第6話 芦野姉妹


             ――――― 11 ―――――


 赤城は、深夜になってやっと現れた。


 このまま逃げることもあり得るな、と思っていた沢田は、むしろ彼が律儀に深夜でもやって来たことで少しは評価を変えた。しかし、約束の日時を過ぎても連絡を寄こさなかった事実は未だに残っているので、話の内容には警戒をするつもりであった。

 赤城は、事前にショートメールで「人を連れてくる」と連絡して来ていた。だが、3人も連れてくるとは予想外だった。沢田はサブリーダーという事で同席した綾子と二人だった。

 「奥州宇宙遊学館」のセミナールームの一角に作られた応接スペースは一杯になった。記者会見とかあるとここじゃ困るな、と、沢田は漠と考えた。


「深夜、遠路はるばるご足労有難うございます。この時間だと帰りの電車は無さそうですね、宿の手配はされましたか?」


 しれっと聞いた沢田に、かなり不快感の混じった顔で赤城は返した。


「ええ、なんとか」

「では、儀礼とかはさておきで、早速話題に入らせて頂きたいと思います。私は国立天文台NAOJのWAプロジェクト、ソフトウェア開発リーダーの沢田です、こちらはサブリーダーの保泉です」


 綾子を名字で紹介する。


「これは失礼、初めまして赤城です。ノスタルジックPCコンソーシアムという団体と、ノルンというソフト企画会社をやっております」

「保泉綾子です」

「で、こちらの三名なのですが、取りまとめに向いている方、という事で知人関係に声掛けして来てもらいました」


 いきなり連れて来るとはどういう思考回路なんだろう。沢田はちょっと訝しんだ。


「出来れば事前にスキルシート(業務で使う技術的能力をリストまとめた資料)か、職務経歴書などをお送り頂けていればよかったのですが」

「それが、かなり特殊な経歴の方々ですので、書類からは読み取って頂きにくいと思いまして、直接お連れしました」

「ふむふむ」

「まずはネットショップ運営の川見さん。元ソフト会社の社長さんなのですが、会社で色々ゴタゴタが有って、嫌気がさして人に譲って今の生活になったそうです」


 トラブルが嫌で辞めた人とか、それじゃ役に立たないだろうに。

 沢田はちょっと呆れた。

 沢田は表情に出してしまったらしい。それを察したように赤城は付け加えた。


「ああ、いえいえ、トラブルが嫌になってやめたという訳ではないのですが」

「と、言われると何かご事情が? あ、失礼しました。初めまして沢田です」


 おや、案外腰の低い人だ。

 沢田は川見と握手しながら、外見と中身は一致しないものだなと感心した。

 川見は一見すると厳しい感じのする男性で、人のまとめ役というよりは地上げ屋か何かのような印象だった。だが、話し口はすごく優しく低姿勢だった。


「紹介で誤解を受けたのかもしれませんが、私自身は組織の取りまとめが嫌、という事はないです。ちょっと収益の権利関係のゴタゴタが起きてしまいまして。面倒臭くなりました」


 あっけらかんとそう言う。

 沢田はその言葉で「ああ、そういう事なのか」と納得した。この人は技術屋的親分肌の持ち主なのだ。厳しさと感じたのはその部分なのだろう。

 川見は続けた。


「ええと。実は私が経営していたのは、××という会社でして、一癖も二癖もある連中をまとめて作業をさせておりました。少々の問題位なら全然平気ですよ」


 彼が名前を出した会社は、沢田もソフトを使ったことがある、割と有名なソフト会社だった。安定した性質の良い製品を出す会社だったのだが、いつの間にか、他社製品を利用した応用製品の様なものにべったりになっていてがっかりした覚えがある。

