【4】祭の夜 1

 うろうろしてると日が傾いてきたので、みなもの浴衣の準備をしに僕らはホテルに戻った。

 着付けはホテルの人に任せて僕は部屋に戻り、しばらくゲームで時間を潰すことにした。そして、ソファで巨大カニ型ボスを三体ほど倒し終わった頃、フロントから電話がかかってきた。


「威様、みなも様の着付けが終わりました」

「ありがとう、いま行きます」


 僕は早速一階へと降りて行った。

 みなもの浴衣姿が楽しみで仕方ない。


「おお…………」


 ラウンジで僕を待っていたのは、一体どちらのお嬢さんですか? とばかりに艶やかな浴衣姿のみなもだった。本当に、本当にかわいかった。


 みなもの選んだ浴衣は、全体に寒色系のあじさいをあしらった柄で、帯はからし色で背中で大きくリボン状に結んである。

 髪にはブルーのエクステ(部分的に髪を増量する飾りのようなもの)と大きなコサージュが添えられていた。花の種類が南国風なところがきっとニライカナイ式なんだろうな。みなもの可愛らしさがマシマシになっている。


「どう」

 ちょっとムッツリしながらみなもが言った。

 お前、ツンデレだったっけ?


「あ、ああ、すごくいい。似合ってる。可愛い」

 これは、まごう事なき本心だ。僕は幸せ者だなあ……。


「どうです? 威様。みなも姫様、素敵でしょう? どこに出しても恥ずかしくありませんよ。今夜は存分にお祭りをお楽しみ下さいませ」

 とコンシェルジュのお姉さん。どことなく誇らしげに見えるのは気のせいか?


「「ありがとうございます!」」

 僕とみなもは、お姉さんにお礼を言った。



 ☆☆☆



 下駄を履いたみなもを歩かせるには少し遠いから、僕らはホテルの車で神社まで送ってもらったんだ。

 車が進むにつれて人が増えていったので、まもなく神社が近いことがわかった。


 神社に到着すると周囲は既に沢山の人で賑わっていて、道が大混雑していた。

 キレ気味な交通整理の人に怒られそうだったので慌てて車から降りると、スピーカーから流れるお囃子や、イカやトウモロコシの焼けるいい匂いが、僕らを出迎えてくれた。


 お祭りは、どこも一緒なんだね。


「それでは、威様、みなも様、どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ありがとうございます」

「いってきまーす」


 僕らはホテルの運転手さんと、同乗したコンシェルジュさんにお礼を行って車を見送った。


 神社の前の通りから神社側を見ると、ゆるい傾斜に造られた敷地内には木がたくさん植えてあり、どれもが樹齢何百年なんだろうって太さだった。

 その中を蛇行する参道を短い石階段が繋ぎ、参道の両脇には夜店の屋台がびっしり並んでいた。屋台の種類は本土とそう変わらないように思えた。


 そして神社前の道路を挟んで反対側には基地のフェンスが続いていた。ヒマな軍人さんたちが、フェンス越しにおつまみやビールを楽しんでいたけど、えらい人に怒られないかなと少し心配になった。


 カラコロと木の草履を鳴らして歩くみなも。

 その手を引いて石畳の参道を歩く僕。


 屋台の赤や黄色の明かりに照らされて、今夜のみなもの顔はなんだかとても、その……おいしそうだ。


 いやいかんいかん。

 まだ祭りは始まったばかりなのに、早速脳内で浴衣を脱がせてどうすんだよ俺。

 自分が一番けしからんヤツだったわ。


 僕らは参道の屋台で買い食いをしつつ、ゆっくりと参道を進み本殿に近づいていった。ここまでの道中、混雑のせいもあってか、誰も僕らに気付いていない。


 境内に入ると、神楽殿の方からお囃子が聞こえてくる。

 放送じゃない、生演奏だ。

 みな、神楽殿の方を食い入るように見ている。


 ……何を見てるんだろ?


 はぐれないようにみなもの手をぎゅっと握り、僕は人垣の中を縫うように神楽殿に近づいていった。


 自分が国津神だからって、雅楽や神楽に興味があるわけじゃない。

 だって二十一世紀生まれなんだから。

 でも何故か、見なければいけないような気がしたんだ。そこに『いる』誰かを。



 ――天女……?



 神楽殿の上で舞い踊っている巫女さんが一人。


 奉納の舞い、というよりも激しい能のような舞い方だ。

 空を切る薄衣の軌跡が淡く光っている。それは暗い場所でライトを動かしたときに似ていた。

 激しく舞うと、複数の軌跡が神楽殿に描かれる。


 ……どうなってるんだろう、あの着物。蛍光塗料とか使ってあるのかな。


「ねえ、みなも。あの着物、光ってるよね?」

「え、何の事。ライト以外、光ってるもの、ないよ」


 ぽかんとした顔で僕を見るみなも。


「マジ? だってほら、今もスーっと……」

「…………それって、恐い話?」


 訝しげな顔をしながらみなもが言った。


 ひょっとして、僕にしか見えてないのか? この光……。


 おかしいなあ、と思いつつも巫女さんのアグレッシブな舞いを見学していると、ときどき僕と巫女さんの目が合う。

 気のせいかと思ったけど、やっぱり何度もこっちを見てる。

 あ、また目が合った。

 僕に何か言いたいんだろうか……?


 幻想的な情景に軽くトリップしているうちに、いつのまにか神楽が終了していた。

 あの子はどこに?

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