強襲Ⅱ - The world of nights

 装甲車を後ろに残し、小型トラックが急発進する。

「……あいつらはあのままでよかったんですか?」

 運転手の言葉に助手席の男が答えた。

「詰め込んできた奴らか? ──問題ない。どうせそれどころじゃなくなる」

 ちらっと腕時計に目を落とす。

「もうそろそろだ」

 呟くとほぼ同時に背後に強い光が差した。

 カウフマンが反射的に後ろを向き──絶句する。

 それは大量の光の線だった。

 数十本のサーチライトと、それ以上の数の光が煙の尾を引いて空に昇ってゆく。

「──どうやら成功したみたいだな」

「一体何をした !? 」

 カウフマンの言葉に男は軽く笑った。

「大陸間弾道弾の花火ですよ。盛大でしょう」

「お前達、正気か……」

「安心して下さい。一機を除いては弾頭を抜いてあります。残る1つに入っているのも核じゃありませんし……ある意味もっと物騒なものと言えなくもないですがね」

 男は懐から携帯電話を取り出した。

「『黒』だ。──ああ、ここからも見えた。派手だったな……プランに変更はない。そのまま続行してくれ」

 そのまま携帯電話を畳むと、男は運転手に向かって言った。

「では我々も消えるとしよう」

 運転手が頷き──小型トラックは更に加速した。



   ***



「──目的は『A』の残滓か」

 低い声。

 カウフマンが口を開いたのは、それから数十分経ってからだった。

「……残念だが、私の持っているものはその一部にすぎん。こんなものでは何の役にも立たんぞ……」

 カウフマンは正面の暗闇をじっと見据えたまま、呟く。

「クライアントのご要望は『A』の資料そのものではなく、貴方自身の頭脳と『オリジナル』なのですよ」

 「オリジナル」。その単語を聞いた途端、カウフマンが動揺する。

「……お前達、一体どこまで……」

 指揮官らしき男は答えた。

「貴方がかつてある地下研究機関に身を置いていたこと。そこで行われた、ただ『A』とだけ呼ばれた計画に関わっていたこと。そして、その後の惨劇と得られた膨大なデータ……それら全ての事象は『夜(Nights)』と呼称される超国家規模の結社へと帰結する」

