第9話 救いの手
翌日、学校で加奈は目も合わせようとせず露骨に避けるような態度を取ってきた。昨日の今日だし仕方ないことだとは思った。ゆっくり話せる場でもう一度顔を見てしっかり謝りたかったがあの様子だとそれは当分先の話になりそうだと思った。
しかし、その機会は意外にも早く訪れることになった。
私は普段、加奈とお昼を一緒にすることが多いが今日はそういうわけにはいかず、他の友達も誘う気にもなれなかったので、一人本を片手に食堂で購買で買ったパンを食べていた。
「あの、麻衣さん。隣いいかな?」
沙織が飲み物を片手に話しかけてきた。沙織が一人で私に話しかけてくるというのが初めてだったので驚いた。
「いいよ。それにしても沙織さんから話しかけてくるなんて珍しいね」
「そう……かな?」
沙織はテーブルに飲み物を置き。本を出してから鞄を椅子にかけて座った。私は沙織から何か言われるのを待ちながら食事を続けたが、沙織は何も喋ろうとしなかった。結局食べ終わるまで横で本を読みながら飲み物を飲んでいるだけだった。
「で、沙織さん。私に何か用事があったんだよね?」
「うん。でも、食事中に話したら邪魔かな……って」
「いやいや。何言われるのかなって、食べながらなんか落ち着かなかったよ」
「ごめんなさい……」
沙織は顔をうつむかせた。
「それで、沙織さん。私に何か話あるんじゃないの?」
沙織は顔を上げまっすぐこちらを見てくる。沙織にそんな風に顔を見られたことがないので慣れていなくてドキリとした。
「えっとね、麻衣さん。昨日加奈と喧嘩したでしょ?」
「まあ……したのかな。加奈から聞いたの?」
「昨日加奈から電話あって、愚痴いっぱい聞かされたから。だけどね、加奈もちょっと怒りすぎたかなって反省はしてたの。けど、引くに引けなくなっちゃってたみたいでさ……」
「それで?沙織さんはそれを知ってどうしようと思うの?」
「二人に仲直りして欲しい!!!」
突然大きな声ではっきりと言われて驚いた。一瞬食堂がざわつく。沙織は恥ずかしさで縮こまったが、沙織の気にするほど波は大きくなく、すぐにいつもの光景に戻っていった。
「私も加奈と仲直りしたいけど、ちゃんと話せる場が今の状況だと作れないからさ……」
「じゃあ、私がその場を作ります」
「沙織さんが?」
沙織が人の間を取り持つなんて想像も出来なかった。しかし、藁にもすがる気持ちで頼むしかないと思った。
「じゃあ、沙織さん。お願いしても大丈夫かな?」
「はい。えっと……麻衣さん、今日の空いてる時間教えてくれませんか?」
「私は次の講義終わったら空いてるよ」
「ありがとうございます。じゃあ、少し待っててください」
沙織はそう言って携帯を取り出し、おぼつかない指さばきでメールを打って送信して返信が来るのを画面を見ながら待っていた。そして、返信が来ると私のほうに向き直った。
「加奈にメールしたんですけど、加奈も次の講義が終わったら空いてるらしいので、それからお話しするというのはどうですか?」
「なんか急だね……それに今の加奈が素直に会ってくれるかな?」
「大丈夫ですよ。加奈も本当は仲直りしたいと思ってるはずですし、なんでしたら私もその場に同席します」
沙織は力強く話す。だんだん沙織が心強い存在に思えてきた。
「うん。一緒にいてくれると助かるかな……それで、次の講義終わったらどこに行けばいいかな?」
「終わってから加奈を何か理由つけてカフェに誘おうと思ってます。そのタイミングで麻衣さんに来てもらえればなと」
「うん。わかった。ありがとう、沙織さん。ところでさ、なんで私と加奈のことそんなに気にしてくれるの?」
「理想だったんです」
「えっ……?」
私は思いもよらない返事に言葉を失った。
「加奈と麻衣さんが仲良くてお互いに信頼しあってるのが、傍から見ていても分かるし……それにいつも笑顔で私もあんなふ風になりたいなって……」
「加奈は沙織さんのこと、大好きで信頼してる友達の一人だと思ってるよ」
沙織は顔を真っ赤にした。その姿がかわいらしくて、加奈が沙織にちょっかいだしたり少し困らせようと連れまわしたりする理由が分かる気がした。
