【5】イクサガミ、転校生になる 2
「もうあんな大騒ぎはさせないようにするから、どうかみんなを許してあげて」
彼女は真摯な眼差しで僕を見つめ、そう言った。
八坂さんが言うと、なんだかすごく説得力がある気がするの、なんでかな。
「ありがとう。でもみっともないから、みんなには病気のことあんまり言わないで」
と僕が言うと、八坂さんがとても悲しそうな顔をした。
「あのね南方くん」
静かに語り出す八坂さん。
「うち、弟が三人いて全員養子なの。でね、一番上の子は人狼なの」
「そうなんだ。……だから八坂さんは、とてもしっかりしてるんだね」
「一番上の弟、
まだ十歳の頃だった。最初のうちはお父さんにだけしか懐かなくて、私、何度も手を噛まれちゃった。ほら」
と、時計のバンドを外して、手首の噛み傷を見せてくれた。
さすがにリスカと見間違えることはないけど、場所が微妙だ。
「南方くん」
八坂さんは、再び真剣な眼差しに戻って言った。
僕に何かを必死に伝えようとしてる様に感じる。
「南方くんが傷付いたのは、南方くんのせい? 違うわよね。
南方くんがみっともないって感じるのも南方くんのせい? それも違うわ。
だから、みっともないとか恥ずかしいとか思ったらだめ。
そう思ってるうちは、傷は癒えないわ」
僕は、胸に激しい衝撃を受けた。
僕のせいじゃない――。
みなもにも言われたことがない言葉だ。
あいつは体を張ってはくれるけど、ただ僕を攻撃から護るだけ。
いじけた僕を、場当たり的になだめすかすだけだ。
僕の苦しみを正面からこんな風に見て、理解してくれたことなんかない。
みなもは僕に背を向けて敵を見据え、八坂さんは僕に向き合ってくれる。
二人は、根本的に違う。
「……分かって、くれるんだ」
声にならない声で僕は言った。
涙が出そうで、嗚咽が漏れそうで、僕は必死に耐えた。
相手がみなもなら、とうに顔を胸に埋めている。
「ガマン、しなくていいのよ。南方くん……」
そう言って、八坂さんは目に涙を貯めながら、まるで聖母のように両手を広げて、僕を迎えようとしている。
僕はこれ以上ガマン出来ず、八坂さんの胸に飛び込んだ。
倒れた男子を保健室で介抱してたら、泣いて抱きつかれたなんて。
ああ、僕はひどいヤツだ。
ごめんなさいごめんなさい、八坂さんごめんなさい。
八坂さんは、多分弟さんにしてきたように、僕をぎゅっと抱き締めてくれた。
「弟と同じように苦しんでいる子を、私は見過ごすなんてできない。
ずっと島にいるんでしょ? だったら、ずっと側で支えてあげる。
南方くんの傷が癒えるまで。ね?」
「でも……」
ただ知り合いってだけで、そこまでしてもらうワケにはいかない。
きっと八坂さんは、僕と弟さんがダブって同情してるだけなんだ。
そう、これはただの同情なんだ。
でも僕は、いきなり降って沸いたこの人生最大の理解者の登場に、胸がざわざわするのを押さえられなかった。
僕がしばらく返事に困っていると、ん? と催促する八坂さん。
八坂さん、マジ天使過ぎて死ねる。
マジ死ねる。
つか、いっそこんなゴミクズ殺して下さいプリーズ。
でも、「うん」と言わないと許されない空気。
「あ、えっと……。よ、よろしくお願いします」
八坂さんの腰を抱いたまま、至近距離でよろしくお願いしますもないもんだ。
よく考えたら、みなもが見たら発狂しかねないな。
「この島には人外差別をする人は誰もいないわ。
だから、ゆっくり心の傷を治していきましょう。弟も良くなったから大丈夫。
南方くんも絶対良くなるから。ね?」
女神な八坂さんの目からは涙がこぼれていた。
本格的に弟さんと僕がダブってしまったのかもしれない。
でも僕にはみなもと吉田修太郎という、一緒に火だるまになってくれる人がいたから。だから、今までなんとかやってこれた。
「泣かないで、僕は別に大丈夫だから」
僕は指先でそっと八坂さんの涙を拭った。
でも大丈夫なんてうそっぱちだ。
全然大丈夫じゃない。いろんな意味でもうぐちゃぐちゃだ。
「大丈夫な子が、あんな程度で倒れたりする? みんな自分で思ってるほど大丈夫じゃないのよ。自覚ないのが一番危ないんだから」
僕はお姉さんに怒られてしまった。いや同い年だけど。
でも言ってることは正しすぎて、ぐぅの音も出ないよ……。
◇
というわけで、八坂さんの四人目の弟になりました、南方です。
別に弟になりなさい、と言われたわけではありません。
なんとなく伊緒里お姉さんの庇護下に入りなさいと暗に言われてたような気がしているだけです。
つまり圧力です。
でもって、僕は末っ子になるんだろうか。
伊緒里お姉さんはマジ女神ではありますが、その言にはいささか強制力を感じるものがあって、ここいらへんが彼女が学級委員だったりする所以かもしれない。
ベッドの上で怒られたりナデナデされたあと、八坂さんは教室に弁当を取りに出ていった。保健室でウダウダしていたら、いつのまにか昼休みになってたんだ。
八坂さんは戻ってきたら僕を学食に連れていってくれるそうだ。
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