 大きく息を吐いて、カウフマンは上を向いてシートにもたれかかる。男は言葉を続けた。

「大戦の黒幕。死の商人。影の政府。──噂と欺瞞情報が入り混じり、本当の処を探り当てることは我々にもできませんでしたがね」

 カウフマンの口許が軽く持ち上がる。

「……どれも違うな。『夜』とは世界なのだ」

「世界……とは大きく出ましたね。軍需産業の甘い汁を吸い、権力機構の上部に寄生しているだけの俗物どもをそこまで評価する必要がありますか」

「比喩などではない。世界とは『夜』だ。認識を誤ると屠られるのはお前達のほうだぞ」

「これでも世界最強の戦闘集団を自負してるんですがね、一応」

「それが『認識』違いなのだよ。例えお前達がSASとて同じだ」

「そうですか」

「そうだ」

 沈黙が車内を支配する。

「……では、最後に1つ」

「何だ」

「……それでも貴方は、組織から──正確に言えばその一勢力ですが──そこからデータを持ち出した。命の危険を侵してまでね……何故です?」

「……『明けない夜はない』のだと、あの少女達に教えられたのでな」

「……」

 小型トラックは大きくハンドルを切り、森の中へと潜っていった。

「夜が明ける前に入り込めたな」

 そう言うと男は懐から携帯電話を取り出し、ダイヤルを押す。

「──」

 短く何かを呟き、再び携帯電話をしまう。

 運転手が車を停止させると、振動とともに地面が持ち上がってゆく。

 やがて車1台が格納できる空間ができ──小型トラックはそのまま中へと潜り込んだ。



   ***



 カウフマンが通されたのはコンクリート打ちっぱなしの飾り気の無い部屋だった。

 男は少し離れた位置に座っている。

「まぁ中継点みたいな場所なのでね……落ち着かないでしょうがここでしばらく我慢して下さい」

 若い兵士が2人分のコーヒーを運んできた。

 机の上に置いたカップに男が口をつけて軽く顔をしかめる。──そしてカウフマンの様子を見て尋ねた。

「コーヒーはお嫌いですか」

「正体の知れない連中から出されたものに口をつける気にはなれんよ」

「それはよかった。ひどい味ですから」

 冗談か本気かわからない口調で男が言う。

「……緊張感のない男だな君は」

「よく言われます」

 そう言うと、男はコーヒーを一気に飲み干した。

「……」

「貴方が飲まないのに私まで残してしまったら部下が気にするでしょう。このコーヒーがまずいのは粗悪なインスタントだからであって彼の責任ではないのですから」

 聞かれもしない言葉に答え、男は空になったカップを脇によせた。

 その様子を見て、カウフマンは切り出す。

「──そろそろお前達が何者なのか教えてくれてもいいんじゃないのかね」

「聞いてもあまり意味はありませんよ。我々は雇われただけですから」

「だが……えーと」

「クレイグです」

「君が使っている言葉はこの国の公用語のようだが」

「それは単に私の生まれがこの国だと言うだけの話です」

「……」

「詳しくはお教えできませんが、特定の国家に属さず領土的野心を持たない純粋な機構兵団……とだけ思っていただければ十分です」

「……傭兵か」

「ご想像にお任せします」

「ともかく、私は質問を変えなければならない訳だな。『依頼主が誰か』と……それこそ答えてはもらえんだろうが」

「ええ。ただ、もうかなりのヒントを与えてしまっているとは思いますよ」

「そうかね。考えれば考えるほど判らなくなってくるのだが」

「それは想定している相手だけを当てはめて思考しているからでしょう」

 クレイグがぽつっと言う。

「……今世界は大きく2つの勢力に分かれているのは貴方もご存知の通り。……ですが、そのいずれにも属さない国家も確かに存在する」

「……まさか」

「これ以上は言えません。我々の信用にかかわりますのでね……っと」

 机に置かれた内線が鳴る。

「失礼」

 クレイグが受話器をとって話し出す。

「──了解した」

 短く言葉を交わし受話器を元に戻すと、クレイグはカウフマンのほうに向き直り告げた。

「30分後にここを発ちます。向こうの受け入れ準備が出来たようなのでね」

「慌しいことだな」

「……さぞかしご不満でしょうね」

「不満も何も……ここ数年間連れ回されるばかりの生活なのでな」

「ごもっとも」

 クレイグは苦笑する。

「それと、我々のエスコートはここまでになります」

「……?」

「GKの国境は仲間の手引きでまもなく通過できるでしょう。少々遠回りになりますがSCに移動となります」

「──SCだと?」

 今度こそ、カウフマンの表情が「驚愕」で彩られる。

「……何故我々のようなアウトローが迎えにきたと思っていたんですか?」

「それは……お前達の言う依頼主とやらが、正体を伏せるため」

「半分だけ当たりです」

「……」

「すべては『夜』の始まった、かの地であきらかになるでしょう。──では我々も準備がありますのでもう一度お迎えに上がるまでここでお待ちください」

