第5話 幕間、そして……

 加奈の家は歩いて行ける距離で、寄り道せずに行くと待つことになりそうだったので、加奈の家の近くのコンビニに入った。少しだけ立ち読みをして、飲み物やお菓子をカゴに入れた。お菓子は本を読みながら食べても汚さないものを選んだ。レジで会計を済ませて店を出ると店の前に加奈が立っていた。

「加奈!いいタイミングだね」

 思わず加奈に駆け寄る。

「うん。麻衣がレジにいるの見えたから、ちょっと待ってた」

「それを加奈じゃなく彼氏とかに言われたら最高なのになあ」

「あんた、彼氏いないじゃん……」

 二人で顔を見合わせて笑い合い、加奈の家に向かった。

 家に着くと、「コップ持ってくるから先に部屋に上がっといて」と言われたので、加奈の部屋に行き、テーブルの上を簡単に片付け飲み物とお菓子を置いた。程なくして、加奈も二人分のコップとお菓子を手に部屋にやってきた。

 飲み物を片手にお菓子をつまみながら、軽く雑談して、お互いに課題に取り組みだした。私は鞄から《二つの手紙》を取り出し、読み始める。以前にも読んだことのある本なので、けっこうなハイペースで読み進めることが出来た。

 加奈はテーブルで課題の本を読みながら、時々資料を開き、レポートのためのメモをノートに取っていく。たまに、加奈から分からない言葉の意味やらを聞かれ、答えれなかったものは一緒に調べたりした。

 一時間くらいして、休憩をしようという話になった。暖かいものが飲みたいと加奈が紅茶を淹れに行き、二人分のカップを手に戻ってきた。

 疲れたという感想とどこまで進んだかという話を一通りすると、ふと会話のネタがなくなった。だからか、とっさにあのことをネタにした。

「そういやあさ、今日帰りに路地裏で古い建物の古書店見つけてさ、変な本を貰ったんだよ」

「えっ?何それ?てか、何で貰ってんの?」

 加奈は笑いながら返してくる。私も釣られて笑いながら話を続ける。

「なんかね、閉店するとかでサービスしてもらっちゃたのよ。でね、ここからが話の本題なんだけどね……」

 少しもったいぶったような言い方をする。加奈も興味が出てきたようで、前のめりに「それで?」と続きを促してくる。

「本自体もたまたま今回の課題に使えそうなものだったんだけど、それより、そこに変な書き込みがあったの」

「落書きってこと?」

「まあ、そうとも言えるんだけれども……ただの落書きじゃなくてね、なんと自分の増やし方が書いてあったんだよ!!」

 加奈は期待していたわりには話がつまらなかったのか、がっかりしたような表情を浮かべる。

「やっぱただの落書きじゃん」

「いやいや、まじで増やせるようになるんだって」

「もう、冗談きついって」

 私は本当の話なんだと否定すればするほど加奈はツボに入ったようで笑いが止まらなくなった。逆の立場なら私自身も同じようなリアクションを取っただろうなと思うけれども、ただつまらない嘘を言ってると思われるのは嫌で、いつものようにその場の空気に合わせて一緒に笑って流そうなんて気持ちにはなれなかった。

「いやいや、本当に嘘じゃなくて、本当なんだって!!」

「もういいって、麻衣。分かったから。そんなに嘘じゃないなんて証明したいなら、ここで増やして見せてよ」

 加奈は笑いすぎて、お腹を押さえながらひいひい言っている。私は信じてもらえるチャンスだと感じて、「じゃあ、やるよ」と返事をして、加奈の笑い声の響く部屋の中で、あの本に書いてあった方法を思い出しながら、準備を始めた。そのとき、私の携帯が大きな音で着信を告げた。最悪のタイミングの着信に苛立ちを覚えた。「ちょっとごめん」と加奈に言い鞄を手に部屋を出て、廊下で携帯の着信画面を確認した。バイト先の正社員の山田からの電話だった。今、『私』がバイト中のはずなので電話に出るか迷ったが、出ないで無視するよりはマシだと判断して出てみることにした。

「あっ、柳木さん?今日、松田さんの代わりにシフト入ってたよね?」

「えっ……あっ、はい」

「その様子だと忘れてたというわけではないようだね」

 電話の向こうから舌打ちが聞こえる。何やら相当イライラしているのが伝わる。

「まあ、いいや。とりあえず、来れるなら今からすぐに店に来てくれる?」

「わかりました」

 私が返事をするのと同時くらいに電話が切られた。よく分からないが山田の様子からすると、『私』は無断欠勤しているようだった。確かに、私はバイトに行っていないのだからそうには違いなのだけれども、どうにも腑に落ちなかった。

 とにかく、今すぐにでもバイト先に向かわなければならないのだが、このまま加奈に黙っていくのも悪いし、加奈に一言伝えて帰るにしてもこのタイミイングだと私が変なことを言い出して収集がつかなくなって、バツが悪くなって逃げ出したように思われそうで嫌だった。

 だから、その解決策としてここで私を増やして、『私』を置いていくことにした。そうと決まれば鞄から例の魔法陣の書かれた紙を取り出し、私を増やした。

「私は急いでバイト先に行かないと行けなくなっちゃたから、適当に場を繋いでくれない?」

「あの……えっ……」

「じゃあ、お願いね」

 私はその場を『私』に託して、加奈に気付かれないように物音や足音を立てないように気をつけながら加奈の家から抜け出した。外はすっかり暗くなっていた。

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