 そうか、この人がキーマンだったのか。と、沢田はひとり納得した。


「分かりました、後で職務経歴書を頂けますか?」

「そうですね。分かりました」


 話が一段落したとみて、赤城が声を掛ける。


「よろしいですか? 次の方を紹介したいので」

「ああ、はい」


 沢田は次の人に目を移した。中年、というよりもう少し上の感じのする年齢の女性だった。髪にも白い物が混じり始めている。


「フリープログラマーの芦野あしのさんです。CGプログラマを長年やられています。リーダー役、という訳ではないんですけど、川見さんにお話をしたら、この人も是非。と」

「えっ」


 沢田はまさかと思った。


「CGプログラマの、芦野あしの うずらさん。ですか」


 なんでこんなところでこんな人の名前を聞くのか。

 と、彼は驚いた。それは彼がまだ学生の頃から聞き知った名前だった。


「最適化プログラマの芦野あしのさん、といっても良いですね」

「ええ、存じ上げています。私、子供の頃、うずらさんの作品を沢山見ました。アミーゴ(アメリカのアドミラル(仮)社が発売していた映像に特化したパソコン)のメガデモ(美しい映像でプログラム技術を競う映像作品的なプログラム)とか、グループサウンドの背景に先進的な映像を提供されたりで、神業の様なプログラムを書く、と、有名プログラマの方が英雄視されていたような」

「有難うございます。でも私、そんな大層なのじゃないですわよ」


 女性はにっこりと笑う。川見がそこに説明する。


「お仕事の内容を聞きかじりまして、私が行くならこの人も是非。と思いましたので、お声掛けして引っ張ってきました」

「ほうほう」


 だが、芦野あしのはあまり気乗りし無さそうな寂しそうな顔をした。


「私はもうロートルの部類ですし――障碍しょうがい持ちですから」

「大丈夫、大丈夫、あなたの腕は保障する。障碍しょうがいだって別に命に関わるとか、作業に関わるものじゃないんだから」


 川見が助け舟を出した。沢田は少し心配になって尋ねた。


「済みません、病気となりますとお仕事を任せる側としても気になりますので、お話しをお聞かせいただけるとありがたいです」

「重度の睡眠障碍すいみんしょうがいなんです。他の方の様に普通に起き続けたり、寝続けたりできないという――」

「作業に支障は出ませんか?」

「長時間の連続作業や、決まった時間の通勤は難しいですが、1日の稼働時間は8時間以上はあります」

「ふむ――」


 沢田が考えていると、まだ紹介されていない最後の女性が声を上げた。


「私が補佐しますから、大丈夫です」

「あなたは?」

芦野あしのの妹で、ひよどりと言います。姉とは系統は違いますが、プログラム開発の仕事をさせて頂いてます」

「ほほう」


 赤城は慌てて説明する。


「彼女はサーバーエンジニアです。遠隔地でのやり取りにも貢献できるでしょうし、いろいろ使える人材だと思いますよ。ひよどりさんが補佐すると、うずらさんの睡眠タイミングなどをよく御存じなので、仕事の効率を上げることができるそうなのです」

「ふむ……」


 沢田は合点が行った。いきなり3人を連れてきたのは、ワンセットだから、という事か。人の取りまとめをしてくれる人間が入ってくれるのはうれしいし、その人の紹介する、しかも過去の実績を持つ人が来るのもありがたい。どうしたものかなぁ。


「取り敢えず、3人の職務経歴書をお送りします。あ、芦野あしの うずらさんの方は、障碍しょうがいの所為で最近は仕事をうまく回してもらえていないそうなので、あまり判断材料にはならないかもですが」


 伝説の人でも、最近の実績が無いのはどうかなぁ――。

 考えあぐねていると、綾子が口をはさんだ。


「では、取り敢えず様子見で入って頂く、というのはどうでしょうか。国が絡むプロジェクトですので、承認は多少手間取りますが」

「ふむ、ちょっと考えさせてもらえますか、資料は送って頂くという事で」

「分かりました。よろしくお願いします」


 やれやれ、お荷物が増えなければいいんだけど。



             ――――― 12 ―――――



 プロジェクトは人を増やせば早く終わる、というものではない。


 むしろ、人を闇雲に投入すると、仕事はどんどん遅れていく。

 大事なのは適材適所に人を配置することと、その流れを円滑にすること、そして、仕事の問題点を常に明らかにしていき、どこかで仕事が止まるという事態をなるべく避けていくのが大事なのだ。


 そもそも、エンジニアやプログラマという人種は、放っておくと、遅れ気味な仕事を黙って一人で抱え込んでしまうきらいがある。そして、ルーティーンな会議などでは重大な問題を抱えているのに「多少遅れています」程度の反応しか示さない。挙句が作業が日程通りに進まない、他の人の作業が止まるなど、ろくなことにならないのだ。