 博士に告げるとクレイグは見張りの兵士と入れ替わりに部屋を後にした。



   ***



 長く細い地下通路を延々と歩く。続いて現れたのは長い階段だった。

「……随分と歩かされるな」

「申し訳ない。あと少しですよ」

 先導していた男の足音が止まる。

「ここで少しお待ちを」

 男は振り返り、壁に設置されたスイッチカバーを開き、内部のキーを叩く。

 モーター音と歯車の軋む音に続いて脇の扉が開いていく。そこから漏れたわずかな光が、闇に慣れた眼を灼いた。

 薄い光が差し込んでいるのが見えるが、周囲の状況はほとんど認識できない。だがその空虚に響く足音で今歩いているこの場所が広い空間であるということだけは理解できた。

 そこにあったのは、年季の入った貨物車輌だった。

 乗降口のそばに黒いスーツを着た男達が佇んでいる。

「お待たせいたしました」

 クレイグが声をかける。

 男達がカウフマンの姿を確認し、頷く。

「──それでは、身柄の受け渡しをもってカウフマン博士の護送任務を完了します」

 クレイグは黒いスーツを着たビジネスマン風の男に敬礼する。相手も丁寧な会釈でそれに応えた。

「確認しました。ご苦労様です」

 部下がカウフマンの身柄を引き渡したのを確認すると、クレイグは身体を一歩引いた。

「待て」

 カウフマンが言葉を発したのはその時だった。

「私ですか」

 クレイグが応える。

「そうだ」

「……博士」

「すぐ済む」

 そう言い捨てるとカウフマンはクレイグのほうへ歩み寄った。

「……お前達の依頼主の目的には力を貸そう。だが条件がある」

「なんなりと」

「──お前達の望む結果を得るには、人と資材が必要だ」

「それについては既に手は打ってあります。到着した頃には報告が届くでしょう。人材の件に関しても先方で用意しているはずです」

「有象無象など幾ら居ても役には立たん」

「……ご指名でも?」

「私の若い頃の教え子で優秀な奴がいる。そいつを見つけ出して連れてきてもらいたい」

「どういう人物かにもよりますね」

「ごく普通の青年だ。……だが少々事情(わけ)ありでな。『夜』と『騎士』が血眼になって探している」

「抵抗運動でもやってたんですか」

「レジスタンス如きに躍起にはならんよ。彼は『ネクスト』の生き証人だ」

 クレイグは息を飲んだ。カウフマンは言葉を続ける。

「計画はその途上で破棄され、関係した者で生存しているのは彼だけだ──機関に気配もつかませず行方をくらませて、もう5年になるな」

「……宿題にしては難易度が高すぎやしませんか」

 クレイグが難色を示した。

「『世界最強の戦闘集団』なんだろう? 誇っているのは戦闘能力の高さだけじゃあるまい」

「……分かりました。──詳しい情報を」

 カウフマンが答える。

「面立ちはアジア系。年齢は30前という処だが──歳よりも若く見えるだろう」

「他には?」

「何にも。……でなければ、とうに『夜』が見つけだしている」

「……」

「まぁ無理にとは言わんがね」

 カウフマンは挑発するように言い放ち、背広の内側からメモを取り出した。

 走り書きした1枚を破り、クレイグに渡す。

「了解しました。微力を尽くしましょう」

 クレイグはメモを胸ポケットの手帳にはさみ、しまいこんだ。

 カウフマンはそのまま彼らとともに貨物車の中へ乗り込む。

 大きな扉が左右に開いた。列車がゆっくりと加速してゆく。

 クレイグはそれをしばらく見送っていたが、後ろを振り返り部下を呼んだ。

「──シン」

「はい」

 呼ばれた男が返答する。

「予定変更だ。俺も別ルートでSCに行く」

「SCですか」

「ああ。考える限り一番可能性が高そうだ。お前はついて来い。……ミューラーを呼んでくれ」

「ここにいる」

 いつの間に現れたのか、同じ制服を着た男が視界に入ってきた。

 クレイグはシンに下がるよう命じた。その後姿が扉の向こうへ消えたのを確認すると、ミューラーに話しかける。

「聞いていたな」

「途中からだがな」

「なら話が早い。留守を頼む」

 その言葉を聞くなり、ミューラーは軽い驚きの表情を見せた。

「珍しいな。面倒くさがりが……まぁたまにはふんぞりかえってないで働け」

「ひでーな……俺ほど働いてる奴はいねーよ」

 クレイグが苦笑する。その姿をみてミューラーは改めて尋ねた。

「……でまた隊長、何でまじめに仕事をしようなんて気に?」

「会ってみたいと思わないか? 超国家規模のシンジケートから5年間身を隠して尻尾もつかませないなんて奴だぜ」

 胸ポケットにしまいこんだカウフマンのメモを取り出し確認する。書かれているのはオーソドックスな男性の名前。

 ──『Alfred Jeeling』と。

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