第11話 影を見た先に

 そして、食事会の日を迎えた。

 私と加奈は先に合流して一緒に街に向かい、そこで沙織と合流した。予約した時間まではまだ余裕があり、街の散策に繰り出すことになった。沙織だけはその間も周りを気にしているようで落ち着かない様子だった。遊び慣れてないから困惑してるのかなと私と加奈は思っていた。

 時間もいい頃合になり、予約した店に向かうことになった。

 その道中、人の間をすり抜けながら正面からフードを目深に被った人が歩いてきた。不思議とその人が気にかかり目が離せなかった。端を歩いてた私はその人と肩が当たりそうだなと思いながらすれ違う瞬間に体を軽くひねる様にすれ違おうと思った。しかし、すれ違う瞬間隣を歩いていた沙織にぐっと腕を組まれるように引かれ、よろけるようになりながらすれ違うことになった。

 心臓が大きくドクンっと波打つのを感じて、パッとさっきすれ違った人の方に顔を向ける。振り返った先にはどこにもフードを被った人は見当たらなかった。

 すれ違いざまに一瞬だけ見えた顔には見覚えがあった。


 あれは、私だ。


 沙織に腕を組まれたまま立ち止まったので、沙織も一緒に立ち止まる。

「麻衣?どうしたの?」

 沙織は心配そうに顔を覗き込んでくる。

「ううん。なんでもないよ。ところでさ、沙織……さっきどんな人とすれ違った?」

「ごめん。どんな人かまではよく見てなかったわ」

「そう……じゃあ、フード被ってる人見なかった?」

 沙織はあたりを見回してから答える。

「ううん。見なかったと思う」

 沙織が嘘を言ってるようにも思えなかった。

「麻衣、沙織?どうしたの?」

「あっ、加奈はさっきすれ違った人どんなだったか見てない?フード被ってる人とかさ」

 加奈にも尋ねる。

「こんだけ人いると誰とすれ違ったかなんていちいち覚えてなんかないわよ。沙織なら分かるんじゃない?」

「私が見かけたと思った人に沙織が気付いてなかったみたいでさ……」

「麻衣……あんた、歩きながら夢でも見てたんじゃないの?」

「でも、じゃあ……あれはなんだったの……」

 困惑しつつも、加奈や沙織が見てないというのだったら何かの見間違いなのかもしれないと無理矢理自分に言い聞かせ納得させようとした。

「そんなことより行くよ!」

 加奈は沙織に腕を回し、私に笑顔を向ける。私はもう一度だけ振り返り、周囲を見回した。フードを被った人も特に気になるようなこともない、いつもの週末の賑わった街だった。

「やっぱり気のせい……だったんだよね……」

 ホッと一息ついた。

「麻衣!早く!追いてっちゃうぞ!」

 加奈が沙織と腕を組んだまま先に歩きながら、少し離れたところで呼んでいた。

「待って!今行くから」

 返事をして、二人の方に向かって歩き出した。

 二、三歩進むとすぐ後ろに人の気配を感じた。そして、後ろから肩を叩かれた。びっくりして振り向くと、「あの、さっきこれ落としましたよ」と制服姿の高校生の男の子がハンカチを片手に声を掛けてきた。私は驚きのあまり固まってしまい、頭が真っ白になっていた。男の子が困ったような表情を浮かべ始めたのを見て、状況を理解する。

「あ、ありがとう」

 ハンカチを受け取りながら、できるだけ笑顔でお礼を言った。

「どういたしまして」

 男の子はハンカチを渡すと首をかしげながら人の波に消えていった。

 いつハンカチを落としたのか不思議に感じたが、男の子のさっきという言葉から、沙織に引っ張られたときかなと思った。

 私は鞄を開けハンカチを入れようとして、違和感に気付いた。確かに、拾ってもらったハンカチは私の持っているものだ。でも、鞄の中にはちゃんとハンカチが入っていたのだ。もちろん前日から入れっぱなしということではなく、出かける前に入れた記憶のあるハンカチだ。

「どういうこと……?」

 疑問符が頭の中を渦巻いてるそのとき、また肩を叩かれた。もしかしたら、渡す人を間違えたのかなと顔を上げ再度振り返った。

 そこには、フードを目深に被った私と同じ顔をした人が立っていた。


「やっとチャンスがきたわ。あなたの影を私にちょうだい」


 そう言われた瞬間世界がぐるっと入れ替わった。私は鞄に手をいれている私の肩を叩いていた。

 目の前にいる私の向こうから加奈が近づいてくるのが見えた。私の視線で気付いたのか、振り向いて加奈が近づいてくるのを確認すると私の方に向き直り、口に笑みを浮かべながら、人差し指を口元に当てて、「あなたちょっと黙っててね」と告げる。

「ちょっと、麻衣!何やってんの?こんなところでぼーっとしちゃって……何かあった?」

「ううん。大丈夫。なんか落し物しちゃったみたいでさ」

「まじ?私も探そうか?なんなら沙織も呼んでくるよ?」

「大丈夫。別に失くしたって、困らないものだからさ」

 目の前の私と加奈が普通に会話しているのをただ見ていた。声を出そうにも喋れないし、何が起こっているのかわからず呆然としていた。そして、加奈も私には全く気付いてないようだった。

「私、少し探してから行くから沙織さんと先に行っててくれる?」

「えっ……わかった。じゃあ、先に店行って待ってるからね」

 加奈は早足で戻っていった。目の前の私は笑顔で手を振りながら見送っていた。

 私は去っていく加奈の背中に向かって、「待って!!!」「加奈、気付いて!!!」と叫んだが、やはり声になることはなかった。

 加奈の姿が見えなくなると、目の前の私が人気のない狭い路地のほうを小さく指差し、その方に歩き出した。私には付いていく以外の選択肢は思いつかず後を追った。

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