【3】満喫! 南国リゾート! 3

 食後、ホテルで自転車を借りて出かけた。

 まだ早い時間なのにもう日差しは暑い。


 僕らは教えられたように提督通りを自転車で走ると、八分ほどで漁港入り口の看板が見えた。漁港までの道なりに屋台がずらりと並んでいて、地元の買い物客に混じって観光客もたくさん来ていた。

 混み合っているので、僕らは適当な場所に自転車を置くことにした。


 目当ての店を探して歩いていると、発砲スチロールの箱を満載にしたリヤカーや台車と何度もすれ違う。


 社会科見学で言った三崎漁港とか、以前テレビで見た、豊洲の魚市場みたいだなあと思った。たぶん、漁港なんてどこも似たようなもんなんだろう。


「すごい人だな……。みなも、はぐれるなよ」

 僕はみなもの手をしっかり握った。


「うん」

 みなもは大きく頷いて、僕の手を握り返してきた。


 ……あ、そこまで強く握らんでいいですよ、みなもさん。

 いたいから。


 だから自転車の鍵が手の中にあるんだって。

 つか、いたいいたい。


 やめて。

 いたいってマジで。

 いたたたたたた……。




 みなもと二人で、人並みをかき分けながら漁港の場外をうろついてると、食堂が数件並んでる一角に出た。


「おお~……いっぱいあるな」

「だねえ、威」


 じゅるり。


 ホテルで聞いたとおり、どこも新鮮な魚介類を食べさせてくれそうだ。

 やっと本命にありつける、とワクワクしながら歩いていくと、魚介類を焼く芳ばしい香りが漂ってきた。


 じゅるり。

 そうそう、こういうのだよ!


 気付くと僕は美味そうな匂いに誘われて、店先の焼き台で貝や海老を焼いている一軒の食堂の前に立っていた。

 その店の看板には『八坂食堂』とでっかくペンキで書いてある。


(ん? どっかで聞いたような……ま、いっか)


「らっしゃい! お食事ですか?」

 と、難波さんのような威勢のいい声が飛んできた。


 焼き台で海老をひっくり返していた、がっちりとして日焼けしたおじさんが、僕らに声をかけてきた。


 物欲しそうな顔で店先をうろうろしてたら、普通つまかるよな。

 店先には水槽や水を溜めた樹脂製の青い容器が置かれていて、中には海老や貝、生きたままの魚が入っていた。

 でも、ざっと見たところ、のぼりに書いてあったデッカいかや、ドデッかには無さそうだ。


 そんなこんなで、僕らはおじさんに誘われるまま店に入った。



 サッシのドアを開けて入ると、店内は学校の教室くらいの広さだった。

 良く言えば庶民的、レトロな内装で、厨房に面したカウンター席と、テーブル席が十ちょい、それと小上がりの座敷席。


 薄茶色く煤けた店内の壁には、健康的な水着女性の写った生ビールのポスターや、黄ばんで破れかけた手書きのお品書きがいっぱい貼ってある。

 カウンターの上には年代ものの招き猫やパイプウニの飾り物。

 テーブル席には、今では珍しい、コインを入れる占いマシーンが置いてあった。


 お客さんは僕らの他に誰もおらず、今の時間は半ば仕込みタイムのようだ。

 物珍しいのか、みなもがキョロキョロしている。ちょっと挙動不審に見えるので、正直やめてもらいたい。


 おじさんに促されるまま小上がり席に陣取った僕らは、メニューを手に取った。

 正直よくわからないので、コースメニューを注文した。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 そして僕らは、何かと闘うみたいに、海鮮バーベキューや刺身など、海の幸をさんざん食い散らかした。けっこうがんばって食べたけど、後から後から料理が出てくるので、本当に闘いだったんだ。


 もー、一年分食った気がするくらい食った。

 やっぱホテルの小洒落た料理より、こっちの方が僕の性には合っている。


 二人で食後のマンゴープリンを味わっていると、おじさんがニコニコしながら近づいてきた。


「食事は楽しんでもらえたかな? 琢磨の弟さん」

「え……どうして分かったんですか?」


 おじさんは僕の正体に気付いていた。


「店に来たときは分からなかったが、帽子とサングラスを取ったら、おじさんすぐ分かったよ。琢磨さんと髪の色も同じだし、顔も良く似てる」


 そこまで似てないよ。

 僕と兄貴は腹違いなんだ。雰囲気が似てるだけじゃないのかな。

 髪は記者会見のときに染料を落とされてしまって、今は銀色に戻っているけど……。


「そうですか……。あの、あんまり周りに言わないで下さい。

 ちょっと困るんで……」


 おじさんは小上がり席の端に腰掛けて、

「分かってるって。お忍びだから、そんなもん付けてきたんだろう」

 と、僕の帽子とサングラスを指さした。


「お兄さんの方だけど、おじさん、なかなか見つけてやれなくて、済まんなあ」

「……え? どういうことですか?」


「おじさん、琢磨さんの飲み友達でな、なんとか見つけてやりたくて、漁の合間に探してるんだが……まだ見つからないんだ」

 おじさんは、申し訳なさそうに言った。


「いえ……かえってご迷惑をおかけしてるみたいで済みません。ほっといても簡単に死ぬような兄貴じゃありませんから、きっと大丈夫ですよ」

 僕は苦笑しながら言った。


「だといいんだが……。急にお兄さんの代わりに島に連れて来られて、色々大変だろうけど、頑張るんだぞ。何か困ったことがあったら力になるからな。

 諏訪丸の八坂だ。覚えておいてくれ」

 おじさんは力強くそう言うと、僕の肩をポンと叩いて店の外に出ていった。

 思いがけず兄貴の友達と出会うことになったけど、何かの縁ってヤツだろう。



 八坂食堂を出た僕らは、腹ごなしをしつつぶらぶら朝市を見物したあと、メインストリートの繁華街を散策することにした。

 といってもほとんどはお土産屋さんだ。


 みなもは実家へのお土産を一生懸命買っていたんだけど、それって『沖縄』土産のロゴ違いだよねえ? ヘタすっと、上から『ニライカナイ』ってシールを貼ってあるだけかもよ? 


 実際、都心の沖縄物産展で普通に買えるものばっかで、わざわざ送る意味あんのか、正直僕にはわかんないよ。

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