 だが、これはエンジニアの所為とは言い切れない。職制の問題が少なからずあるのだ。だから、人が仕事を抱え込まない仕組みはいろいろと考えられてきた。一つのプログラムを二人で交互に触りながらお互いの事をチェックし合うペア・プログラミングや、会議の時に、実際に作業している内容を見せ合って状況を判断するコードレビューなどなど、枚挙に暇はない。


 沢田も、そういった制度上の努力は積極的に取り入れている。

 人や作業内容によって向き、不向きがある場合もあるので、慎重にやるべきだとは思うが、人の適性や実際の進捗を一人一人面倒を見ていくのは大変な仕事である。ましてや、自分自身の仕事もあるとなったら、最悪のパターンは、まとめ役も、自分の仕事も中途半端になるなどという悲惨な結果にもなりかねない。


 だから、独立して、一人一人の進捗に目を通して、ストレスを軽減してやれる人材、人のマネジメントをするマネージャーが必要なのだ。沢田が欲していたのはそういう人材だった。


 沢田は、赤城が連れてきた人材に対して、機密保持契約書NDAを交わした後、試用期間ということで雇うことにした。

 リーダー権限を与えられたときに発生した、自分の裁量内で動かせる人材枠が役に立った形だ。


 三人のうち、川見は期待通り以上の手腕を見せてくれた。

 川見はリーダーの考えを的確に反映して運営の補佐を十二分に果たしてくれた。采配も早く、人の適材適所を見抜くのも上手だった。

 お蔭で、沢田の仕事は一気に楽になった。沢田自身が抱え込もうとしてしまっていた仕事も見抜いて、分散させてくれたから、周りを見回す余裕も出来た。


 芦野あしの姉妹について言うなら、技術的にはまだまだ小手調べという線を抜けていないように感じる。それなりの仕事をこなしてはくれるのだが、期待できるほどの成果ではない。買い被りなどをしたつもりはないのだが、他のスタッフの標準的な仕事量と比較しても、イマイチ芳しくないのだ。


 ただ、それにしてはPCに向かっている時間が長い気もする。

 姉のうずらについて言えば、当人の希望でこれだけは譲れない、とお願いされた、静電容量方式といって、接点がなく、タイピングが静かで軽く、そのくせ使い心地がよいという夢のようなキーボードの所為で一見静かなのだが、手の動きを見る限りは手が遅くてプログラムが遅い様には到底見えない。まるで画面をスクロールさせてソースを見ているのか、と思うほどの速度でプログラムのコードを書いて行っている。腕に覚えのある沢田もこれには舌を巻いた。

 ペアプログラミングもやっていないようなので、具体的に今何をどうやっているのか不明だが、指示した仕事以外に色々と実験的な事をやっているようだ。だが、国のお金も出ているプロジェクトなので、あまり勝手はしてほしくない。

 そろそろ川見を通じてちょっと注意をしておくべきかもしれないな。

 沢田はそう思った。

 最悪は、この人は外すべきかも。とも考え始めていた。


 だがその状態は、ある事件の発生と、芦野あしの妹の機転が元で一変することになった。

 "Wow again"シグナルは順調に届いていた。その日の正午までは。


 シグナルが途絶した理由は誰にもわからないままだった。

 位置の特定はほぼ済んでいるが、太陽の「衝」に入ったわけでもないし、惑星、小惑星などの陰に入ったわけでもなかった。


 今では、"Wow again"シグナルの発生源が0.73光年の距離にあることは、ほぼ確実になりつつあった。


 そして、せっかく位置特定までできたのに、昨晩から世界中の天文関係が悲鳴を上げていた。全ての天文台が、"Wow again"シグナル発生源からの電波を受信できなくなったからである。

 "Wow again"は、広範囲の周波数に対して3次元的に変調を掛けられたものであることが分かってきていたが、未だにすべてを捕捉出来ている保証はどこにもなかった。


「どうして唐突に信号発信を止めてしまったんだ!」

「実はやはり誰かの悪戯で、ばれることを恐れて発信を止めてしまったのではないか」


 巷では、様々な憶測が飛び交っていた。水沢のチーム内でも、度々そのことが話題に上がっていたが、決定的な話を思いつける人間はおらず、ましてや、沢田のチームは探査のための「道具」に関わる部分の人間であり、探査自身の動向に関連する立場ではないことに歯噛みをしていた。