「加奈が言ってたんですか?」
「そうだよ。私も沙織さんのことはかわいらしくて好きだよ」
少しわざとらしく笑顔で言った。沙織はさらに顔を赤くする。髪の間からのぞく耳まで真っ赤になっている。それがかわいらしくて面白かった。今までは沙織とは少し距離を置いて接してきたけど、今ではもっと仲良くなって話したりしてみたいと思うようになっていた。
「じゃあ、麻衣さん……私とも友達になってくれますか?」
「もちろんだよ。沙織」
「ありがとう。麻衣さん。よかったら携帯の番号とか教えてくれませんか?」
そこで初めて連絡先を交換してなかったことを知った。てっきり交換してるものだと思い込んでいた。
「いいよ。それに私のことは麻衣でいいよ」
連絡先を交換すると、沙織は笑顔を向けてきた。本当に嬉しそうで思わず照れてしまった。
「麻衣さ……麻衣。じゃあ、講義終わったらメールするから、あとでカフェでね」
「うん。また後でね」
沙織は小さく手を振りながら食堂から出て行った。私も沙織に手を振り返しながら見送った。
昼休みの次の講義が終わり、すぐにでもカフェに行きたい気持ちと加奈に会うのが怖いという気持ちがせめぎあい、席からなかなか立ち上がれずにいた。そんなときメールが届いた。沙織からで、『今から加奈とカフェに行く』と短い文章だった。沙織のおぼつかないメールを打ってる姿を思い出して気持ちが軽くなった。返信を待ってる姿も思い出してしまい、顔がほころぶのを実感する。あまり待たせるのも悪いと思って、すぐに『わかった。今から向かうね』と返事をした。
カフェに着くと講義終わりの生徒でごった返していたが、加奈と沙織はすぐに見つかった。加奈は私の姿を見つけると顔をそらしたが、沙織は小さく手を振ってくれた。私は手を振り返しながら近づいて二人の座っているテーブルの空いている席に座った。
それを見て加奈が不機嫌そうな顔で沙織に話しかけた。
「ねえ、沙織。あんたの紹介したかった新しい友達って麻衣のこと?」
どんな連れ出し方をしてるんだと口に出さずに思わずツッコミを入れる。
「そうだよ。何か問題あった?」
沙織は悪びれるわけでもなく何事もなかったように真顔で加奈にそう返すものだから私はこらえ切れずに小さく吹き出した。それは加奈も同じだった。
「てか、あんたたち友達じゃなかったの?」
加奈が笑いながら言い放つ。
「沙織とは友達だよ。ねー?」
わざとらしく沙織に同意を求める。沙織だけは笑われている理由がわかってなくて困惑しているようだった。
「えっ、あ、はい。麻衣とは友達です」
加奈は一層大きな声で笑い出す。私も釣られて笑う。そのなか沙織だけは取り残されていた。
「でね、加奈。さっきも言ったけど、私の友達と仲良くしてくれる?」
「沙織。あんた本当にかわいいよね。当たり前じゃないの。麻衣は友達だもん」
私は嬉しくなった。しかし、けじめとしてちゃんと謝らなければと思った。
「ありがとう、加奈。でも、本当に昨日はごめんなさい」
「私こそ、ちょっと言い過ぎたわ。あの赤くなったあんたの目元がなんか焼き付いちゃってさ」
「そっか……それでね、お詫びというか……昨日のピザの代金全部私が出すから」
鞄から財布を取り出そうと手を伸ばした。
「いいよ、麻衣。その代わり、今度何かおごってよ?」
「わかった。じゃあ、近いうちに三人で食事に行こうか?」
「いいねー、それ!」
沙織は黙ってそれをうんうんと聞いているようだった。そして、私と加奈が沙織の顔を覗き込んでいることに気付く。
「えっ、三人?」
沙織は驚いているようだった。自分が輪の中にいる実感がなかったのだろう。
「沙織!あんたも一緒に行くのよ!」
加奈が笑顔で沙織に話しかけた。
「うん。これは私から沙織へのお礼でもあるんだから一緒に行ってくれるよね?」
私も笑顔で沙織に言った。
「はい。もちろんです!」
沙織は今まで見たことがないほどの笑顔を浮かべていた。
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