【5】祭の夜 2

「あっ、みなも? どこだ、おい」


 我に返ると、みなもがいないのに気が付いた。

 周囲を見回すと、境内の奥の方に消えるみなもを見つけた。


「待って、みなも! どこいくんだよ」


 声は聞こえてるはずなのに、みなもは僕を無視してどんどん歩いていく。僕は仕方なくみなもの後を追いかけた。


 追っていくと、本殿脇から奥へと白い砂利を敷いた暗い道が続いていた。


「おーい! みなも、待てってば!」


 参道から外れてきたので、スピーカーから出てくる祭囃子の音もだんだん小さくなってきた。なおさら僕の声はみなもに届いてるはずなのに……。

 一体どうしちゃったんだよ、みなも。


     ◇


 左右に並ぶ石灯籠のおぼろげな灯りを頼りに、細い道を進むと小さなお堂のようなものがあった。かなり暗いから薄気味悪い。


 神社だからお堂じゃなくて……ほこら?


 そして、その前にみなもが佇んでいた。

 暗がりの中、石灯籠の橙色の灯りと月の青白い光が、みなもの輪郭を浮かび上がらせていた。


 ……みなもの横顔、こんなに綺麗だったっけ……


 毎日見ているはずなのに、何故か今夜のみなもはとても綺麗に思えた。

 浴衣でめかし込んでいるせいじゃない。

 まるで、みなもが違う人になったような気がしたんだ。

 雰囲気が違うって言えばいいのかな、とにかく普段のみなもとは何かが違う気がした。


 みなも、と声をかけようとしたその時――


瑞希姫みずきひめ……なのですか」


 背後から凜とした女の子の声がした。

 他に人はいない。


(いつのまに……。この子、ぜんぜん気配しなかったぞ)


 多分みなもに向けて発せられた言葉だ。しかし、みなもは聞こえないのかピクリともしない。


「おい、みなも?」


 僕もみなもに声をかけてみたが、やはり返事はない。


 ざくざくと細かい砂利を踏んで、声の主が近づいてくる。


「瑞希姫、ではないのですか?」


 その子は僕の横に並ぶと、再びみなもに声をかけた。


 ……瑞希姫、だって?

 みなもが憧れている救国の姫提督、皇女・瑞希だというのか?


 相変わらずみなもに反応はない。ただじっとほこらのような建物を見つめている。

 僕は隣に立つ女の子に言った。


「あの、その子は橘みなもと言います。最近僕と一緒にこの島に来た戦巫女です」


 僕は女の子の方に向き直って驚いた。だってそれは、 さっき神楽殿で踊っていた巫女さんだったから。

 さすがに冠だとか色んな装飾品は外していたけど、僕は彼女が踊っていた巫女さん当人だと見てすぐにわかった。


「みなも? だってどう見ても瑞希姫じゃない」


 巫女さんは険のある声で言い切った。


「じゃない、って言われても、見たことないから知らないよ。っていうか、瑞希姫の顔なんて知ってる人いるのかよ」


 瑞希姫の写真は、何故かほとんど残っていない。

 あるのは遠くから撮った人相の知れない数枚の写真だけ。

 瑞希姫マニアのみなもが言ってたんだから、多分間違いないはずだ。


 ざくざくざく……


 巫女さんは僕を無視して、草履で砂利を鳴らしつつ、みなもの方に歩いて行った。

 みなもはほこらを見つめたまま、微動だにしない。


 みなもの横に並んだ巫女さんは、脇からみなもの顔を覗き込んだ。


「んー、やっぱりそうじゃない。瑞希姫、やっと有人さんの所に戻る気になったんですか?」

「…………」

「あの……瑞希姫……?」


 やっと気付いた、というか我に返ったみなもが、ひっと短く悲鳴を上げて後ずさった。


「あなた、だれ……ですか?」


 こわごわ巫女さんに言うみなも。

 寝起きみたく、まだぼーっとしているようだ。


「みなも、どうしちゃったんだ? 大丈夫か?」

「威……」


 みなもは不安そうに僕を見ている。


「ほら、この人さっき神楽殿で踊ってたろ? ここの巫女さん……ですよね」

「ええ。貴女を祀るこの神社の、宮司の娘よ。なにとぼけてるの? 瑞希姫」

「え――? わ、私が?」


 みなもがあたふたしているので、僕が割って入った。


「あの……すいません、人違いじゃないですか? だって、瑞希姫って百年前に亡くなってるはずですよ」


 すると巫女さんがするどく言葉を返した。


「そうよ。だってここ、お墓だもん」と言って目の前のほこらを指さし、

「貴女、瑞希姫の幽霊か転生体でしょ?」と再度みなもに詰め寄った。


「幽霊、だって?」

「てんせいたい?」


 この巫女さんは一体何を言ってるのだろうか。

 めずらしくみなもがオロオロしている、ここは僕がどうにかするしかないよな。


「それより巫女さん、貴女こそ何者ですか? 人間じゃない、ですよね」

「はぁ? あんた確か琢磨さんの弟でしょ」

「そう……だけど、なんか関係あるんすか?」


 巫女さんはげんなりした顔で、

「なんでわかんないの? 人間よ、人間」


「じゃあ、なんでさっき着物が光ってたんですか」


 巫女さんは、はは~んってな顔で、

「見えたんだ、一応。ふ~ん。お飾りのボンクラってわけでもなさそうね」

 と、ちょっと小馬鹿にしたように僕に言った。


「僕が琢磨の弟だったら何なんだよ、さっきっから失礼な人だな。さ、みなも、行こう」

「ちょっと、待ちなさいよ!」

「この子は瑞希姫なんかじゃない。人違いだ」


 僕はみなもの肩を抱いて、そそくさとその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る