強襲Ⅰ - Mercenary troops

 翌日早朝。

 帰宅のため守衛室脇の扉を出ようとした時、名前を呼ばれ俺は振り返った。

「……リュシュカさん」

「お疲れ様」

 彼女はゆっくりした足取りでこちらに近づいてきた。

「昨日はごめんなさい」

「気にしてませんよ」

 彼女の顔色はまだ回復したとは言えない状態だった。

「ずっとここに詰めっぱなしで、昨日の夜に会った時、2日間家に帰ってなかったのよ。仮眠も合計6時間くらいだし……そこへあの緊急事態でしょう」

 確かにあの事態は彼女でなくとも堪えそうに思えた。……と。

「あの、ちょっといいかしら?」

「何でしょう」

「もし良かったらなんだけど……朝御飯一緒にどうかしら。場所はここで」

「──研究所のカフェテリアで?」

「いろいろ聞きたいことがあるの。……外では話しづらいから」

「構いませんよ。リュシュカさんこそ大丈夫ですか?」

「ええ。明日は一応休みだし」

 なら、大丈夫かな。

「ご一緒します」

 俺が答えると、彼女は優しく微笑んだ。



   ***



 カフェテリアの端の席を確保する。──早朝ということもあり買い物をする人はいてもフロアの人影はまばらだった。

「俺、買ってきますよ。何がいいですか?」

「いいの? ……それじゃ、スクランブルドエッグとパン、それからコーヒーをお願いします」

「はい」

 カウンターで彼女と自分の分の買い物を済ませ、席に戻る。

「有難う。……それ、食べるの?」

 俺が買い込んできた品物を見て、リュシュカさんが目を丸くする。

 トーストサンド、4枚入りが3種。BLTとツナと卵。俺としては控えめなつもりだったんだけど。

「……まあ、男の人は食べるわよね」

 そういうと彼女は、コーヒーに砂糖を入れる。

 1杯。2杯。3……4……5……6……え?

 カフェ用の小さいスプーンとは言え、6杯。

 ようやく砂糖を溶かし始めた彼女に思わず俺は訊いた。

「もしかして……甘いの大好きですか」

 彼女のスプーンの動きが止まる。

 あ。赤くなった。

「いえ、別に構わないんですけど……」

 気まずくなって自分のコーヒーにポーションミルクを注ぐ。

 リュシュカさんがぽつっと言った。

「……やっちゃった……」

 気恥ずかしさを隠すように、彼女は素早くコーヒーをかきまぜる。

「……外ではやらないようにしていたんです。子供みたいでしょう」

 ってことは。家ではやっている、ということですか。

「いや。単に好みだと思いますよ」

 そう答えると、彼女はポーションミルクを2個、3個とつぎ込んでようやくコーヒーに口をつけた。

「……気密室のあのガラスだけど」

 やっぱり、その話か。

「企業秘密ってのはダメですか?」

「そうもいかないの。訓練を受けている人間とはいえ、一般のルートで入手できるもので壊された、ということが問題なのよ」

「もう、見当はついているんじゃないですか」

「まあ……目の当たりにしたから。でも、できれば貴方の口から説明してほしいわ」

「……」

「言いたくなさそうね」

 リュシュカさんはちぎったパンに卵を乗せてほおばる。俺はあえて返事をしなかった。

「じゃあ私の推測を言うわ」

 パンを飲み込んだあと、彼女は一息ついて言った。

「まず、最初のチューブに入ってたもの。あれはプラスチック爆弾かそれに類する指向性の高性能爆薬でしょう」

 俺は黙ったままコーヒーに口をつける。

「一番表層にあるのは耐熱ガラス。それを指向性のインパクトで取り除き、続いて入れ替えた銃弾──恐らくは弾頭に高圧高燃焼ガスを封入したもの──それを使って他のガラスを一瞬で融解、凝固。強度を均一化させ、それぞれのガラスの特性を失わせた上で破壊した」

 俺はまっすぐリュシュカさんを見る。それが、肯定の印だった。

「……ほぼ正解です。流石に軍の最高機密に関わっているだけのことはありますね」

 俺はコーヒーカップをソーサーに置いて言った。

「それはそうと」

 彼女が声を潜めて言う。

「あの特殊な銃弾はどうやって手に入れたのかしらね」

 揶揄するかのように。

「気化系殺傷兵器は、非人道的なまでの殺傷能力の高さからBC兵器と並ぶ超国家規模での禁止兵器はずだったと思ったけど?」

「蛇の道は蛇ってやつです」

 それだけ言って、俺はトーストサンドをつまんだ。

 俺は基本的にこの国の仕事しか受けないが、所属している組織は国に縛られている訳ではない。よって敵国が開発したものであっても、組織からそれを個人的に入手することは可能だ。もっとも、この弾頭と弾殻は『特別製』であちらさんにも存在しないんだけど。

 それに、彼女の言う兵器が強力な殺傷能力を得るのは洞窟など空気が滞留している場所であり、その恐ろしさは、有効範囲内の酸素を燃やし尽くし、急激な気圧を起こさせ、対象となる生物の内臓系を破壊するという処にある──だが、俺の使ったのは50口径の弾頭に収まるサイズのもので、効果半径はわずか数十センチと気化弾頭というにはお粗末すぎる。

「邪推するなら、あなたの所属してるのは規格銃弾サイズにまでスケールダウンされた『ハイ・エクスクルーシヴ・ブリット』なんて非常識極まりない物を開発できる高度な技術と施設をもった『組織』ということね……」

