【6】イクサガミ、転校生になる 3
僕が、保健室前の廊下で八坂さんがみなもを連れて迎えに来てくれるのをぼーっと待っていると、大きな風呂敷包みをぶら下げたツインテールの女の子がツカツカと歩いてきた。なんかプリプリ怒ってるようにも見える。
僕はズボンのポケットに手を突っ込みながらゲームのオープニングテーマなぞをフンフン鼻歌してたら、二本のしっぽがどんどんブラブラこっちに近づいてくる。
「そこのゆとりイクサガミ!」
と、彼女はビシっと人差し指を僕の鼻先に突きつけた。
「は? 僕……ですか」
いきなりそんな事を言われて、ちょっとイラっときた。
「あんたの他に誰がいんのよ、南方威。それとも、コワイ話だとでも言う気?」
「いや僕、ちゃんと実体化してますんで大丈夫ですけど……って、何の用ですか」
プリプリツインテールさんは、手にした風呂敷包みを足元にどっかと置くと、腕組みをして僕を睨み付けた。
「あんた、どうして瑞希姫とコンビ組んでるのよ。そこ、本来私のポジなんだけど?」
――瑞希姫……ん?
「……あ! もしかしてこないだの巫女さんかよ! 俺等にインネンつけてきた! 髪型違うからわかんなかったぞ!」
「そんなこといいから質問に答えなさいよ」
相変わらず高圧的だ。
「あのなあ、何度も言うけど、みなもは瑞希姫なんかじゃないよ。
店長だって最初見間違えたけど勘違いだったって言ってたんだ。
ただのそっくりさんだよ」
「……え? 店長って、カメクラの?」
彼女は組んでいた両の腕をだらりと下げた。
「そうそう。たしか、死んだ嫁と間違えたって。……あ!」
僕の声にぎょっとして、
「な、なによ」と巫女さん。
「み、瑞希姫の旦那さんっていったら……」
僕はとてつもなく重大なことを失念していた。
「き、救国の英雄、神崎提督……ってこと? じゃあ、店長って? え? え?」
あたふたする僕の肩をガッと掴んで、ツインテールさんは吐き捨てるように言った。
「あのだらしなくて、飲んだくれで、ゲームやるしか能の無い、良い子はマネしたらダメな大人ナンバーワンなMADAO《まるでダメなおとこ》こそが、初代イクサガミ、神崎クソ大提督様なのよ!」
「マジで……なんてこった…………」
まさか、あの救国の英雄の大提督が、こんな僻地の島で落ちぶれてたなんて……。すごいショック。
だからあの人は、兄貴のことを呼び捨てなんかにしてたのか。
にしても、そこまで言ったら店長かわいそうじゃん。
一体どーなってんだよ、この島は……。
「あっ。つか、店長がいるんなら、僕この島に来なくてもよかったじゃん」
そうだよ、店長は歴史上最強のイクサガミなんだから。
兄貴どころか親父だって敵わないくらいの最強の軍神のはず。
……落ちぶれてるようだけど。
ツインテールさんは青菜に塩をかけたように急にしょんぼりして、悲しそうに言った。
「あの人は、……もう皇国のためには戦わないわ」
――――え?
「皇国があの人を裏切ったから。
皇国はあの人に滅ぼされなかっただけ、ありがたいと思わなければならないの。
それだけのことを皇国はあの人にしてしまったのよ……」
「いったい、どういうことなんだ?」
いつしか僕は、ツインテールさんの話に聞き入っていた。
「戦勝パレードの時よ。皇国は彼を暗殺しようとして、かばった瑞希姫が死んだの。
二人の結婚で、天津神ではない彼が皇室に連なることに反対した一派の犯行、とされてるわ」
――皇国がイクサガミを裏切る? もしかして、僕も裏切られるの?
「フン、自分も憂き目を見るんじゃないかって心配してんでしょ。それはないわ。
だってあんたには誰も期待なんかしてないんだから」
「ううぅ……」
わかっちゃいるけど、今度は僕がしなびてきたよ。
「で、そんなあんたの巫女になるはずだったのが、この私。なのにどうしてソックリさんがあんたの巫女なわけ?
あれだけ必死に写真を隠していたのに、今更瑞希姫を国威高揚にでも利用しようって魂胆なわけ?
意味わかんないんだけど。やっぱあの子は瑞希姫の転生体なんじゃないのかしら。だったら色々と説明つくんだけど」
彼女はいつのまにか、再びプリプリツインテールさんに戻っていた。
なんか人事的に問題があったらしい。
「確かに……。みなもは皇室関係者でも天津神に連なる血筋でもない……はず。
もしかしたら僕が知らないだけかもしれないけど」
うーん、と僕は顎に手を当てて考え込んだ。
「そもそも、順番から言ったら次は私だったのよ。次にイクサガミが就任したら巫女になるって神宮省からも言われてたのに。あーもーガッカリだわ」
ツインテールさんの全身から強い失望がダダ漏れている。
「そ、それは残念だったね」
みなもも扱いづらい子だけど、彼女がバディだったら、それはそれで苦労しそうだ。
「だってさ、あんたの次にイクサガミになりそうなのって、みんな小学生とか幼稚園児じゃない。そんなの待ってたらBBAになっちゃうわよ、ったくもー」
死ぬほどウンザリ感が伝わってくるような顔でツインテールさんは続けた。
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