犯罪防止装置の取り扱い

深夜太陽男【シンヤラーメン】

第1話

     ○


 何気ない授業中の出来事であった。『えーっと』が口癖な社会科教師が、おそらく三十回目の『えーっと』を口に出した直後、彼は無言になりその場に倒れ伏せた。教室の誰かが呼びかけるも返事は無し。呼吸も意識もないそれは死体以外の何ものでもない。

 殺したのはこの都市に住む、おそらく過半数以上の人たち。そして僕の感想は一言、なんだこの人だったんだ。


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 この国の犯罪が増加傾向にある昨今、国民は机上の空論にでっち上げられた法律に嫌気がさし反発。政府は重い腰を上げて本格的な犯罪防止策に取り掛かることになった。

 それがこの実験都市とそこに住む対象市民である。市民は国内で最上位の生活保障が与えられる代わりに、実験都市外への移動禁止と投票判決システムへの参加が義務付けられている。

 投票判決システムは実験都市内でのみ行われる司法制度である。市民全員の後頭部には脳髄とリンクした装置が埋め込まれている。警察機構というものはなく市民は事件性のある状況に遭遇、または被害を感じたら装置を通じて管理センターに報告する。定時になると今度は管理センターから犯罪情報を市民に送信し装置は脳内にそれを流し、それが有罪か無罪かを問う。市民は心の中でどちらかを唱えて選ぶだけだ。投票が終われば対象容疑者は装置からの熱線で脳を焼かれて活動を停止する。判断に迷い(又は聞き流し返答を忘れて)期日までに投票しなかった者にも同様の処置を施す。ちなみに事件当事者にはこの情報が流れないので直前まで自分が裁かれていることを知らないまま死ぬ者も多い。

 このように市民の直接投票による犯罪制裁には誰も文句がなく、また犯罪の種別においてグレーゾーンや更生の処置、刑期の重さといったあやふやな事柄を排し機械的に処置することとその判決例が今後の法律を立案していく上で貴重なデーターベースとなるらしい。何よりこの同調圧力こそが犯罪防止につながると上の人たちは信じている。


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 管理センターの係りの者が教師を運び出していた。この時間は自主学習となるらしい。

 この教師の犯罪情報も一週間ほど前から市民には知らされていた。『未成年女子の卑猥画像及び動画を電子媒体による配布』とかそんな内容だったと記憶している。恐らく野郎たちにとってはありがたい存在だったのかもしれないが解答結果と名前は管理センターに残るので無罪と主張できる者はおらず、といった結果だろう。もしかしたら無罪と答えた者もいるかもしれないがそんなのたかが知れている。

 未だにわからないのはいったい全体の何パーセントで判決は決まるのか。五分五分に近い場合だと熱線執行は延期され再審査がされるらしいがそんなケースはまれである。そしてもう一つ、この装置はそこまで正確に犯人をつきとめられるのか。個々の脳に取り付けられているとは言え管理センターは一部情報を送受信するので精一杯であるはずだ。個人個人の記憶を市民全員分バックアップし分析していたら途方もない作業量になってしまう。つまり、冤罪をしようと思えば可能なはずである。僕は一つ実験してみることにした。


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 友人と買い物をしていたとき、僕はとある商品を友人のカバンの中にこっそりと移した。彼は気づくことなく持ち帰り、それどころか次の日にはそれを拾ったと言って自慢してきた。後日、盗難の犯罪情報が管理センターから送られてきた。彼は顔色を変えておらず呑気そのもの。そして一週間後に彼の脳は焼き切れた。

 満員電車にて慎重に工作をし、関係のない女学生とサラリーマンを痴漢事件の被害者加害者に仕立て上げもした。これも友人の件同様、サラリーマンは罪の意識のないまま死んでいった。


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 脆弱なシステムの穴に気づかない市民たち。僕はこれを悪用しお金を稼ぐことも考えはしたが興味はもっと別の方にあった。この犯罪防止装置をもっと活用し実験を繰り返せばこの装置はまだまだ進化し精度を上げていくはずだと。やがて人間の深層心理から犯罪抑制につながる真の糸口が見つかるかもしれない。

 僕はそれだけの好奇心から勉強し進学し、やがて管理センターに就職して犯罪防止装置の統括コンピュータを見守る立場にさえなった。最高責任者はこの装置を開発した博士であり、僕は博士の助手として働き、時には装置を使っての実験を立案した。脳を焼かれる人間は増えていく一方だったがその分データは蓄積され、装置はブラッシュアップされ続けた。


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 しかし勢いのあった装置の研究もやがて停滞していった。いくら装置が進化しても市民の犯罪が減らないからだ。僕は研究そのもの、それどころか人間の心というものが嫌になりやさぐれていた。そしてヤケになった僕は博士に内密に、ある判決を装置に入力した。


『少ない情報となんとなくの印象だけで人を殺す正義気取りの愉快犯は有罪か否か』


 市民からの返答率は百パーセント、『有罪』。装置はプログラム通りに市民全員を指定し熱線処理を実行し始めた。今頃、都市は誰も動かなくなり壊滅状態に陥るだろう。

 ふと横に目をやると博士が立っていた。最高責任者とは言え博士も市民だ。なぜ生きている?

「やはり君は失敗作だったよ」

 僕の脳内でジュッという音が炸裂した。


     ●


 見込みのあった助手は私の前で活動を停止した。私は彼の後頭部のカバーを外し、野太いケーブルで彼の中枢コンピュータと犯罪防止装置の分析回路とを繋ぐ。結果が画面に表示される。『知的好奇心による秩序を超えた過剰行動』とな。彼に罪の意識は一切なかったのだろう。それがこの大量殺人を生んでしまったのだ。まあ、この都市にいるのは私以外全て人口知能搭載のロボットなので殺人とは呼べないかもしれない。

 開発途中の人口知能を積んだロボットたちを使ったこの大規模実験も百回以上繰り返してきた。ロボットが犯罪を起こすわけがないのだが、感情のないロボットが罪というものをどう受け取りどう処理し、どんな影響が生まれるのかが調査の目的であった。たまに面白い結果も出るが到底実際の人間に反映できるものではないというのが現状だ。

 さて、今回の政府へのレポートにはなんと書き留めればいいのやら。私は悩みながら実験を再開する準備を始める。ロボットたちはまた昨日までと同じ生活をしだすのだ。

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