 行きつけになってしまった洋食屋「薄雪草うすゆきそう」で沢田と数名が食事をしていた。芦野あしの姉妹も一緒に来ていたが、沢田は妹のひよどりがずーっと空を仰ぐようにして物事を考え続けているのに気が付いた。


「どうかしました?」


 綾子が心配して尋ねた。


「あ、いいえ、今回の信号途絶の件なのですけど、ちょっと仮説が出来そうだなと思ったので」

「ほほう」


 一緒に食事をしに来ていた沢田のサブプログラマの上田も、興味をそそられて、続きを聞くために身を乗り出す。


「ターゲットの"ORIa01P1"天体ですけど、0.73光年という位置が近すぎるというのが最初にあった話題ですよね」

「そうだね」

「もし、これがネットワークの中継点だったらどうなのかなと」

「どういう事?」

「本体の星はもっと遠くにあって、そこからの中継点に何らかの機械を設置して送ってきている、と考えたら、天体が近い理由も分かるかもと思ったのですけど」


 この話には沢田も興味をそそられて尋ねた。


「成程、世界中の天文学者が能動的アクティブSETIでやろうとしていた事の、より具体バージョンという事ですか」

「そうです、そうだと仮定すると、彼らは私たちに積極的に連絡を取ろうと考えているのではないのかなと思ったのです」


 ひよどりの言葉に上田は食事の手を止めてフォークをぐるぐる回しながら考えた。


「うーん、だったらなぜ信号が途絶してしまったのかなぁ」


 そう、本来はその話だ。沢田はひよどりの次の言葉を待った。


「送られてきている解析中のデータを姉の所で確認したのですが、一定の繰り返しパターンになっていますよね。今回の途絶は、その繰り返しパターンの途中で切れているんですよ」

「え。ちょっと待ってください。受信データに反復性がある、という事ですか」

「違うんですか? 姉のデスクで見た解析データではそういう結果が出ていたので、てっきり周知の事かと」


 沢田はぎょっとして芦野姉を見る。そんな馬鹿な。


「解析、って、アテルイのCPU時間はまだ芦野さんには割り当てていませんよね」


 芦野姉はちょっと脇を見たりもじもじしていたが、話し始めた。


「ええ、だからお借りしているPCで、参考のために頂いているデータを、試しに解析してみたんです」


 上田があきれ顔で返す。


「あんな貧弱なPCで? どれだけ時間かかるんだか――」


 うずらは恥かしそうな顔で返す。


「そうですよね……やっぱりアテルイとは違うので、一度に15分くらいは掛かっちゃいますね」

 尋ねた上田の顎が外れそうになった。

 一同もあっけにとられた。スーパーコンピュータのアテルイでの解析作業すら、まだ規則性のある解析結果には至っていないのだ。

 うずらは周りの反応を見て慌てた。


「あ、ごめんなさい。本来の業務と違う事に時間を割いてしまってました」


 いや、そこじゃないだろう。沢田は心の中で突っ込みを入れた。


「それは構わない――、むしろ、そのプログラムをアテルイに導入してもらえませんか? 私の持っているCPU時間を回しますので」

「え? はい、わかりました」


 ひよどりは姉と周囲のやり取りを見てちょっと恥ずかしそうに笑った。


「この通りちょっとずれた姉です。という事は姉の所だけで出ていたデータだったんですね」

「そうです。意味の取れるデータの解析が出来ているなら大進歩ですよ」


 綾子が言うと、ひよどりは頷いて沢田に言った。


「データの持ち出しは厳禁だと思うので、後で姉の所に来て頂けますか?」

「ああ、わかった」


 話の続きを聞きたくて上田が突っ込んだ。


「で、その規則性が途中で破れているのが何か?」


 ひよどりは本筋を思い出して話し出した。


「通信が途絶した、という事は、何らかのトラブルだと思います」

「異星人のメカのトラブル?」

「はい。そしてもし何らかのトラブルで止まっているのだとしたら、近々再開するはずだと思いました」

「何故そう言えるんだい?」

「何故なら、幾つかの状況証拠から考えると、相手はネットワークに接続された、自立判断のできるロボットと推測されるからです」


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