彼女は、イッヤーソンが消滅した場所にいた。ジャンプして、何かを掴んでいる。黒と白の炎のようなものが見えた。
なにをやっているんだ。
「ふぅ、ひさしぶりすぎて必殺技の名前すら忘れちゃったじゃない」
「まだよ」
「え? ってあんた……?」
「本体が残ってる」
美桜は空を見る。
夕焼けの上空に、一メートル近くありそうな昆虫が飛んでいた。カマキリムシのような形だが、ゲジゲジのように足が何十本もあり、長い尻尾を生やしている。アニメによくある悪魔を象徴させる尖った尻尾だった。
あれがイッヤーソンの正体か。
「てぃっ!」
姉貴は空を飛んで、すたこらと逃げる昆虫を追いかけていった。
「さっきなにをしていた?」
美桜がこっちにきたので聞いた。
「なんのこと?」
「イッヤーソンがいた場所で、なにか取ったじゃないか」
「さあ」
答えたくないようだ。彼女は上を見る。視線の先に姉がいた。
お早いお帰りだ。
空からこっちへ降りてくる。人間の超越した力だ。ドレスのような衣装をまとっているのは、それを引き出すためのものなのだろう。
「奴は?」
「逃げ足の速いことで」
逃がしたようだ。
「厄介なことになるわね」
コテンパーンは倒したが、イッヤーソンは生き延びた、ということだ。奴がこのまま悪さをしないとは考えられない。倒さない限り安心はできない。
「小麦。あんたそこにいたのね」
「学校サボッたことは謝るわ」
「謝るところが違うでしょ」
姉は、俺と美桜を見回す。
「散々探したのよ。まさか鏡明と一緒にいたとはね。鏡明も今朝は知らないといっときながら、どういうわけこれは?」
「話せば長くなるから、ひとつだけ言わせてくれ」
「なによ」
「姉貴、年考えろ」
「うっさい!」
拳骨を食らった。
頭蓋骨は割れなかったが、頭がズキズキする。子供のころは、このような拳骨を、しょっちゅう食らっていたものだ。痛みと懐かしさで涙がにじむ。
「しょうがないでしょ、変身なんて高校のとき以来なんだし、格好だって変わってないんだから。十年ぶりかな? 響歌は覚悟したほうがいいと言ってたけどさ、平和になったはずなのに、また魔法少女になる日がくるとはねぇ」
「魔法少女という年齢じゃないわよね。魔法ババア?」
「誰がババアよ。魔法美女といえ」
姉は体をクルッと回す。衣装がはだけた。
髪の毛の色が黒に戻り、上下ジャージ姿になった。
「まっ、こっちのほうが落ち着くわね。力が暴走しそうで怖いし」
ジャージ姿で俺たちを捜していたようだ。
「さすがは、伝説の魔法少女フランジェルカ。幸か不幸か、あなたの持つ光の力は、衰えてなさそうね」
「あなたなにもの? なぜあたしの正体を知っている?」
姉は警戒心を見せる。
「その前に、これだけは言っておくわ。私は、魔法少女に敵意を持ってない。世界を滅ぼすつもりもないわ」
「なんのことよ?」
「小麦美桜は仮の名。私は闇の世界の住民であり……」
言葉のトーンを落とした。
「闇の王ガディスの娘」
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