第10話 充実とその影に潜むもの

 その次の日からお昼を中心に空いてる時間に三人で集まって、食事会の計画を練りだした。主に、私と加奈が本屋とかで見つけてきた雑誌やクーポン誌、フリーペーパーなどを広げて、行きたい店を探した。

 加奈が値段の張る店をわざとチョイスして、冗談っぽく提案する。それを私が高すぎるから勘弁してくれと不平をもらす。私の不平に対して、加奈がおごると言ったよねと足元を見てくる。この私と加奈の茶番劇を仲裁しようと沙織が一生懸命代替案を出そうと雑誌に目を落とす。そんなやり取りを何度か繰り返した。そして、沙織がここにしませんかと提案した店に私と加奈は喜んで同意した。

 店が決まったところで日程の調整を始めた。翌日の心配をしたくないから週末に行きたいという話になり、週末に絞って日程の絞込みに入った。今週末は全員が例の課題で忙しいということで却下に、翌週は加奈の都合がつかないようなので、結果再来週の週末に行くことになった。店に予約の電話も入れ、私はその予定と店を忘れないようにしっかりと詳細を携帯にメモした。

 私の日々の生活は以前よりも充実して、毎日が楽しいものになっていた。


 しかし、そんな充実した日々の隙間に気にも留めないほどの小さな違和感が混じりだしていた。

 最初に感じた違和感は加奈と仲直りをした日、家に帰ると例の古書がなくなっていたことだった。親が勝手に捨てるということはないが、どうせもう必要のないもので処分するつもりだったので、手間が省けたくらいにしか思わなかった。古書の本来の記述を課題の資料にしようかとも最初は考えていたが、冷静になってみると本のタイトルすらわからない学術書を参考にしましたというのはなんとも苦しいので資料にするのも諦めていた。


 次に感じた違和感は週明けの加奈の話を聞いたときだった。

「そういや、麻衣。昨日なんで無視したの?」

「えっ?何のこと?」

「昨日、たまたまあんたのバイト先の近くで見かけて声かけたのよ。『あっ、麻衣。再来週の食事会楽しみだね』って」

「それ、私じゃないよ?だって、昨日は一日中家で課題のレポート書いてたし、出かけたのも近所のコンビニくらいだよ」

 加奈はカーっと顔が赤くなる。

「まじで!?じゃあ、私別の人に話しかけてたの?うわあ……恥ずかしい」

「加奈?他人が私に見えるくらい私のことが好きなの?」

 わざとらしく加奈に抱きつきながら嫌味ったらしく言う。

「いやいや、あれ本当に麻衣にそっくりだったんだって!」

「それに、事情があって私最近バイト辞めたのよ?だから、あの周辺はちょっと近寄らないようにしてるんだけど」

「うわあ……それ本当?なんか穴があったら入りたいってこういうことを言うんだね」

 私は加奈の頭を撫でながら話を聞く。加奈もされるがままになっていて、沙織は隣で難しい顔を浮かべていた。


 他にも今週に入ってから母親に、「冷蔵庫のものやカップ麺とか勝手に食べるのはいいけど、食べたら一言くらいいいなさい」と注意された。冷蔵庫のなかのつまみ食いは確かに思い当たる節はあったけど、カップ麺のほうは身に覚えがなかった。「私、カップ麺は食べてないよ」と反論すると、「あんた以外誰が食べるのよ」と言われたので、「母さんが自分で食べたの忘れたんじゃない?違うなら、父さんでしょ!」と言い返すとそれ以上の追求はなかった。

 しかし、その翌日に「カップ麺やっぱりあんたでしょ?昨日買ったのもうなくなってるし!」とまた同じように注意されたが、やはり食べてないので「だから、私じゃないって!」と強く言い、それ以降は同じ話題は無視するようにした。


 週の半ばを過ぎると不思議な夢を見るようになった。夢の中で私はクビになったバイト先の従業員用の控え室にいた。カレンダーの日にちを気にしながら、両手を握ったり開いたりして手の感覚を確かめるような動きを繰り返していた。そして、強く手を握りしめ「もうすぐ、もうすぐなんだ……」と呟いていた。

 目が覚めると不気味な夢を見たという感覚があったが内容はどうにも思い出せなかった。そんなあまりよろしくはない寝起きが何度かその後もあったがどうもすることができないので、できるだけ考えないようにすることにした。


 その週末、今度は夜に沙織から電話がかかってきて、不思議なことを聞かれた。沙織から電話をかけてくること自体が初めてで何事かと驚いた。

「もしもし、沙織?どうしたの?」

「ちょっと確認したいんだけど、今日というか一時間くらい前なんだけど街の公園行ってないよね?」

「うん。行ってないよ」

 沙織は小声で何かを言いかけてやめるように「えっと……」「その」「あの」を繰り返していた。

「沙織?大丈夫?」

「うん。急にごめんなさい。麻衣が今さら何の理由もなく、私のことを『沙織さん』なんて呼ぶことはないものね……」

「なんのこと?」

「ううん。なんでもない。また明日学校でね」

 沙織はそういうと電話を切った。結局沙織が何を言いたかったのかは分からなかった。

 翌日学校で会って聞いても、「気のせいだったから」とはぐらかされてしまった。

 その日から、沙織は私の行動を逐一聞いてきて一緒にいようとしてきた。違う講義を受けている時間以外はほとんど沙織と一緒にいた。急にこんなことをされ戸惑ってしまうが、沙織なりの愛情表現か何かなのかなと好意的に受け取ることにしていた。

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