「ご想像にお任せします」

 次のトーストサンドの封を開けて、俺は言った。

「……食べるの早いわね」

「ああ。落着きませんか」

 職業柄かもしれないが、普段は食事にあまり時間をかけない。だからこうやって他人と食事をすると相手とペースがあわなかったりする。

「──1人暮らしですからね」

「あら、私も1人暮らしよ」

 ゆっくりパンをつまみながら彼女が言う。

 ちょっと意外だった。……何か育ちのいいお嬢さんの雰囲気がしていたから。

「……実家は近いから家を出る必要はなかったのだけど、何時に出て何時に帰るかわからない生活だし、家族に迷惑でしょ。だから22の時──ここに勤め始めてしばらくして、傍に部屋を借りたの。それからずっと1人暮らし。まあ実家はすぐそこだから、こまめに帰るけど」

 なるほどなぁ。でも施設の傍にある部屋が実家からそう遠くない、ということは実家もこの付近ということで……いい処のお嬢さん、というのはあながち的外れでもないような気がする。

「……やっぱり戦場を経験している人間というのは違うのね」

 独り言じみた言葉。

「……?」

「初めて貴方の書類を見たときには歳より若く見えたから、あまりやり手には思えなかった」

 ……失礼な。

 と思いつつ、そこまではっきり言われるとむしろ潔ささえ感じる。──と。

「年齢も私より下だったし」

 次の言葉に、軽く思考停止する。……年下?

「私、20XX年生まれよ。あなたより2つ年上」

 ……

 特にコメントは差し挟まずに俺はトーストサンドを口に入れた。



   ***



 ──国境付近。


 その車は暗闇の中石を跳ね上げながら街燈もないその道を静かに走っていた。

 助手席に座る男が懐から携帯電話を取り出す。

『こちらザウバ。異状ありません』

「プリエスタ、了解」

 男は簡潔に返答すると、携帯電話を素早くしまいこんだ。


 後部座席には初老の男が武装した若い軍人にはさまれる形で座っている。

 スーツを着込んだ白髪頭のその男性は黒のスーツケースを足許において、緊張した面持ちで膝に置かれた自分の手をじっと見ていた。


「今回の任務。ただの護送にしては随分な数ですね」

 運転席の兵士が言う。

「……密告があったそうだ」

 助手席の兵士から返事が帰ってきたのは、しばらく間を置いてのことだった。

「密告……?」

「博士を拉致しようとする動きがあると」

「拉致……ですか」

 運転席の兵士が首をかしげる。

「情報は何処から?」

「諜報部からだ。『善意の第三者』とか名乗る胡散臭い男から電話を受けたらしい。裏づけをとってはいるが、何せ情報が入ったのが3時間前だという話だからな」

「3時間……我々の出発間際ですね」

「あぁ。……タイミングが気になるが無視もできん。気に食わんな」

「どこの組織でしょう」

「さぁ、な。順当に考えればUSFEの息のかかった連中だろうが、情勢はかなり流動的だ。AUFは中立こそ掲げてはいるものの、いつ仕掛けてくるとも限らん。中立国……まさかな……」

 沈黙が流れる。

 助手席の兵士が腕時計を見る。

「……もうすぐ3時だな」

「到着まであと2時間程です」

 運転する兵士に頷いた時……車の前面は強い白光に照らされた。


「アクセルを離すんじゃない! 車を止めるな !! 」

「はいっ !! 」

 装甲車はスピードを上げてゆく。

 小型トラックがすっと左右から近づき、ぴたりと並んだ。

「接近に気がつかんとは……振り切れないのか!」

「もう、めいっ……」

 鋭い音が運転席を貫いた。

 運転していた兵士の上半身が、助手席の兵士の身体にぶつかった。

 助手席の兵士は既に死体となった男の身体を腕で跳ね除け、ハンドルを掴んだ。

「対物ライフル……!!」

 上半身を無くした足を払いのけ、アクセルをもう一度踏み込む。

「──!!」

 顔を上げた瞬間、正面に大きい車が回り込み──装甲車はそのまま衝突して停止した。


 小型トラックから小銃を抱えた男達が次々と降車し、左右から装甲車の後部ドアを取り囲む。

「……武装を解除して、手を頭の上に乗せろ。抵抗すれば射殺する」

 指揮官らしい青年が護衛の兵士に呼びかける。

 若い兵士がしぶしぶと銃口を下げ……足許に銃を置く。指揮官はにやっと嗤い──そばにいた部下に指示を与えた。

「手足を拘束して、その装甲車につめこんどけ」

 そのまま、若い指揮官は車内に座ったままの人影に話し掛ける。

「カウフマン博士ですね」

 カウフマンと呼ばれた初老の男性は座り込んだまま、蒼褪めていた。

「……驚かせましたね。立てませんか?」

 襲撃を終了したばかりとは思えないような明るい声に、博士は震える声で尋ねた。

「お前達は、一体……」

「丁重にお迎えしますよ。ご足労ですがこちらの車に乗り換えて下さい」

 別の部下が博士の左右についた。

 博士はゆっくり立ち上がり、小型トラックの後部座席の中央にはさまれるように収まる。

 指揮官はもう1つの小型トラックに歩み寄り、運転手の耳許で囁く。運転手は頷き、車をUターンさせ別の街道へ向かって走り出した。

「俺達も行くぞ」

 指揮官は元の小型トラックに戻り、助手席に滑り込んだ。

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