娘が勇者になるみたいです

深夜太陽男【シンヤラーメン】

第1話

   勇者へ


 ペンを握ってから一時間以上、未だに何から書き出せばいいのかわかりません。お父さん、手紙なんて子供のとき以来書いてなかったことに気づきました。それでも直接は伝えられそうにもないことがありますので、こうやって書こうと思いました。素直に、頭に浮かんだことをそのまま綴ります。文章におかしなところがあっても大目に見てください。


 いきなり本題、というのも味気ないですよね。少し昔のことから書きましょうか。

 私たちが住んでいた家は都より少し離れた、それでも魔王城には近くない森にありましたね。この手紙もその家に置かれて、今、あなたが読んでいることでしょう。昔は人間と魔族はそこまで仲が悪いわけではなかったんです。ただ魔王城には人間と共存が難しい種族が集い、当時の魔王の統治のもとに協力して暮らしていました。人間と魔族は互いに干渉しない、それがそれぞれのトップが決めた暗黙のルールでした。


 表向きは平和でしたね。豪華な暮らしは一部のものに限られましたが、それでも食べること住むことには困らない生活が送れていたと思います。しかし実態が不透明な魔族に対して偏見は多く、悪いことが起きれば犯人は魔族だなんて言い出す人間もいました。それは魔族のほうでも同じ。もう少し歩み寄れば仲良くなれたかもと思いますが、やはり価値観や文化が違うので干渉しないことが一番の平和的手段だったと思います。そんな時代にあなたは生まれました。


 元気な女の子が生まれることにお父さんとお母さんは大喜びでした。でもお母さんは体が弱く、あなたを生むと同時に亡くなってしまいました。あなたを攻めるつもりは全くありませんし、あなたもそのことでいっぱい悩んだと思います。お母さんがいなくなってしまったことは悲しいですが、それ以上にあなたを強く優しく育てようと思いました。それは天国のお母さんも同じことを思ったと思います。


 お父さんの仕事については後で書こうと思います。もうわかっているかもしれませんが、子供に自慢できるような職業ではないというのは自負しています。そんな仕事なので、働きながら子育てをするというのは骨が折れました。日中は家にいないので、小さいあなたの世話を誰かに頼まなければなりません。本当はあなたと二人、静かに暮らせればと望んでいたのですがそれも難しいので仕事中は人里の人間にお世話をしてもらいました。優しい人たちに恵まれ、あなたは幸せに暮らせたと思います。元気があり余りすぎて、同年代の男の子をよく泣かしていたそうですね。あなたの個性とは思いつつも、もっと女の子らしくしなさいと叱ってしまいました。納得できないことだったでしょう、それでいいんです。元気なあなたがお父さんは好きなのですから。


 あなたが思春期になり、恋の一つでもするであろう年頃のときに言いましたね。「私は勇者になる!」だなんて、突然言われてびっくりしました。

 その頃の都の情勢として、人々の溜まってきた不安を解消するために国王が魔族及び魔王討伐を計画したのでしょう。そして勇者の募集。共通の敵を作り英雄を祷る、そういうやり方が人々を団結させ栄えさせる方法なのは知っています。でもお父さんは争いごとがあまり好きではないし、実は魔族側にも多くの友達がいたので内心は複雑でした。

 さて、あなたはノリノリで勇者になるための試験に受けに行きましたね。普通は女の子というだけで門前払いされそうですが、あなたの成績は成人男性の結果を大きく超えて堂々と合格したとか。そんなこと嬉しそうに報告するあなたを精一杯褒めてあげたいくらいでした。しかし大事な娘が自分から危険なところへ飛び込むことを喜ぶ父親はいません。たぶんその日はあなたを育ててきた中で一番怒ったかもしれません。とにかく反対しましたね。お父さんは頭も良くないし口も悪いからひどくあなたを傷つけたでしょう。あなたの頬をひっぱたいた手の感触は、今でもじんわりと思い出せ、その度に胸が痛くなります。

 そんなことがあってからあなたとはあまり口をきかなくなってしまいました。そしてあなたは家を出ていき都の訓練所へ行ってしまいました。あなたが出て行く直前くらい、もう少しちゃんと話せば良かったと後悔しています。父親失格です。


 あなたがいない間、お父さんは仕事を頑張りました。訓練所の生活は厳しいでしょう。国からの支援とは言え生活費は最低限のものだと思い、お父さんは少ないですが仕送りを続けました。女の子ですから、服とか装飾品にお金をかけてもいいんですよ? もっともあなたは剣の手入れや戦法の勉強に力を入れていたのかもしれませんが。近況報告の手紙でも送ってくれるかと思いきや、そういうのはありませんでしたね。訓練所の生活が忙しいのは重々承知ですが、やはり寂しいものです。


 さて、もう本題を話してもいい頃合だと思います。お父さんは仕事を頑張ったおかげでそれなりの地位に就き、この前上司が亡くなってしまったので繰り上がってその座に就くことになりました。


 魔王です。あなたの敵ですね。


 そして勇者一行が近々魔王城に進軍することも聞きました。お父さんとあなたは思わぬ形で再会することでしょう。久しぶり、喧嘩はやめて仲良くしましょう。なんてことにはならないことはお互いよく知っていると思います。それぞれが背後に抱えているものは自分一人の生活だけではないのですから。

 あなたは自分の異常な力を疑ったことがありますか? 元気な女の子では言い訳できないそのパワーはやはり魔族の血によるものなのでしょう。お母さんは人間ですので、本来の魔族の半分しかないと思いますが、それでも普通の人間たちにとっては脅威ですよね。幼少期で過ごした人里や若人たちと暮らした訓練所でも周りから異端扱いされたんじゃないんですか? あなたの性格ならそんなもの笑い飛ばしていそうですがお父さんは心配してました。内心は悩んでいたと思います。


 お父さんからもっと早く打ち明けていればこんなことにはならなかったのでしょうね。あなたが自分自身を受け入れて、向き合って強く生きれることを決意したのならこのこと話しても大丈夫だと踏んで長い間隠していました。やはり、教育は難しいです。もしあなたにも子供ができたら、その見極めの判断材料にしてください。


 この手紙が読まれているのはあなたが魔王城に向かう前か、その後かはわかりません。でも読まれているということはお父さんはこの家にいないのでしょう。

 この手紙を読んで勇者でいることを諦めてくれたのなら、それはそれで嬉しいです。しかしお父さんは魔王城で人間を殺していることでしょう。あなたはそれを黙って見過ごせる性格じゃないでしょ? あなたが真の勇者だって噂は嫌というほど部下から聞かされましたから。敵ながらあっぱれ。本当に、こんな立場じゃなければ泣いて喜んでいます。

 お父さんは魔王城であなたを待ちます。全力であなたと対峙します。あなたを倒してしまうかもしれないし、倒されるかもしれない。後者の場合に備えて一つ、大事なことを伝えたいです。

 あなたが本当に自分で考えてその行動を決めねばならぬのは、魔王を討伐したその後です。それだけです。民たちを、平和に導く真の勇者であれ。


   魔王より












































 最後にもうひとつだけ。あなたを育てたことを誇りに思います。共に過ごせて幸せでした。どんなことがあっても生きてください。大好きです。愛しています。


   父より

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